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魔王城のメイド  作者: 中路太郎
接近遭遇編
20/53

第十九話 最悪のニュース

 寝返りを打った手に、ふかりと柔らかい感触があって夢から覚めた。

 なめらかな感触のそれは暖かく、丁度人肌くらいの温度といった所。

 人肌といえば哺乳瓶か草履と相場が決まっているが(?)、ここには泣き叫ぶ赤子もかしずくサルもいやしない。

 あるのは重力下とは思えないほどふかふかのベッドに、スベスベ手触りの清潔なシーツ、それに、枕元に散らされた花びらから立つ微かな香気だけ。

 それもそうで、ここはアイルネに与えられた居室であった。

 初めてこの部屋を目にした時に見た、二つの立派なベッドは、最初こそ豪華すぎて落ち着かなかったが、横になってみるとやはり寝心地は良い。

 旅の疲れもあって、そうなるとあとは一直線に転がっていくだけで、彼女はすぐに寝息を立て始めた。

 だから、詳しいことは覚えていないのだが、かと言って、こんな乳児用品あっただろうか。

 しかも、この哺乳瓶、哺乳瓶にしてはやけに大きく、哺乳瓶のくせに、手で探っていると時折「やん♡」と可愛らしい声を上げる。

 いい加減、そろそろ触っちゃいけない部分まで触っちゃいそうな気がして、アイルネは恐る恐る薄目を開けた。

 堰き止められていた光がなだれ込んできて、一瞬視界を失う。

 ゆっくりと戻ってきた色彩の中に、予想通りの光景。

 見覚えのあるサキュバスが、ぴったりと体を押し付けて、添い寝をしていた。……裸で。

「おは(ぶすっ)あーーーっ!」

 頭の「おは」は朝の挨拶で、丸括弧はアイルネがピースサインを悪用した音。

 最後の悲鳴は人差し指と薬指で両目を狙われた結果だ。ピースじゃなくてグワシと狙った。

「ど、どうして隣で寝てるんですかっ!?」

 顔を手で抑え、肌色多めでのたうち回るサキュバスにがくがく震えながら、慌ててシーツで体の前を隠す。

 寝起きドッキリに心拍数を上げつつ、ベッドの上で後退りするアイルネの耳に落ち着き払った声が聞こえてきた。

「特殊な訓練を受けている魔族です。良い子悪い子にかかわらず決して真似しないよーに」

「……何やってるんですか? カイルさん」

 ぴんぽーんと効果音が聞こえてきそうな声の方に顔を向けると、窓際に置かれたテーブルで、モーニングティーを嗜む魔族の姿があった。

 純潔の白い羽根を畳み、あさっての方向を向いてカップを持ち上げるさまは、一幅の絵画のようでもある。

「形式美というものがあるだろう。お約束は大事にしないと」

 カップを置くと、席を立ってベッド脇に近寄ってきた。

 もう一方の寝床からシーツを取り上げ、ゴロゴロ転がっているサキュバスにかけてやるカイルに、アイルネは笑顔を向ける。

「そうではなくて……こんな時間に、私の部屋で、何をやっているんですか? カイルさん」

 低空すれすれを飛ぶ氷の礫のような声だった。

 カイルはしばらく顎に手を当て考えこむような表情をすると、釣られるようにニコッと笑う。

「朝の散pぶすっあーーーっ!」

 ――ぴんぽーん。

 ※身体に影響のないグワシを使用しております。良い子悪い子普通の大人にかかわらず決して真似しないで下さい。


 ……それでも、ベッドで寝れてる内はまだまだ幸せだった。


「終わるかーーい!」

 絶叫を上げ尻餅をついたアイルネの後ろを、慌ただしくトロルの群れが走る。

 緑色の巨体を揺らしながら、肩にはそれぞれ、城内に無秩序に置かれていたオブジェや石像などが担がれている。

「お、お待ちなさい!」

 悲鳴のような声を上げて、教育係が後方から駆け込んできた。

 もも上げ腕振りが完璧なアスリート走りで、回りこんで両手を広げ、トロルの進路を妨害する。

「あなた達! それは十四代魔王陛下ご就任の記念に作られた『懊悩するスライムの像』ですよ! それに、そちらは名工ヴァ・ルヴァ・ルジャンの『歯車たるスライムの悲哀』!」

