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魔王城のメイド  作者: 中路太郎
細腕奮闘編
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第三十六話 大広間の赤事件

 大柄なトロル(トロルにしても大柄)が、巨大な第八代魔王像を運びながら、隣を同じく銅像担いで歩いている同僚トロル(トロルにしても同僚)に自慢気に話しかけていた。

「うがううあがううがががががう(訳:これ、さっき言ってた俺の娘の写真)」

 少し照れくさそうに、懐から何やら紙片を取り出し、それを同僚トロルの顔の前にそっと差し出す。

「うーがうがんうがうがあううがう(訳:へー、可愛いな。緑色な所がお前そっくり)」

「がががうがうっ! がっがうっがうがうぐあがぐっがうがう! うがあがあああああ!!!!(訳:だろ~)」

 蕩けんばかりの満面の笑みだ。

 そこには、つぶらな瞳でピンク色のリボンをした小ぶりなトロルが写っていた。

 女の子らしい装いで、なんとなく睫毛がピンとなっている感じが、たしかに可愛らしい。

 しかし、直ぐに、大柄なトロルは寂しそうに表情を曇らせる。

 写真を懐に収めながら、落ち込んだような声を出した。

「がご……ががうがうがうががが……(訳:でも……最近全然帰ってないから俺のこと覚えてるかな……)」

「がががおがごごっががうがう(訳:おいおい、何言ってんだよ)」

 同僚トロルがそう言って、慰めるように大柄トロルの肩を叩く。

 完全に担いでいた方の手だったので銅像が鈍い音を立てて落下した。

「ががうがうがおっがおがううっががががうががおがおがおおおおおがお(訳:絶対覚えてるって、忘れるわけ無いじゃんよ。ようやく帰れるんだから、今まで構ってやれなかった分今日はしっかり遊んでやれよ)」

