第十六話 大成功
す、少しだけ変わってるかなぁ? ……と、アイルネは思ったと思ったが、それは長年のメイド経験が無意識にさせた婉曲的な表現である。
実際は大分変わっていたし、その思いは殆ど確信の域に達している。
膝を屈して語る長身美形の男。
種族、権力、ルックス――思い当たる先天後天的有利をその身に備えた男が、人間が怖いと言って何故か訥々と祖父との思い出を語っていた。
至近にいれば目のやり場に困るような存在だが、少し距離を置いたくらいでこんなにも残念な感じになってしまうとは。
投げ飛ばされて距離の出来た魔王陛下などは、既に立ったままうとうとと微睡みに身を任せるに至っている。
隣にいる兵士が気を使って「ほら、聞いてあげないと駄目ですよ、陛下。教育係殿一生懸命喋ってるんですから」と体を揺すっているがあまり効果はないようだ。
アイルネがそちらにばかり気を取られているうちに、いつの間にか声は止まっていた。
何かが極まったのか、ズズ~っと鼻を啜る音が聞こえ、教育係はいっそ晴れ晴れしいほどの表情で顔を上げた。
秘密を打ち明けたことで、大分すっきりしてしまったらしい。
「……と、いうわけなのです」
「あ、ほら陛下、陛下ってば。終わったみたいですよ」
「うにゃ……」
器用に小声で叫ぶ兵士に揺り起こされ、やっと魔王陛下は瞼を上げた。
眠そうな半眼を手でこすりながら、くあっと小さく欠伸を噛み殺す。
「うにゅ~……そ~いうことなら仕方がないにゃ~」
精神のうち半分以上を夢の世界に置いてきてしまっている魔王陛下が、ね、それ絶対何のことかわかってないでしょ、と言う口調で言った。
しかし、ある種の興奮状態にある教育係はその事に気がつかない。
ずびっと鼻から出てきた残念をハンカチで拭い、立ち上がる。
そうして、長い足の威力を存分に発揮して、いつもの定位置へと戻っていく。
その際、四分の三睡眠状態の魔王陛下の襟首を掴んで、玉座に据えておくことも忘れない。
それを見て、ワタワタと兵士たちが持ち場へ帰っていく。
教育係は手のひらに"魔"と三回書いて、打って変わった毅然とした態度でアイルネの方へ向き直ってきた。
「人間のメイドアイルネ。この度は良く来て下さいました。私は当魔王城の教育係です」
声にもどこか自信を取り戻した教育係が、殊更に見下ろすような態度でそう言ってくる。
「そして、こちらにおわすのが、あまねく魔族を束ねられる魔王陛下であらせられます」
ようやく雰囲気がそれらしくなって来たことに内心でほっとしながら、アイルネも礼をする。
「アイルネでございます。この度はお声がけありがとうございます」
「っ……いえ」
一瞬ビクっと体を強ばらせる教育係。
「ん……こほん。それでは早速仕事の話をさせていただきます。道中説明を受けたかも知れませんが、もう一度詳しく説明させてもらいますと……先日、人間の新聞に勇者さん達がもうすぐ魔王城を訪れると記事が出ました。記事の内容は不届きなものだったのですが、そこはそれ、お客様を迎えるのに何も準備をしていないというのは当魔王城の名折れ。そこで貴女をお迎えしたというわけです」
混乱を当たり散らすことで冷静さを取り戻した魔族の教育係は続ける。
「貴女にやってもらいたいのは当魔王城の大掃除と勇者さんを迎えるに当たっての準備。その指揮をとっていただきたいのです」
「指揮ですか?」
「はい。恥ずかしながら、我々にはそれらの詳しいノウハウが無いのです。が、人手だけは腐るほどあります。実際腐ってるのもいますし」
……それは別に会いたくないけど。
本音を隠してアイルネは黙って続きを促す。
「当魔王城の規模を考えると、とても一人で仕事をこなすのは不可能。そこで貴女には我々魔族を指揮してもらい今回の『勇者魔王城攻略戦!!』の舞台を整えていただきたいと思っています」
半裸の魔族から話を聞いたのより、少しばかりやるべきことが増えている。
しかし、主人に恥をかかせない様に、お客様を迎えるのも紛れもないメイドの本分の一つである。
勇者が、魔王城にとって本当にお客様にあたるのかどうかは疑問に思ったが、それはこの際問題ではない。
「わかりました。勇者様をお迎えする準備、微力ながらお手伝いさせていただきます」
首肯したアイルネに、あからさまに教育係はほっとしてみせた。
これは、依頼を受けてもらえたことよりも、無事に人間と話終えたことへの安堵が強いだろう。
「よかった。では時間も無いことですし、早速取り掛かってもらいます。あ、それから、一人貴女の面倒をみる者を付けますので、何か必要なものなどがあればその者に申し付けなさい」
……メイド、の面倒を見る者?
アイルネの疑問を読み取ったのか、教育係が付け加える。
「これは護衛を兼ねています。なんと言いますか、魔族の中には恐れ多くも魔王陛下の意に反する者おりますので」
言いにくそうにする教育係に、ああ、と合点がいく。
というよりも、問題はこちらにあるのだろう。
(……私が人間だから)
アイルネの感覚では、その事自体に反発する魔族がいたとしても何もおかしい事はない。
むしろ、今まで会ってきた魔族の方が、常識的には異端だった。
「カイル! カイル・ラウダー!」
教育係が人物らしき名前を呼ばわる。
「ここに――」
扉が開くのと、返答があるのがほぼ同時だった。
広間の入り口から騎士服に身を包んだ男が入ってくる。
(―――あっ!)
なんとはなしに振りかえって、アイルネは思わず上げそうになった声を封じ込めた。
そんなアイルネを無視するように、素知らぬ顔で男は歩いて来る。
柔和な笑顔を讃えて、口をパクパクさせるアイルネの前を通り過ぎた。
白い翼を畳みながら、男は教育係の眼の前で跪いた。
「貴方に、この者の滞在中の護衛と世話を命じます。差し当たっては魔王城の案内をしなさい」
「案内?……するー……案内一緒にするー……」
四分の四睡眠陛下が、開いてもいない目をこすりながら言う。
「ダメです。これから陛下は人間についてのお勉強の時間です」
「……に"ゃ~~~~……」
不満そうな声も直ぐに寝息に飲み込まれていく。
教育係は男に向き直る。
「謹んで拝命いたします」
そんなやり取りにも慣れた様子で、敬々しく頭を垂れる。
「よろしい。さ、陛下お勉強の時間ですよ」
「にゃ~~~~~~~……」
間延びした悲鳴を上げながら、教育係に襟首を掴まれて奥へと引っ込んでいく魔王陛下。
二人の背中が完全に見えなくなるまで見送って、魔族の男は振り返った。
「……服、着てる……」
呆然とつぶやくアイルネに笑顔を返す。
「さ、では参りましょうか、"嬢ちゃん"」
イタズラが成功した笑顔を浮かべて、魔族の男――カイル・ラウダーは優雅に一礼をする。
ず~っと考えてたものの、名前が思い浮かばず。
結局ハリウッドの俳優さんの名前をつけましたw
本日のbgmはASIAN KUNG-FU GENERATIONの『君という花』でございました。