 どうしてスライムばかりがモチーフに……というか、スライムは歯車に向いてないと思う。

 狂乱する教育係を見て、アイルネは思わずため息を付いた。

 五月蝿いし、邪魔な事この上ない。

 うがぁ…(訳:親方ぁ…)と困ったようにこちらを見てくるトロル達に一度頷いて、アイルネは立ち上がった。

「さあ、こっちに寄越しなさ……ぎゃー! 腕が取れた!」

 壊れてしまった石像を必死でくっつけようとしている教育係に、アイルネは音もなく近寄っていく。

 ぴったりと背後についた所で、声をかけた。

「教育係様」

「なんです……って、なんです?!」

 手で体をかばいながら、ズサっと飛び退る教育係。

 思わず放り投げてしまった石像の一部が頭に当たり、とばっちりを食らったトロルがしくしく泣き始める。

「その、な、なんでしょうか?」

 明らかに腰が引けた様子で、教育係が問うてきた。

「いえ、実は、ご無礼とは承知の上なのですが、私にもこちらの素晴らしい品々についてお教えいただきたくて。さぞや立派な謂れのあるものなのですよね」

 懊悩するスライムの像を眺めるアイルネの言葉に、一瞬あっけに取られたような顔になる教育係。

 が、直ぐにその表情に隠し切れない喜色が浮かぶ。

「そ、そういう事でしたらいくらでもお教えてさしあげますが。そうですね、まずこちらは……」

 教育係は完全に油断していた。

 普段なら決して油断しない(勝手に)相手のはずなのに、やけにしおらしいアイルネに対して少しばかり気を緩めてしまった。

 得意の話題だったこともある。

 夢中で話し続ける教育係の方に、忍び足で近寄るアイルネ。

 真横に立つと、無造作に手を伸ばし、その頬に手を触れた。

「――がっ……な、な、なにを?」

「申し訳ありません。お顔の色が優れなかったようでしたので……」

 手を当てたままニコリとアイルネが微笑んだ途端、ザーっと驟雨しゅううの様な音が辺りに響いた。

 教育係の鳥肌が立った音で、全身から嫌な感じの汗も流れ始める。

「良かった、熱はないようですね」

「ひぃいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいぃ……!」

 とどめの一言だった。

 ゴシゴシ頬をこすりながら、涙の尾を引きずって部屋を飛び出していく教育係。

 その後ろ姿を見送って、表情を引き締めたアイルネが腰に手を当てた。

「さあ、作業を再開しましょう」

 その手際のよさに、周囲を囲む魔族からおおおーーと歓声が上がった。

 中々あくどい手を使った気もするが、徹夜続きの身としては贅沢も言っていられない。

「随分アレの扱いが上手くなったな」

「カイルさん」

 感心したような声に振り返るとカイルがいた。

 蹲ってまだちょっと半泣きのトロルの頭を撫でて送り出し、立ち上がって視線の距離を縮める。

「どうかしたんですか?」

 アイルネが尋ねると、カイルはいつものいたずらっ子のような顔で笑った。

 それでも若干やつれてはいるが。

「良いニュースと悪いニュースがある。どっちから聞きたい?」

「どっちも聞きたくないです……」

 くくくっと苦笑しつつ、じゃあ良いニュースから、と懐から紙片を取り出した。

「注文してたエーテル五十本、届いた。はい、これ伝票」

「え、ちょっと、品代と送り料が一緒って、なんですかこれっ?」

 受け取った紙片をみて、アイルネが怒りの声を上げる。

「場所が場所だからな。人間がここまで運んでこれただけでも大したもん……」

「悔しい! 足元見て!」

「あ、これ聞いてないな」

 しばらく、ぷんすかやっていたアイルネだったが、ようやく治まってきたのか、深呼吸をして伝票をなおした。

「……わかりました。すみません、それじゃあコレ空っぽの宝箱に五本ずつくらい詰めといて下さい」

「はい」

 傍にいた兵士にそう言いつけて、アイルネは視線をカイルの方に戻した。

 やや不安げな表情になる。

「それでは、悪いニュースというのは?」

「うん。勇者が村を出発した」

「へ?」

 何を言われたか理解できなかった。

 ぐわーんぐわーんと視界が回る。

「偵察に出てた部下からの報告だ。勇者が村を出た。早くて五日くらいでこちらに到着するらしい」

 どこか生気を取り戻したような顔で、嬉しそうに語るカイル。

 気絶しそうなくらい、最悪のニュースだった。

やっと自分の中でキャラが固まってきました(今更?)

おかげでちょっと自由をさせてあげられる。

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