 あんまり気にした様子もなく、落ちてちょっと壊れてしまった銅像を担ぎ直し、破片を拾うと何事もなかったように慰め続けている。

「ごげごごうがががううがううう(訳:ありがとう、それもそうだな)」

「がががうがうっ! がっがうっがうがうぐあがぐっがうがう! うがあがあああああ!!!!(訳:だろ~)」

 そう言って楽しそうに頷き合い、像を置いて部屋から出ていった。


「トロルさん達、娘さんの事をあんなに嬉しそうに……」

「なに言ってたか分かったんだ」

 隣でハラハラした表情をしているアイルネを見て、魔王陛下が薄く笑う。

 正直、二頭のトロルがただ猛り狂っているようにしか見えなかった。

「そして、そんな嬉しそうな連中がこの部屋だけで3ダース以上……」

 カイルの言うように、この日の作業は終始和やかに進んでいた。

 テキパキと機敏な動きなのに、雰囲気には何処か余裕と高揚感が感じられる。

「3ダース分のぬか喜びですか……殴られた方がマシですね……あ、いえ、個人的にはですが」

 アイルネにむッと睨まれて、顔を逸らせて慌てて言い繕う教育係。

「それでも言わないと、どうにもならないですから……!」

 一人悲壮な表情でアイルネは顔を上げた。

 言わないという選択肢がないのなら、誰か他の人に変わってもらうという発想ができない娘である。

 顔面に二、三発は覚悟しているアイルネの顔を見て、魔王陛下が彼女の前に立った。

「にゃふふ~、そういう事なら魔王である俺様に任せて欲しいのだ」

「…………えと」

 どうしてココに来てそんなキャラ変更を? とは思ったが、アイルネは慌てて首を横に振る。

「いけません。魔王様にそんな事していただくわけには……」

「いいから、余に任せておけ」

 右手を不自然に前に突きだしてマントを翻すと、魔王陛下は格好良く靴音を鳴らす。

 うわーはっはっはっはっはっはっと高笑いしながら、作業を続ける魔族のほうへと歩いていった。

 カイルが小声で教育係に耳打ちする。

「あんた、またなんか言った?」

「いえ、私はなにも……陛下、ご自身に何か迷いでもあるのでしょうか?」

 心配そうに魔王陛下の背中を見つめる教育係。

 この場合、お前のせいだとは言えないが、あの悪夢は結構ちゃんとトラウマになっていたらしい。

 そうこうしている間に、魔王陛下は忙しく働き回っている魔族達の前に立った。

 ピンと右腕を伸ばして大声を張る。

「やあやあ、やっとるかね諸君」

 魔王と言うかもはや工場長だ。

 そんな陛下の姿を確認して、みなが動きを止めた。

「あ、陛下、お疲れ様でーす」

 魔族たちは笑顔のまま、楽しそうに返事を返してくる。

 温かい反応に気を良くした魔王陛下は、ニッコリと笑いそのまま本題に入ろうとした。

「うん、ご苦労様。えっと、実はね、動く床フロアでちょっと壊れた部分があったんだけど、これからみんなに……」

 そう言った瞬間、空気が変わった。

 あれだけ賑やかで暖かかった雰囲気が、裏返したかのように冷たく静まり返る。

 視界に入る全員の表情から笑顔が奪われ、どんよりとした重いなにかが、体から湧き出ているようだった。

 それを見た時、魔王陛下の背中を悪寒が走った。

 ――似ている。

 あの底のない腐った沼のような眼が、表情が、悪夢の中で見た教育係のそれにそっくりだった。

 次第に夢と現実の世界までダブりだして、魔王の視界の中いっぱいに教育係が溢れ出す。

「にゃ、にゃあ……」

 涙目で一歩後退する魔王陛下。

「どうかしたんですか? 陛下?」

「ひ、ひぃ……!」

 死角にいた魔族に声をかけられた時、魔王は飛び上がって即座にその場から逃げ出した。



 涙の溢れる目を手でこすりながら、魔王陛下が走って戻ってきた。

 教育係の前で立ち止まり、泣き顔のままプクッと頬を膨らませる。

「鎧小さすぎ!」

「今再びっ?!」

 綺麗な右ストレートだった。

 何故殴られたのかも分からず鼻を押さえてうずくまる教育係を残して、魔王陛下は泣きながら広間を飛び出していった。

「よ、良かったな、ぬか喜びの方じゃなくて」

 カイルが時折ぶふっと音を立てながら、腹と口を抑えて教育係から顔を背けていた。

 アイルネの方は一言も喋らず、下を向いてただただ小刻みに体を震わせている。

「……そういう冗談は嫌いです」

 教育係は憮然と立ち上がり、鼻に詰め物をして、鼻血のこちら側の世界への侵攻を食い止める。

 魔王の去っていった方を向き、はあ、と小さく嘆息した。

「あ、その、陛下もまだお小さいですから」

 それが何に対するフォローなのか自分でも分からないまま、アイルネが教育係を慰めた。

「それじゃあ俺が行ってくる」

 ようやく笑いが収まったカイルが、教育係を慰めるアイルネに向かってそう言った。

「あっちも何か感づいてるだろうし、俺が行ったほうがいいだろう」

 でも、と言いかけるアイルネを手で制して、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。

「言っただろ。無事人間の国に帰すって」

 そう言って、二人の視界に数枚の羽を残しながら、自信満々で振り返り歩いていく。

 魔王とカイルの違い。

 それは圧倒的な経験差にあった。

 確かに、魔王は全魔族中最強の力を持っていたが、現在の魔王陛下はまだ一度も実戦の経験がない。

 日常とは異質な雰囲気にあてられ、怯えてしまうのも無理のない事だろう。

 その点、カイルは何度も戦場を経験していた。

 この度の勇者とも刃を交わしたこともあったし、数十人数百人単位で自分に向けられる殺意を感じ慣れている。

 そして、その全てを受け止めてなお生き残っていた。

 その自負こそが、魔王陛下になくカイルにあるものだった、のだが……。

 その場に立った瞬間、おや、と思った。

 いつもと違うものが彼の皮膚感覚を刺激する。

 作業をしている魔族たちが、おそらく何を言われるか分っているだろうことは、ここに来るまでの空気で察せられた。

 一筋縄ではいかない事も分かっていたものの、このプレッシャーはなんだ?

 その場にある、見えないが確かに存在するものに、カイルは首を傾げる。

 嗅ぎ慣れた殺意に似ているが、かすかに覚える違和感。

 殺意よりも暗く、強固な意志の集合を感じる。

 ふと、カイルは自分が拳を握り締めていることに気がついた。

 恐る恐る開いてみると、じっとりと汗ばんでいる。

(これは――汗?)

