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魔王城のメイド  作者: 中路太郎
細腕奮闘編
36/53

第三十五話 残された業

編集中、どういう神の御業か、三十五話が三十六話になるという奇跡トラブルに見舞われました。


三十五話の素体はあるのものの、どう弄ったか全然覚えてないため結構困るんですが、三十六話が並んでるの見てちょっと笑っちゃったんで、素直に書きなおさせてもらいます。

「ごめんってば~」

 鼻に詰物をした教育係に向かって、魔王陛下は顔をキョロキョロさせながら明らかに片手間に謝っていた。

 理由は勿論、先ほど目を覚ました時に、ごきげんなのを一発教育係の鼻っ面にぶち込んだからだ。

 教育係は赤くなった鼻をツンっと前に向けたまま、ブツブツ言いながら長い足の威力を発揮している。

「まったく、魔王陛下ともあろうお方が、悪夢ごときで取り乱されるとは……」

 怒ってるポイントが若干腑に落ちないものの、悪いことをしたのは確かだ。

 だからこうして、下げたくもない(下げたくないの?)頭を下げているのだが、教育係は印象通りしつこい性分のようだった。

 長い廊下を半分ほど消化した所で、ようやく「もう良いです」とお許しが出た。

「にゃーやたー」

「謝っていただいた気が全くしません……」

 はあ、と教育係がため息を付いた。

 魔王陛下は相変わらずあちこちに視線を彷徨わせていて、一切落ち着く様子がない。

「綺麗になったね~」

 独り言のようにそう呟くと、生まれ変わったかのような城内を見てまわる。

 実は魔王陛下、アイルネの言いつけを守り(一話)、ここまで殆ど自室から出ていなかった。

 律儀に言いつけを守っていたのは、アイルネから怒られるのは嫌だった上に、嫌われるのはもっと嫌だったからである。

 そうしてようやく魔王城の改修工事(もはや工事)が終わったという事で、久しぶりにその辺をウロウロしているのだった。

「その事なんですが陛下」

 落ち込んでいた教育係が姿勢を正した。

「この度の改修工事(もはや工事)や諸々の費用が、当初の予算を少々上回っています」

「お金ないの?」

「差し迫ってどうこうという事はありませんが、なにかしら手段を講じたほうが宜しいかと」

 手渡された書類を受け取る。

 さっと紙面に視線を走らせると、あ~確かにね、という内容だった。

「う~ん……あ、だったら、ここに居る魔族を何人かやっつけちゃえば?」

「えーと、陛下?」

 さも名案だとばかりにポンと手を打つ魔王陛下だったが、教育係の表情を見て、おや、と小首を傾げる。

「あにゃ? 勇者さん達ってそうやってお金稼いでるんじゃないの?」

「いえ、それはそうなんですが……身内に刃を向けるのはいくら魔族とは言え、あまりにじょうがなさすぎるかと。それに魔王が勇者の真似事をするというのもあまり外聞の良くないことですし……というかそもそも、他人を害して利益を得るような事は賛同いたしかねます」

