第三十一話 風に消えて
足を止めて睨んでくる少年に、シドはゆっくりと近づいていった。
ヒールの高いブーツが土の上に奇妙な足跡を残していく。
ただでさえ元が長身だから、近づかれるごとにその迫力は増していくだろう。
歩いて、彼の影が少年に触れかけた時、少年が言い放った。
「それ以上近づいたら僕は舌を噛む」
「――そこまで?」
シドは苦笑しつつ、素直に足を止めた。
辛辣な言い様には慣れている。
実は一々傷付くのだが、ともかく慣れてはいる。
アイルネの名前を出した時点で傾いた形勢に余裕の笑みを浮かべながら、シドは口を開いた。
「……ところで、彼女が、今どこにいるか知りたくない?」
ピクリと、少年の眉が動いた。
シドはそれを見逃さず、畳み掛けるように続ける。
「ヒントは、彼女の望んだ場所――」
少年は一度シドの方を見た。
「…………魔王城」
子供らしくない苦々しい表情で呟く少年に、シドはにやりと笑みを浮かべる。
(……大当たり)
彼はカマをかけていただけだった。
実のところ、彼女の望んでいる事なんかこれっぽっちも知らない。
アイルネが、本当に魔王城に目的があるのかどうかすら、だ。
最初に訪れた場所でアタリを引き当てた我が身の幸運と、素直な少年に内心で感謝しつつ、それをおくびにも出さずに、意味ありげな笑みを続けた。
初歩的な詐術だった。
ここでこのままべらべらと少年がアイルネの秘密を喋るなら良し、そうでなくても取れる方策は他にもある。
だが、今回幸運はそう多くはもたらされなかったらしい。
「既にウチをやめた人間だ。そんな事に興味はないな」
少年は表情を消してそう言った。
明らかに嘘だとわかる言動だったが、そう、とシドは素直に頷く。
「坊ちゃま~」
「あら、時間切れね」
遠くの方から、少年を呼ぶ女の声が聞こえてきた。
どうやら、彼を探してメイドがやってきたらしい。
シドが踵を返すと、少年がそれを呼び止めた。
「待て。お前いったい何が目的なんだ」
足を止めて振り返った。
「愛よ」
即答で断言するシド。
胡散臭いものを見るような怪訝な顔をする少年に、にこりと微笑んでみせる。
「心配しなくても、坊やのメイドさん相手じゃないから。それじゃあね」
そう言って、ウインクとキスを投げる。
一瞬少年の体がぐらりと傾いだ。
「どうしt……ああ! 見開いてるのに眼が白いッ!」
たたらを踏み、白目を向いて気絶しかけた少年が頭を振ってシドを睨んだ。
「な、何だ今の……せ、精神系の魔法か何かか」
「ただの親愛表現だったんだけど……」
真剣な表情の少年にシドは小首を傾げる。
「坊やにはちょっとシゲキが強すぎたかしら」
「どこまでも良い風に取るつもりだなお前」
そのイイ女気取りをやめろ、と、無言で訴えてくる少年に、心底心外そうなシド。
「坊ちゃま~。坊ちゃまどこですか~」
なんか涙声入ってきたメイドの声を聞いて、シドは表情を変えてひらひらと片手を振った。
「ほら、応えてやらなくていいの?」
ちっ、と舌打ちをして少年がここだと答える。
その間に、シドの体の周りに風が巻き始めた。
足元の砂や枯葉を巻き上げながら、
「それじゃあ、縁があったらまたアイましょ」
「待て、僕の質問に答えろ!」
風が収まった時、そこにシドの姿はなかった。
「あ、坊ちゃま~~」
バタバタ駆け寄ってくるメイドに向かって少年は手を上げた。
「ここ……って、お前なんで泣いてるんだよ」
先程まで相手にしていた魔族相手よりは多少砕けた口調で、呆れたように呟く。
ハアハアと膝に手をついて、やってきたメイドはほっとしたような眼で少年を見上げる。
「だ、だって、どこ走りまわっても坊ちゃま全然見つからないし」
「花を見に行くって言っておいたろ」
「み、みずを……よ、横っ腹……」
「お前ちっとも聞いてないな」
横っ腹を抑えてちっとも聞いてないメイドは置いて少年は歩き始める。
「ああ、坊ちゃま水を……ください……」
「やだ」
「や、やだって…」
「そんな事より、急いでカグランのクライン家に手紙を出せ」
「ええ? な、なんてですか? てか誰ですか?」
苦しそうにしながらも隣に並んだメイドに向かって、苛立ったように振り返る。
「アイルネの実家だ。二番目の。……あの馬鹿今魔王城に居るらしい」
「ええ~! アイルネさんそんな所に居るんですか? ど、どうして?」
「うるさいな……。とにかく、クライン家に協力を求める」
「だから、なんのですか?」
「……」
躊躇うように口ごもるが、言い合いをしている場合でもないと思い、少年は口を開く。
「何故アイルネが魔王城にいるか聞いたな。……多分、魔王を殺す為だ。そのための協力を――」
「げっ、えええええ~! む、無理ですよ! アイルネさんは何考えてんですか! てか、今まさに勇者様達がそれやろうと頑張ってくださってる途中なんですけど……!」
オーバーアクションで叫ぶと、限界だったのか急にぐったりなるメイド。
「……よ、横っ腹……」
苦悶の表情を浮かべるメイドを、コイツ駄目だ、と見つめながら、少年は家路を急いだ。
「ふ~ん。陛下を亡き者に、ねぇ……」
少年たちが大騒ぎしながら歩いて行く道の側。
木陰から、陽炎のように影が立った。
腕を組んだシドが呟く。
「ごめんね、坊や。あたし、出来がいいのは顔だけじゃないの」
全然ごめんと思ってない顔で言うシド。
だからイイ女気取りをやめろ……。
先ほど、素直に引き下がったのはこの為だった。
あの少年なら、アイルネの現状を知れば、必ず彼女の為の動きを見せると読んでの行動だった。
さすがにここまで大当たりを引くのは予想外だったが。
あのメイドちゃんに感謝しなくちゃね、と頷きつつ、表情に真剣な色が混ざる。
「それにしても、とんでもないウソつきだったのね、あの子」
短い時間見ただけだったが、とてもそんな事を考えてるようには見えなかった。
特別明るい性格というわけではなかったが、魔族に偏見を持たないところや、懸命な姿は、シドも素直に好感が持てるものだった。
アレが演技だとすれば、大した役者ということになる。
「……まあ、そういう子を他に知らないわけでもないけど」
そう言って、今は沈黙している髑髏型のピアスを指先でいじった。
「ん~、ちょ~っと、情報が足りないわね。……カグラン地方のクラインだったかしら……裏取りも含めて、行ってみる必要がありそうね」
一人ごちて、
次の瞬間には彼の姿は風にかき消えていた。
地名とか名前考えるの本当嫌い……




