第十話 もちろん彼女たちは頓着しない
半裸の魔族とは魔王城に着いてすぐに別れる事になった。
彼は近寄ってきた兵士になにやら耳打ちをされると、一瞬イタズラを思いついたような楽しそうな顔になった後、何事もなかったように直ぐに表情を戻した。
申し訳なさそうにアイルネに向かって手を合わせる。
「悪い。これから行かなきゃいけないトコが出来た。部屋までの案内はコイツに任せるから」
そう言って、耳打ちしていた若い兵士の襟首を軽々掴み上げると、ずいっとこちらに押し出してきた。
「あ、いえお気になさらず……」
「本当に悪い。じゃ、また後で」
忙しなく言った後、彼は急ぎ足で城の中へと入っていった。
(お礼……言いそびれちゃった)
去っていく背中を見送り、何となく残された兵士と顔を見合わせる。
「……では、案内をお願いできますか?」
「は、はい!」
曖昧に微笑んだアイルネに対し、彼は最敬礼で応える。
そうして、緊張しているような若い兵士に、滞在中に充てがわれた部屋にアイルネは案内された。
魔王城の内部は、全ての尺が少しづつ大きいことを除けば、特別珍しいところのないありふれた石造りの城だった。
コツコツと靴音を響かせながら、二人は無言で廊下を歩く。
移動中どうしても目が行ったのはその城内の惨状だった。
廊下の隅に固まった埃、どこからか吹き込んできた枯葉。などは可愛いもので。
口の大きくかけた壺、頭のない銅像、元がなんなのかすら分からないオブジェなど、壊れた装飾品などが辺り狭しと転がっている。
他にも、掛けられた絵はかたっぱしから傾いていたし、宴会でも開いたかのように食べかすや汚れた食器類が廊下にまで散乱していた。
(これはお仕事のしでがありそうね)
そんな雑感を抱いている内、広い廊下に出た。
四角く切り取られた窓から差し込んだ光の端が、幾つか閉じた扉を照らし出す。
その内の一つを若い兵士がノックした。
「どうぞ」
中から声が聞こえると、彼は脇にどいてアイルネに進路を開けた。
アイルネは一度頷き、ノブに手をかけゆっくりと扉を開く。
そこで待っていたのは、粛々と佇む侍女たち……などではなく、お色気たっぷりのお姉さんたちだった。
その部屋はどうやらゲストルームらしく、立派なツインベッドを筆頭に調度品はひと通り揃っていた。
中でも一際目立つのが、両開きの大きなクローゼットで、部屋の入口から左手、大きく口を開いたそこには、ここから見ただけでも、無数と言っていい程のドレスが下がっている。
宝を守る番人のように扉の両脇には二人の女性が立っていて、アイルネと目が合うとにこりと首をかしげて微笑んだ。
「いらっしゃい」
扉を開いた格好のまま、呆然とそんな光景を見つめていた直ぐ傍で声をかけられ、アイルネはハッとしてそちらを振り返った。
思わず、うっ、と仰け反る。
そこには、胸元の大きくあいたシャツの上から、白衣を纏った女性が立っていた。
ふっくらとした唇にわずかにウェーブした長い髪。
瞳は赤く不吉な夜の月を思わせ、垂れ目がちなアイラインを長い睫毛が縁どっている。
ゴージャスかつエレガントな肢体は、バン、キュ、ボンのワルツを踊っていた。
おそらく彼女も魔族なのだろう、艶やかに笑った口元に犬歯が鋭い。
彼女はアイルネの肩に後ろから手を置くと、耳元に顔を寄せながら、小さく呪文を唱えるような厳かさでささやいた。
「それじゃあ、早速綺麗になっちゃいましょう…」
語尾に振られた三点リーダが意味深だ。
「「「は~い」」」
あ、あの? と問いかける暇もなく、元気よく返事をしたその他のお姉さん達に両脇から抱え上げられた。
そのままズルズルと引きずられていく。
目指す先は大きく口を開いたクローゼット。
クローゼットに窓はないが、内部にも充分な照明が効いていて、部屋の中と遜色なく明るかった。
むしろ、洋服に使われたラメ糸などの照り返しで余計に綺羅びやかに輝いている。
「大丈夫、私たちに任せておいて……さあ、始めるわよ」
「「「キラッ☆」」」
ポーズ付きで合いの手を入れるお姉さんたち。
喜んでェ~! みたいなものだろう。
「あ、あああの……!」
戸惑いから意味をなさない音が口から漏れ出る。
勿論そんなモノに彼女らが頓着してくれるはずもなく、ゆっくりと扉は口を閉じた。
本日のbgmはthe pillowsの『インスタントミュージック』でございました。