「勇者ってよっぽど魔王っぽいよね」

「そこで感心されても困るのですが……」

「にゃ~……いいアイデアだと思ったのにぃ~」

 久しぶりに自由に動き回れる開放感からか、アイデアを却下されても魔王陛下は上機嫌だった。

 ゆらゆら歩きながら、頭の後ろで手を組む。

「でも、倒されてお金落とすって、魔族も変な体質だよね~」

「アレを体質と呼んで良いかどうかは分かりませんが、中にはその事を気にしている者もおりますのであまり……っと、おや、ここは……」

 長い廊下を歩き終え、ある部屋の前で、二人の足が同時に止まった。

 教育係の横で、魔王陛下の顔が華やぐ。

「にゃー! 動いてるー!」

 キラキラ目を輝かせて、興奮する魔王陛下。

 ごうんごうんと大きな音を立てる、そこは、機能を回復したばかりの動く床フロアだった。



 広間では、片付けの作業が始まっていた。

 室内に組まれていた足場はバラされ、大小のゴミやなんかと入れ替わりに、一旦倉庫に放り込んでおいた装飾品などが運び込まれている。

 どの場所もここと似たようなもので、進捗の差は多少あっても、作業は既に終りの段階に差し掛かっていた。

 これさえ終われば全作業終了、場合によっては午前中に仕事を上がれるとあって、作業に取り組む魔族達の表情もどこか明るい。

 ただ一人。

 片付け作業に従事しつつ、時折指示も出しながら、アイルネはその日何度目か、暗い顔で動きを止めた。

(作業もこの片付けで終り……これで、本当に時間がなくなった……)

 作業の終り、それはアイルネにとって、もう一つのタイムリミットを意味していた。

 すなわち、彼女が魔王城に居られる時間。

 この城を訪れた本当の理由、魔王を殺すために残された時間だった。

 だが、その事自体に焦りはない。

 元より、依頼された仕事を終えるまでは、事を起こすつもりはなかった。

(復讐は、飽くまで私自身の個人的な気持ち)

 である以上、そこで自分自身を変えてしまうのは本末転倒。

 誰もが復讐をしなくてはならないわけではないのだ。

 復讐のために自分でなくなる愚を犯すくらいなら、全てをすっぱり忘れて生きる方が、アイルネにはよほど有意義に思えた。

 仕事を蔑ろにはできない。

 それは命を蔑ろにするに等しい事だから。

 そして、少なくともアイルネ自身がそう思っている以上、そこに反してまで行う復讐にはなんの意味もなかった。

 マルゴットあたりが聞けば「生真面目なアイルネらしい」と言って笑うかもしれない。

 ただ、それが今の彼女を苦しめている。

 忙しそうに動きまわる魔族を、アイルネはぼんやりと見つめた。

 ここ数日、毎日顔を合わせていた連中だ。

 アイルネがここまでやってこられたのは、間違いなく彼らのおかげだった。

 そんな彼らを自分は裏切ろうとしている。

 その事実がアイルネ自身驚くほど、足かせとなっている。

 相手は魔族なのに。

 そんな言い訳は、もう通用しなくなっていた。

 暗澹とする思いの中で、思い出せ、と、なお暗い炎が翻る。

(それでも、お父さんとお母さんを殺した魔族の王様と会える機会なんて、そうはありえない)

