第二十一話 聞き間違いじゃない
「――って、仰ったんですよね?」
アイルネのその声は、むしろ、懇願しているような音色で響いた。
お願いだから「うん」って言って。
目の前に佇む男――アレックスは真顔のまま頷いた。
望み通りの返答のはずなのに、ちっとも嬉しくないのが不思議。
今、誰もが恐れてやまない魔王城の、その大広間は、改装の真っ只中にある。
割れたガラス窓の取替えや壁面と天井の修復の為に組まれた足場が、部屋の総面積を小さくし、さらに詰め込まれた人員が、かつて無いほどこの空間を息苦しい物に変えていた。
壁には日程表が貼られ、大幅に前倒しに修正されたデットラインから伸ばされた矢印には、「絶対絶対厳守!!!」とエクスクラメーション三つ付きで添え書きがあった。
その通り、事態は切迫していた。
アイルネにとって、専門外の慣れない作業(主に罠関係)に、多種族混同による魔族との言語コミュニケーションの未成立。
その他色々と要因はあったが、ここまでスケジュールを圧迫したのは、やはり昨日もたらされた報告が原因だろう。
――勇者が村を出発した。
羽根付きの魔族は嬉しそうに情報を口にしたが、そのそれ(リアクション)は相当違うんじゃないか、という思いと共に、四徹が決定した事をアイルネは静かに悟った。
(あー、またベッドで寝られないんだ……)
目を見開いたままじわりと涙がにじみかけた。
それをゼロコンマ単位で乱暴に拭い払う。
何をしていようと時計の針が動くのが同じなら、涙を流すより仕事に戻ったほうがいくらかマシと思ったからだ。
そうして、勇者やらあれこれは、とりあえず頭の片隅に残しつつ忘れることにして、アイルネは仕事に戻った。
時間の神様に恨みでも買っているような速さで夜と朝が入れ替わり、ああ――明けた…。と、朝日に切なげな眼差しを向ける。
そのまま作業を続け、昼休憩に軽く仮眠をとってリフレッシュをし、さてこれからと気合を入れ直した矢先。
「妹の結婚式に行きたいんだが……」
人間の国の礼服を身に纏った青年に、そう言われた。
最初、アイルネは首をかしげた。
疑問が完成する前に答えに行き当たる。
(中庭で見た人……確か、アレックスさん)
次いで耳を疑った。
「あの、すみません、よく聞こえなかったのでもう一度言ってもらえませんか?」
彼の事情はいくらかは知っていた。
決して多くはないが、人間に育てられたこと、勇者の仲間だったことくらいは知っている。
それから、霊峰での勇者達との別れの際のやり取り。
――決着は魔王城で。
これは、後からカイルに聞かされた。
アレックスは頷くと、もう一度同じ言葉を口にする。
「妹の結婚式がある。それに行きたい」
……あれ、変だな、聞き間違いじゃない。
やっぱり前話をもうちょっと短くシリアスにすべきだったかなと反省してます。




