第四十二話 アイルネ
「……死んでしまった人が何を望んでいるかは、生きている人間が決めるしかない」
呟かれた小さな言葉に、シドはハッと顔を上げた。
正直、落ち込んだテンションをどう持ち上げればいいかわからなかったので、これはありがたい。
シドが自分を見ていることに気がついて、アイルネは懐かしそうに笑った顔を向けてくる。
「私を育ててくれた人が言ってくれた言葉です」
「……マルゴット・クライン」
コクリと頷く。
「最初に言われた時は、良く分かりませんでした。……えと、本当は今もよく分かっていないのかも知れないんですけど……でも、これだけは言えます。お父さんとお母さんは、私が望まないことを、望んだりしません」
言葉通り、はっきりと言い切るアイルネ。
それは、都合の良い自己弁護にも聞こえた。
復讐を最後までやり遂げられない、弱い自分への言い訳にも。
ただ、それを、シドは(・・・)否定することは出来なかった。
急に黙ってしまったシドに対して、アイルネは申し訳なさそうに顔を伏せる。
「それに、本当のことを言うと、犯人が魔族なのかどうか確証がないんです。頑張ったんですけど……」
「――魔族よ」
「え?」
驚いて顔を上げたアイルネの視界に、一瞬真剣な表情のシドが写った。
それもすぐに崩れて、肩を竦めながら続ける。
「流石に、どこの誰かまでは時間がなくてわからなかったけどね。でも、貴方の両親を殺したのは魔族よ、これは確か」
期せずして、ずっと探し続けた答えが見つかって、アイルネは固まった。
混乱する頭に、たたみかけるようにシドは続ける。
「どう? それでも許せる? 恨みに思わない? 貴方の怒りは真っ当なものよ。大切な人を殺されて憎く思う気持ちは、例えそれが正しくなかったとしても、誰かが否定していいものじゃない」
場違いなほど優しい声音でシドは言う。
すぐには返答できなかった。
気持ちを見つめるのに少し、
口元に当てた指先はまだ震えていたが、それでも、ぎこちなくアイルネは首を横に振った。
「確かに、それだけだったら……」
「ん?」
「……もし、魔族の皆さんが私が思い込んでたみたいに酷い事をするだけだったら……泣いたり笑ったり怒ったり怖がったりしなかったら……仲良くなれなかったら、優しくなかったら、家族を大切に思わなかったら……」
アイルネはシドの方を見ると、困ったように眉尻を下げて笑った。
「ダメですね……私、皆さんのことが大好きみたいです」
呆れたようなシドの顔。
しばらくその顔を見ていると、アテが外れたようなため息をつかれる。
「あっそ」
空気が柔らかくほどけていく。
それでも、諦め悪くシドがもう一言添えた。
「……本当に良いの? 今までのこと全部無駄になっちゃうわよ」
彼女が、コレまで費やした時間の事を言った。
決して短くはない。
「そんな事無いです。今確かにこういう気持ちになれたのも、今日までの出会いがあったからですから」
コレもはっきりと否定する。
振り返ってみて、自分はとても人の縁に恵まれていたのだと思う。
マルゴット、街の人、コレまでアイルネを雇ってくれた人達。
お坊ちゃま、カイル、魔王城の連中、教育係に、魔王陛下。
そして、両親。
もしかして、この中の誰か一人でも欠けていたら、こんな結論は出せなかったかも知れない。
「……そう。残念だけど、仕方ないわね」
今度こそ、本当に諦めたのか、シドが苦く笑う。
「すみませんでした。せっかく協力してくださろうとしてたのに」
アイルネはもう一度頭を下げる。
感謝の気持ちも込めて、何度頭を下げても下げ足りない。
「それは別にいいのよ…………そうね。でも、本当に、残念」
その言葉が、やけにはっきりと聞こえた気がした。
怪訝に思い顔を上げる。
シドの顔から、表情が消えていた。
そこで気がつく。
先ほどまでとも違う、どこか張り詰めた空気。
突然変わってしまった雰囲気、それを不思議に思う暇すら無く……
シドの右手が一瞬閃いた。
空気を切り裂く尖った音と、鈍い輝きの光跡を残して、アイルネの視界は暗くなった。
漫画を読んでると、時々フキダシの中に、メインの台詞とは別に、隅の方に小さく(大体手書きで)おまけみたいな台詞が入ってることってありますよね。
アレすごい好きなんですが、何とか小説にも転用できないものかと…。
色々試してるんですが(かぎ括弧の中に丸括弧とか)どれもなにか違うんですよね…。