 その相反する二つの事が、彼女から次の行動をするための力を奪っていた。

「どうしたアイルネ?」

 内面の葛藤から呼び覚まされて、アイルネはビクリと体をすくませた。

 肩に置かれた手の主――カイルに向かって、ぎこちない笑顔を返す。

「あ、すみません。その、今日あまり夢見が良くなかったものですから……」

 振り返りつつ返した言葉は、半分は事実だった。

 忙しすぎて物理的に見ることがなかった悪夢を、余裕が出来た所為で今朝久しぶりに見た。

 暗い馬車の中、赤い地面、両親の姿。

「今まで忙しすぎて悪夢を見る暇もなかったしな」

 アイルネと同じような感想を、カイルが口にする。

「そ、それで、なにか御用でしょうか?」

「あ、いや、……」

 珍しく口ごもるカイルだったが、やがて意を決したように、真正面からアイルネの顔を見据えた。

「気のせいかもしれないが、最近、何か考えこんでないか?」

「え?」

 ドキリと鼓動が跳ねて、一瞬で血の気が下がった。

 自分の笑顔が凍りつくのが分かる。

 ……なにか言わなければ……。

 内心で焦れば焦るほど、言葉は出てこない。

 そうしている間も、カイルは油断のない視線でこちらを見つめていた。

 このままでは、何か勘付かれるかもしれない。

 いや、むしろ、何か勘付いているからこそ、こんな質問をしてきたのだろう。

 答えに窮するアイルネに、助け船は意外な所から出された。

「た、たた、たたたたたた、た、大変です!!!」

 もう大変! と叫びながら、床に置かれた資材に七、八度足を取られつつ、髪を振り乱した教育係が二人のもとに駆け寄ってきていた。



「陛下が動く床から出られなくなった?」

「そうなんですよ、カイル・ラウダ―!」

 肩を両側から掴まれて、がくがく揺さぶられる。

 焦りからか、やけに同じ事を繰り返していたが、教育係の言葉を要約するとこうだった。

 動く床で遊んでいた魔王陛下が、何故かループしていたコースから降りられなくなった。

 魔王陛下自身は健気にも苦境に耐えられており、何が起こっているのかはよく理解されているご様子、らしい(この辺は教育係の主観)。

「……あ~、不具合バグだ」

 カイルが苦々しい表情になる。

 動く床の仕掛けというのは、侵入者に対する選択問題である。

 幾つかあるコースと、いくつかある分岐点で全て正しいものを選べば、ゴールである上階へと続く階段へとたどりつける。

 そのコースを辿る途中で、何故かループになっている箇所があり、そこに魔王陛下が捕まったのだとか。

「試運転で動くことは確かめていたが、まさか進路がいじられてたとは……」

 おそらく、大昔の魔王城の誰かがイタズラか何かをしたのだろうが、こうなった以上本当にゴールに辿りつけるかすら怪しい。

 ましてや抜け出せないなどというのは、論外だ。

 話題がそれたことに内心ほっとしつつも、アイルネなどは、それならそれで放っておけば良いんじゃ……とも思ったが、自分が呼ばれていることを考えると、勇者たちを招き入れるつもりではあるらしいと分かっていたので、黙っておいた。

