第二十六話 未だ幸せそうな彼
身代わり……で合ってんのかな?
「なるほど、義理の妹さんの結婚式に参列するんですか、そうですか」
ウンウンと頷き、心底安心したように、教育係は額を拭った。
やけに機嫌よさげで、先ほどまでと比べて目には生気が宿り、忘れられがちな美貌ステータスも正常値に戻っている。
「……どこかで気が付きそうなものだが」
事情を説明し終えて、呆れたように呟くアレックスを「まあまあ」とカイルが宥める。
二人のやり取りに気がつかないほど安堵に打ち震える教育係は、そんなお姿ですら貴き様になっていた。
周りを囲んでいた野次馬たちは、既にそれぞれ散って作業へと戻っている。
五人は広間の邪魔にならない隅の方で話し合っていた。
「ただ、アレックスが人間の国に行くとなると、こちらをどうするかが問題だな。勇者たちが来城するまで時間がない」
一番の問題点を口にして、カイルがアイルネの方を見た。
アレックスはかつて仲間だった勇者たちと、魔王城での決着を約束している。
「式はいつなんだ?」
「明後日だそうです」
その答えに、カイルは眉を顰める。
なら今日礼服を着ているのはどうしてだろう、と思ったわけではない。
カイルは、勇者たちが魔王城に来るまで、早くても後四日はかかると見ている。
単純な距離に、野生の魔物達のおおよその分布、それに足止めに放った部下達の数で判断した。
勿論それより時間がかかる可能性のほうが高かったが、相手の動きを予見できない以上は油断は禁物だった。
予想よりも更に早く到着する可能性だってないわけではない。
いくら魔族が移動をあまりハンデにしないとは言え、アレックスの実家(?)のある国まで行って帰ってくるとなると、時間的にはかなり微妙なところだった。
「なるだけ全部上手くいかせてやりたいがなぁ(←勇者と戦えれば何でもいいため割と他人事)」
カイルは小さく呟きながら顎に手を当てた。
魔王城近辺に出している見張りからはまだなんの報告もない。
とはいえ、そこを楽観視するわけにもいかず、最悪アレックスがいない場合の対処も考えておいて間違いはないだろう。
「そちらはもう仕方が無いですね。私がご説明するのが筋だと思います」
アイルネはそう言ったが、これにはカイルが渋い顔をした。
「万が一って事もあるからな。出来れば勇者たちがやってきてバタバタする前にアイルネは帰って欲しいと思ってたんだけど」
驚いたようにアイルネはカイルを見るが、
「で、ですが、それですと他の方にお任せすることに……」
「いや、それは良いんだ。ただ、実際カッコがつかないのがな」
うーんと悩みこむ一同――除く教育係。
「クォヴレーは何かアイデアないか?」
随分前から黙ったまま腕を組んでいるクォヴレーにカイルは話しかけた。
「ん……」
と、聞いてるんだかないんだかな反応をして顔を上げる。
「……吾輩は十二万四十二歳だが?」
「聞いてないし、増えてる」
突然二万歳ほど老けこんだ半目のコックは、一度ぱちりと瞬きをすると大きく目を見開いた。
「お? おお、そうであったな、吾輩は永遠の十万四十二歳であった」
もっと早くに永遠を手に入れられなかったことが悔やまれてならないが、コック帽をかぶり直すとクォヴレーは身を翻した。
「我輩にアイデアはない。すまんが、まだ仕事があるので失礼するのである」
「え、でも、お昼終わったばかりですよ」
アイルネが言うとクォヴレーは顔だけ振り向かせた。
「夜の仕込みがあるのだ。なんせ大所帯だからな、一応吾輩の代わりに部下を置いてきたが、そろそろ戻ってやらんと」
「そうなんですか」
「……代わり……」
ご苦労さまです、と、頭を下げてクォヴレーを見送るアイルネの耳に、カイルのつぶやきが入ってくる。
「代わり……代わり、か」
「カイルさん、なにか思いつかれたんですか?」
「うん? ん……身代わりを立てたらどうだろう?」
「身代わり……なんのです?」
「アレックスの」
きょとんとするアイルネ。
「……だが誰が身代わりになる」
直ぐにぴんと来たのか、深刻な表情で聞いてくるアレックス。
「そりゃあ……」
いたずらっ子のような笑顔を浮かべるカイルに釣られるように、二人の視線が、未だに幸せそうにしている教育係の顔に注がれた。
この度は、読んで頂いてありがとうございます。
それから、お気に入り登録をしてくださった皆様、遅くなってしまいましたが、拙作を可愛がって頂いて誠にありがとうございます。
これからも頑張りますので、良ければ変らぬご愛顧をw
では引き続き二十七話をどうぞ。