第四十話 耳に残る幻
少しばかり時間は戻る。
魔王城。
人気の失せた中庭で、シドは柱に凭れるようにして立っていた。
横顔を夕陽のどぎついオレンジが照らし、赤い髪が灼熱したように輝く。
長身痩躯の体に現れる影が、更に長く伸びて建物の闇に紛れた。
ふと、身につけたピアスが鳴動した。
シドは一瞬笑顔を浮かべると、髑髏の形をしたそれにそっと触れる。
髑髏がかたりと音を立てて、すぐにノイズ音のないクリアな声を届けた。
『変態』
「なにその真っ直ぐな毒」
聞こえてきた言葉に、ほとんど素の声で応えるシドに対して、ピアスからは小さく舌打ちが返ってくる。
しばし考えこむような沈黙があった後、
『…………オカ魔族。これでいい?』
「いや、それも良くはないのよ?」
渋々といった感じで言われて、シドは少し恐ろしくなる。
どうやら、相手はこのまあまあの悪口に、もう飽きかけているようだ。
これ以上事態が悪くなる前に、シドは慌てて本題を口にした。
「でも、丁度いいわ。こっちからも連絡取ろうと思ってた所だし」
『何か分かったか?』
「……やだー、そうがっつかないの」
わざと気を持たせるような言い方をして、シドは始めた。
案の定、焦れたようないらだちがあちらから伝わってきて、内心でほくそ笑む。
「結論から言うと、あの子の目的は復讐ね」
『復讐?』
そう、と返す。
「彼女、子供の頃に魔族に両親を殺されたようなの」
『確かか?』
「確かよ、裏取りもバッチリ。両親の仇を探して各地を求めてたみたい」
シドの語った内容――身も蓋もない言い方をしてしまえば、それは良くある話だった。
この時代珍しくもない、ありふれた復讐譚。
普通ならば、その他の大きな物語の中に没してしまいそうな、数ある悲劇の内の一つだったはずが、何をトチ狂ったか、彼女は魔王城までたどり着いてしまっている。
「それで、どうも魔王陛下の命狙ってるらしいのよね、子猫ちゃんったら」
もう、おしゃまさんなんだからー、と言うシドの言葉ははっきり無視して、相手は沈黙した。
無視はガチ辛いと思いながら、しばらくは沈黙するに任せて、シドは再び口を開いた。
「で? あたしはどうしたら良い?」
『今何処にいる?』
それには、返事はすぐにあった。
魔王城とシドが答えると、だったら、と返ってくる。
『彼女の望みを叶えてやればいい』
あっさりと口にされたが、それは魔王暗殺に手を貸せということだ。
可能かどうかはともかくとして。
『無理か?』
「そんな事ないけど……そっちこそいいの?」
『構わない』
表情を少し硬くしながら、シドは頷く。
「そう。だったら、これも真実の愛の為……」
『ザ―――……』
「あ、やっぱりこれは通じないのね」
唐突に途切れた通信にがっくりと肩を落とす。
切れる間際、ノイズに紛れるようにして聞こえてきた『今更』という呟きが、幻のように耳に残った。
本当にすみません。
でも、読んでいただいてありがとうございました。