「と言うか、動力を止めなかったのか?」

 解決にはならないが、かと言って魔王様をほったらかしのままというのはないだろう。

 一旦仕掛けを止めて、救出すれば良い。

 教育係はその言葉に、後ろめたそうにしながら頷いた。

「ええ、私もそう思ったんですが、その、焦れば焦るほどスイッチの場所が思い出せなくなって……」

「陛下が絡むと本当に残念だなあんた」

 がっくりと肩を落とすカイル。

 すぐに切り替えて、自分を呼びに来た辺り判断は正しいが、それにしても残念すぎる。

 二人して落ち込む男性陣に、アイルネはおずおずと声をかけた。

「それより、早く行って止めてさしあげなくて良いんですか?」

「そうでした!」

「そうだな。アイルネも行くか?」

 ハッとしたような教育係の横で、気遣わしげに言ってくれるカイル。

 優しくされる度に、次第に大きくなっているような胸の痛みを誤魔化すように、アイルネは目を伏せて頷く。

「え、あ、はい。それじゃあ……」

 正直、カイルと一緒に行動するのは不安もあったが、確かめる必要があった。

 本当に自分が魔王を殺せるのかどうか。

 それを確認するためにも、もう一度魔王陛下に会う必要がある。

 どうしても今の表情のまま顔を上げることのできないアイルネは、俯いたまま小さく答えた。

 幸いにもカイルは別のことに気取られていた。

 それを聞いた教育係が、あからさまに、えーこの小娘もー、という顔をしていたのが気になってしょうがなかったのだ。



「にゃははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは…………」

 魔王城三階。

 動く床エリアでは、大きな機械の動く音と、楽しそうな魔王陛下の笑い声が響いていた。

 床の上に描かれた無数の矢印の群れが、淡く光って稼働中であることを示している。

 そんな動く床エリアの奥まった一部で、凄い速さで滑走する魔王陛下の姿があった。

 黒い髪、黒いマント、黒い礼服が、須らく進行方向とは逆に靡いている。

「飛び降りたりは出来ないんですか?」

 アイルネは率直に聞いたが、カイルは首を横に降った。

「あの矢印の床からは降りる事ができない魔法がかかってるんだ」

 言われてみれば、魔王陛下の足はほんの少しばかり浮かんでいた。

 それを利用して、時々後ろを向いて、ムーンウォークの真似事みたいなことをしている。

「ああ、おいたわしや……」

「えと、結構楽しそうに見えますよ?」

 爆笑してるくらいだし。

 よよ……と涙にくれる教育係を無視して、カイルは壁際に手をついて歩き始めた。

 うーんと考えて、本当は一秒くらいで出た結論に拠って、アイルネはその後をついていく。

「何をしてるんですか?」

「動力の隠しスイッチの場所探してる」

「あ、そういえば気になってたんですけど。教育係さん達はどうやってココに降りてきたんですか? この仕掛は稼働中だったんですよね?」

 ついつい、矢継ぎ早に喋ってしまう。

 その事を自覚しながらも、沈黙が不都合な質問を呼びそうな気がして、アイルネは口を止めることができない。

 魔王陛下の寝所はこの上、最上階にある。

 最上階へと向かう階段は、ループしている矢印の向こう側にあった。

 もし上階からココに降りてきたのなら、今頃教育係もあの場所で長い髪を靡かせていなくてはならない。

 いわばこのフロアの責任者であるカイルは、探す作業を続けながらしれっと答えた。

「一般人立入禁止の関係者用通路があるから」

「……関係者用通路……関係者用……」

 小さく二度呟く。

 だが、何度つぶやこうが事実は変わらないんだ。

 また腑に落ちない物を抱えてしまったアイルネだったが、見つけた、とカイルが足を止めると、そちらに集中することにする。

 カイルの手の置かれたあたりによくよく目を凝らすと、壁の一部に小さく出っ張りが見て取れた。

 カリ、カリ、とそれを爪で持ち上げようとするカイル。

 一度、二度。

 三度目でそれに成功し、壁の一部が手のひらサイズくらいに四角く開いた。

 中にはそれより一回り小さな四角い窪みがあり、更に窪みの中に、丸くて赤いスイッチが、デンッと居座っていた。

「陛下ー止めますよー」

「にゃはははははーーい」

 返事を待って、カイルはスイッチを押す。

 カクンと少し間抜けな音がして、スイッチが押し込まれた。

 それをキッカケに、ゆっくりと矢印が動きを止め始める。

 淡い輝きも輝度を落としていき、やがて、ごうんごうんと二度ほど大きく機械が音を立てたかと思うと、動く床は完全に目覚める前の姿へと戻っていた。

「ああ、楽しかった~」

 魔王が、矢印の上からぴょんと飛び降りる。

 ホクホクの満足顔でご帰還を果たされた魔王陛下の元へ、教育係が駆け寄った。

「ご、ご無事ですか陛下」

「にゃ? なにが?」

 二十分ぶりの救出劇である。

 しかもスイッチ一押し。

 感動もそれなりに薄い。

 大袈裟に騒ぎ立てる教育係に、訳がわからないというような表情の魔王陛下は、アイルネがいる事に気がついて、そこに喜色を浮かばせた。

 こちらに向かって大きく手を振っている魔王陛下に、つられて手を振り返していたアイルネは、突然ギシッとその動きを止めた。

 壁を元に戻していたカイルに、恐る恐る声をかける。

「あ、あの……カイルさん」

「うん?」

 カイルが振り返ると、真っ青な顔をしたアイルネがいた。

 冷や汗浮かぶほど顔色が悪いのに、何故か不気味な半笑いを浮かべている。

「って、おい大丈夫か? 顔がオーシャンブルーだぞ」

「深き海の恵みはどうでもいいんです。それより、動く床の修正ってすぐに出来るものなんですか?」

 青い顔のままおかしなことを口走るアイルネに、カイルは首をかしげつつ答える。

「ん? いや、難しいだろうな。あの矢印の床はどれも一緒に見えて、それぞれ厳密にどの場所に置くかが決まってるから、図面引っ張り出してみて、人数かけて一から組み直さないと…………あ」

 ようやく事態の中心に焦点があった顔で、カイルがアイルネの顔を見返す。

 アイルネはにへらっと自棄みたいに笑みを深くした。

「皆さんに言わなきゃダメですよね……残業って」


頑張って復元してみました。

多少違う部分には目を瞑っていただきたく……。

多分こんな感じだったような……w

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