第二十二話 つまりそういうタイミング
向かい合うアイルネとアレックスを沢山の魔族が取り囲んでいた。
広間の作業と比例するように種族も多様で、見本市とは行かないまでも、物産展くらいには顔ぶれが豊かだ。
昼休憩のため、食べ物、あるいは全然そうは見えないモノを口に運びながら、二人のやり取りを趣味の悪い視点で眺めている。
「言われたとおりに槍の回しゅ……わーなんだこの状況は」
大広間に戻ってきた教育係が眼にしたのはそんな光景だった。
アイルネがちょっと近づいただけでひゃっと声を上げて飛び退いたり、今は構ってられないような些細な事で作業員に説教を始めたり、挙句には、解体作業に心を痛め歴代魔王との思い出をさめざめと涙乍らに語り始めたりと、基本的にいつも邪魔だったため、主戦場から外され『飛び出す槍フロア』の槍の回収をアイルネに頼まれていた。
やんわり「スゲー邪魔」と言ってくるアイルネに対して不満を抱きながらも、あんまり近くに来られると嫌なので、逃げるように広間を飛び出したのが三十分前。
子供からオモチャを奪っているような気持ちになりながら、何とか嫌がる兵士たちの手から槍を回収し、戻ってきてみればこの有様だった。
何事が起こったのかいまいち掴めず立ち尽くしていたところに、見慣れたコック帽が見えた。
二人を囲む輪からは少し離れた所で腕を組んで傍観している。
小走りで駆け寄って声をかけた。
「クォヴレー。何事ですかこれは?」
「おお、これは教育係殿。御一ついかがですかな?」
クォヴレーはいつもより青白い顔で、ケータリング用のワゴンの一つを指差した。
「いえ、先ほど陛下と一緒にいただきましたので」
「ふむ、そう言えばそうでしたな」
やはり彼も疲れがあるのだろう、言われて、思い出したようにしたり顔で頷く。
ちなみに、現在魔王陛下は食後のお昼寝の真っ最中だった。
今の魔王くらいの時期の魔族にとっては、食っちゃ寝食っちゃ寝することも大切な仕事の一つである。
そうして、急速に成長していく心に合わせて、体のほうも成長させていくのだ。
そういった空いた時間にわざわざこちらを手伝いに来ているというのに、あの人間の小娘の態度はどうなのだろうか、と教育係は思う。
他にも勿論やるべき事はあったが、優先順位を考えてこちらに手を割いている。
にしては、邪険に扱い過ぎじゃないか?
というのが、偽らざる教育係の思いだった。
ただ、あまり力になれていないことも自覚はしていた。
(向き不向きというものもありますし……)
見る見る悄気げていく教育係だったが、なんとか気持ちをとりなして、クォヴレーに事の詳細を求める。
「それが吾輩もつい今しがた来たばかりでしてな。なんとなく聞こえた限りでは、結婚がどうとか……」
「結……婚?」
その言葉の意味を正確に脳が捉えた瞬間、へチャリとその場に崩れ落ちた。
魂の抜けた顔でホケーっとしている教育係を意に介した様子もなく、クォヴレーは語り続ける。
「うむ、アレックスが結婚がどうとか言った後、メイド殿が今は時期が悪すぎるとか何とか」
悪夢だった。
クォヴレーの声もほとんど耳に入ることはなく、教育係の頭には結婚の二文字がぐるぐると回っている。
魔族は自由恋愛を認めている。
家柄に関係なく結婚も出来たし、異種族間の恋愛に関しても割と寛容だった。
それでも相手が人間というのは話が別だ。
そういった例がこれまでにないではなかったが、どれもあまり良くない終わりを迎えたと聞いている。
一番大きな理由は、やはり寿命の違いだった。
種族によってまちまちとは言え、基本的に長命な魔族に対し、人間の生はあまりにも短い。
人間と夫婦になったある魔族などは「生きている時間が違った所為で何もかもが悲劇になった」と語っている。
文献でそれを読んだ教育係は、その魔族を、馬鹿馬鹿しいと一笑に付した。
『そんなもの、別に魔族同士でだって同じでしょうに』
それは、なにも魔族と人間間に限ったことではなかった。
違う時間を生きているのは魔族同士でだって同じ事で、番になったからと言って、なにも同時に死が訪れるわけでもないのだ。
それぞれが持つ限られた生の中で、他者とわずかに交わった時間だからこそ、そこには眩いほどの価値が生まれる。
それが、安らぎを与える類のものであるなら尚の事だ。
少なくとも、彼はそう思っていた。
まるで、出会いそのものを後悔するように綴られたそれを、教育係は呆れたようなため息と共に閉じた。
『まあ、好き好んで人間と結婚されたような方ですから、そもそも理解しようというのが無理なのかも知れないですね』
数多くの魔王と出会い、心を近づけ、そして別れていった教育係はそう結論づけた。
だから、今回もそんな事はどうでも良かった。
問題は。
(と、と、言う事は……あ、あの人間は、これが終わっても、しばらく、こ、こ、ここに居るということですか……?)
紛れも無い、悪夢、だった。
近い未来を想像したパニックから、地べたに腰をついたままお得意の白目になる教育係の前で、起きてるのか眠っているのか分からない様子で黙って腕を組むクォヴレー。
アイルネとアレックスは相変わらず何かを言い合い、その周りを相変わらず沢山の魔族が時折ヤジを飛ばしながら囲っている。
「アイルネ、動く床の試運転をするから来t……わーなんだこの状況は」
大広間にカイルが入ってきたのは、つまりそういうタイミングだったのだ。
二度目の予約投稿ぅー!
ちゃんと上手く行ってるんでしょうか?w
今回ラブコメでありそうな誤解のシーンを使ってみましたが、ラブコメでないと本領発揮しないと分かりました。
それが分かっただけでも良いや。良いです。はい。




