第四十一話 なにもかも
三十八話の続きです。
ひんやりと、足元から夜の気配が迫っていた。
城内が薄暗く陰る中、シドは目の前の少女の真意をはかりかねている。
(……えーと、何事?)
こちらに向かって深々と頭を下げたアイルネは、さっぱりとしたような表情で顔を上げた。
――いやいやいやいや……何その爽やかな顔……。
勿論、断られるという可能性はあった。
だが、シドはその可能性を切り捨てている。
彼は詳細にアイルネの事を調べていた。
彼女の生まれから、両親、立ち寄った場所、働いていた家。
これらを調べた結果、アイルネの復讐が本気だと分かった。
怒りを覚えるのは正当な感情だと思ったし、共感も出来た。
だから、彼女がアイルネを利用するよう持ちかけてきた時、念頭にはあったものの、断られるという可能性は捨ててしまっていた。
実は、この時点で、シドは誤解をしている。
確かに、"正しく調べていれば" 誰だって、彼女が復讐を諦めるなんて思わない。もしかしたら、それはアイルネ本人も……。
だが、そんな事気が付きもしないシドは、混乱する頭で訊ねることにした。
「い、一応、理由を聞かせてくれる?」
一方、アイルネである。
「い、一応理由を聞かせてくれる?」
と、言われても、具体的な所はあまりないアイルネだった。
強いてあげるとすれば、魔族が思ったよりイイ人達だったとか、その程度である。
そう、そもそも、魔族に対するアイルネの感情の基盤は、子どもっぽい理不尽な思い込みが原因だった。
モノトーンの世界で、強引に白か黒かを分けた結果である。
魔族の実態を知ってしまっては、無闇に憎み続けるのは難しい。
「……それは、情が移ったとか、そういう……」
呆れたようなシドの声に、アイルネは恐縮したように首を縮める。
「えと、ここ何日かずっと一緒にいましたから……」
「がっ……」
そして、シドには声もない。
「だ、だったら、掃除なんか放っておいて、とっとと目的果たしたら良かったじゃないのよ」
それには、アイルネははっきり否定の態度をとった。
「そんな、お仕事をいい加減には出来ません」
「うん、いや、正しいのよ、それは」
シドは、ここでようやく自分の誤解に気がついた。
なまじっか似たような例が近くにあったため、復讐者とはこういうものだという形が、彼自身気が付かない内に存在していたらしい。
しかし、この段階になってようやく分かった。
(こ、この子は、根本的に復讐に向いてない……!)
雷が落ちたような衝撃である。
よもや、ここまで”真っ当な人間”だったとは……。
シドは、顎が外れかけながらも、一気に視界が晴れた気分だった。
(じゃあ、あれも……)
最初、あの少年から話を聞いた時、彼はアイルネが嘘を付いているのだと思った。
目的を叶えるため、メイドの仕事をこなす演技をしているのだと。
けれど、そうではなかった。
なんていうか、アイルネは、ただまじめに仕事をしていただけだった。
これは、彼女の職業倫理を甘く見た、ある意味シドの落ち度でもあったが、そんなモン想像つくか、という彼の気持ちは誰も否定は出来ない。
(じ、じゃあ、あれとかあれとか全部……)
魔王城のメイド前回までは
「ふ~ん。陛下を殺す、ねぇ……」
少年たちが大騒ぎしながら歩いて行く道の側。
木陰から、陽炎のように影が立った。
腕を組んだシドが呟く。
「ごめんね、坊や。あたし、出来がいいのは顔だけじゃないの」
全然ごめんと思ってない顔で言うシド。
いい女気取りやめろって眼で言われたのに……。
先ほど、素直に引いたのはこの為だった。
あの少年なら、アイルネの現状を知れば、必ず彼女の為の動きを見せると読んでの引き際だった。
さすがにここまで大当たりを引くのは予想外だったが。
あのメイドちゃんに感謝しなくちゃね、と頷きつつ、表情に真剣な色が混ざった。
「それにしても、とんでもないウソつきだったのね、あの子」
短い時間見ただけだったが、とてもそんな事を考えてるようには見えなかった。
特別明るいというわけではなかったが、魔族の誰とでも分け隔てなく接する姿や、仕事に懸命な姿は、シドも素直に好感を持てるものだった。
アレが演技だとすれば、大した役者ということになる。
「……まあ、そういう子を他に知らないわけでもないし」
そう言って、今は沈黙している髑髏型のピアスを指先でいじった。
「ちょ~っと、情報が足りないわね。……カグラン地方のクラインだったかしら……行ってみる必要がありそうね」
(いやぁーーっ!)
心中で絶叫するシド。
もはや、なにもかもが滑稽であった。
良く『キャラが勝手に動いた』とか聞いたり眼にしたりしますが、うちの子たちには一切そういう気配がありません。
大女優相手のように御伺いをたてて毎回動いていただいてます。
多分、育て方を間違えました。