 体の中で芽生え始める、初めての感覚。

 それを振り払うようにカイルは首を振った。

 ゴクリとつばを飲み下し、口を開いた。



 離れた所で見ている二人の前で、カイルが魔族に向かって話し始めた。

 話している内容は聞こえてこないが、身振り手振りを交えて熱弁は続いている。

「……上手くいっているようですね」

 教育係がほっとしたような声を出す。

 「はい」とそれに同意して、アイルネは視線をカイルへと戻した。

 見ている限り、どうやら、ここまでは順調のようだ。

 しばらくすると、突然カイルの背中の翼が緊張したようにピンッと立った。

 ゆるゆるとそれが落ち着いたかと思うと、踵を返してこちらに戻ってくる。

「どうなったんでしょう?」

「わかりません」

 遠目には、カイルは行った時と同じトーンで戻ってきているように見える。

 待ちきれず、教育係が小走りで走り始め、アイルネもそれに続いた。

「どうなったんですか?」

 歩いてくるカイルを迎えながら、焦れるように教育係が問いかけた。

 しかしカイルはそれに答えず、無言のまま二人の横を通りすぎていく。

 四角く空いた窓まで歩いていったかと思うと、窓枠に手をおいて体をもたれさせた。

 二人は首をかしげて顔を見合わせ、カイルの後を追って窓辺まで駆け寄った。

「えと、それでどうだったんですか? カイルさん」

「みなは納得しましたか?」

 無言。

 なにも答えないカイルに、教育係が肩をつかんで振り向かせようとした所で、唐突に彼の背中の翼が大きく開いた。

 驚いて動きを止める二人の前で、バサバサと何度か翼を羽ばたかせると、無言のまま窓から外へと飛び出していった。

「ちょっ、カイルさn……逃げた!」

「と言うか、飛ぶのいつぶりですか!?」

 慌てて窓から外を覗く二人。

 見ると、低い所を滑空していたカイルの体が、うまく風を捉えて大空へと舞い上がっていく。

「ズルイですよ! カイルさーん!」

「誰か弓を持ちなさい弓を!」

 大騒ぎする二人の声も虚しく、カイルの姿は雲の中へと消えていった。

「そんな……みんながすっかり忘れてるのを逆手にとって、飛んで逃げるなんて……」

 窓枠に手をおいたまま、がっくりと項垂れるアイルネ。

 カイルが消えていった雲間を見ながら、教育係が苛立たしげに首を横に振った。

「あんなヘタレ魔族の事はもう放っておきましょう!」

 二人して好き勝手言いながらも、それが強がりなのは明らかだった。

 何だかんだで最初の四人から、数が半分に減っている。

 しばらく落ち込んでいた二人だったが、覚悟を決めたように教育係が声を励まして、アイルネへと語りかけた。

「顔を上げなさい小む……アイルネ!」

「教育係さま……」

 名前で呼ばれて、驚いたように顔を向けるアイルネに、教育係が続ける。

「大変不本意ですが、どうやら、我々二人でやるしかなくなったようですね」

 そう言って、にこりと微笑んだ。

 再度の衝撃だった。

 間の抜けた顔で、目の前の綺麗な顔を見つめるアイルネ。

 それを見て、怪訝そうに教育係が眉をひそめる。

「なんですか、おかしな顔をして」

「え、だって、教育係さまの笑ってる所って初めて見ました」

「……そうでしたっけ?」

 首を傾げる教育係に、アイルネはクスっと思わず笑みをこぼす。

「そうですよ」

 記憶にあるこの人の顔といったら、怒っているか、泣いているか、困ってるか、情けないかのどれかだった。

 笑顔なんて一度も見た事がない。

「……ずっと、私に慣れようとしてくれてましたよね」

 思い出しついでに言ってみる。

「おや、気がついていたのですか?」

 おそらく、先ほど自分がしていたのと同じ表情を浮かべた教育係に、アイルネは頷いてみせた。

「気がつきますよ。アレックスさんの時も、槍の回収を頼んだ時も、ちょっとずつですけど、距離が縮まってきてました」

 本当にちょっとずつ、時間も短い間だったが、それでも、ずっと教育係は努力をしてくれていた。

 少しでも近づこうと。

 そうして、いつの間にか、窓枠1つ分におさまる距離に二人はいる。

「別に、貴方がどうこうではなく、この機会に人間に慣れておこうと思っただけです」

「わかってます」

 アイルネが笑って答えると、おかしな子ですね、と呆れるように言われた。

 それでも笑い続けていると、釣られるようにして教育係も笑い始める。

 空に溶けていくように、笑声が響きあう。

 ひとしきり笑いあった後、二人は表情を変えてお互いの目を見る。

「……やりますか」

「はい」

 力強く頷き合い、振り返った。


 そんな彼らを待っていたのは、自分たちを取り囲む、その部屋にいる魔族全員だった。

 綺麗な半円でもって、アイルネたちを完全に包囲している。

 驚きから声もない二人の前に、囲んでいた輪の中の魔族の男が、一人進みでてきた。

「あのー、お取り込み中だったみたいなんで、ずっと待たせてもらってたんですけど……」

 ずっと! お取り込み中! 今のお取り込み中中ずっと!

 なんにも悪いことをしていないはずなのに、どんどん顔が赤くなっていく二人。

「で、あの、陛下とカイル殿の話で大体事情はわかったんですけど。とりあえず今日の所はみんなもう予定とか入れちゃってるんで、片付けだけで帰らせてもらって、動く床の方はまた明日あす改めて、ということで良いですか?」

 状況を考えれば、妥当な落とし所だった。

 が、そもそも、それどころではないアイルネ達に選択肢はない。

 赤い顔でカクカクと首を縦に振ると、魔族の男は両手を振って、仲間達に了承が取れた旨を伝えた。

「あ、それから」

 バラバラと人の輪が解けていく中、戻りかけていた男が振り返り、照れ臭そうに頭を掻いて笑った。

「お二人も大人なんで分かってると思いますけど、ああいうこっぱずかしいやり取りは場所選んでやったほうがいいですよ」

 それじゃ、といって今度こそ仕事に戻っていく。

 口をあんぐりと開けたアイルネと教育係は、赤い顔を更に赤くしながら、膝から崩れ落ちた。

 


 後に『大広間の赤事件』と呼ばれる出来事は、こうして幕を降ろしたのだった。

読んで頂いてありがとうございます。


今回ラブコメで使われる和解のシーンを(ry


思いついたものを、詰め込めるだけ詰め込んでみました。

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