第一話 お門違いの妙な心配
「終わるかーーい!」
慌しく人が動きまわる中、少女が絶叫を上げた。
そのままペタンと尻餅をつき、世界中の不幸を背負ったような顔で床を見つめる。
結晶石灰岩の嫌味なほど豪奢な床に、薄っすらとエプロンドレス姿の少女が写った。
所々服にある、解れや脂汚れなどが、徹夜続きで疲れた顔や髪にまで飛び火していた。
「はあああ……」
床に写った自分の顔を力のない手で撫でるが、何の慰めにもならない。
そもそも仕事を請けたのは自分だし、誰にも言い訳できない代わりに、誰にも文句を言われない立場にもいるのだ。
責任ある立場と、そこに自分がいることへの自負は、何物にも変えがたい喜びじゃないか。
そう自分を震わそうとするものの、手の平に伝わる冷たい感触が、そのまま世界の自分に対する態度のようで、このまま顔を俯けていると何だか仕事中には流しちゃいけないモノが勝手に目からあふれ出しそうになる。
(ええいっ、弱音は後からでも吐ける! 涙は終わってからいくらでも流せ! 間に合わなかった時どうするかは、間に合わなかった時に悩めば良い! とにかく今は作業を再開させなきゃ…)
「にゃー、何してんのー?」
何とか気持ちを持ち上げて顔を上げてみれば能天気な顔がそこにあった。
疲れなんて微塵も感じさせない潤いのある肌に、静かな川の流れを思わせる艶やかな黒髪。
そこに、気まぐれに輝く飛沫を飛ばしたような同色の瞳を持った少年が、少女を見据えていた。
「なにって見ておわかりになりませんか?」
「ん~わかんにゃーい」
「……ならいいです」
「あにゃー…」
がっくりと肩を落とした少女に、黒髪の少年は何か言葉をかけようとするが、あうあうと口を開くだけで一向に言葉は出ない。
「ほら、ここに居ると危ないですから、お部屋で遊んでいらしてください」
溜息をつきつつ少女が言うと、ハーイと声を上げて、とっとと駆け去っていった。
「……この先魔族は大丈夫なのかしら?」
お門違いの妙な心配をしながら少女はまた溜息をついた。
にゃー!




