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フリモリウム魔法学院

新人教師=フリモリウム魔法学院=

作者: 爽夏=sayaka=
掲載日:2026/06/27

フリモリウム魔法学院の入学生は、入学して最初の授業を行う際、全員にお揃いのマントと徽章が渡される。

徽章には受け取ると自身の指をさして血を覚えさせ、必ず着用することを義務付けられていた。個人を識別する学生証の代わりとなっており、特殊な結界が張られた学院を出入りする際に必要なものになるためだ。

また、単位を取得するためにオッフェルの森へ入る際の着用も義務付けられている。なぜならば、もしもの時の身元を照会するドッグタグとしても使うからだ。オッフェルの森は安全な森ではない。毎年、一定数の生徒が魔物との死闘により亡くなっている。

一方、糸や織で魔物に認識しづらい加工を施した防魔のマント。その技術は学院独自の物で、一般に流布している同種の物とは一線を画していた。有力な商人が防魔のマントの製法を大枚をはたいて購入するも、再現することが叶わなかったと伝えられている。

そのため、フリモリウム魔法学院の学生といえば防魔のマントとも言われるくらいに、学生の象徴となっていた。

マントの型や光沢が一般的なマントとは違うため、一目で学生か否かがはっきりわかるが、色は入学した年によって微妙に異なっていた。異なる色になるので、マントの色を見れば入学した年が分かり、顔の知らぬ相手でも、先輩か後輩かを判別する目安になっている。

「マントの色で分かるのはいいんだけどさ……」

新米の教師である男は肩を落とした。

「今年の新入生のマントの色と、俺の年の色と似てるから……」

「あぁ……」

指導役の教師がなんとも言えない目で後輩の教師を見た。

マントの色は十年間は同色にならぬよう配慮されているが、そもそも学院の歴史は長い。似たような色合いになる年があるのは仕方がない事である。

順当に行けば五年から六年で卒業し、そこからの進路は研究生や教師として学院に残る者や貴族や国のお抱えとなる者、故郷や所縁の領地にて働く者など様々だ。この新米の教師は、故郷の奨学金で卒業した後、故郷に戻って働いたものの、魔法研究への渇望が止まず、奨学金プラス違約金を満額支払い、研究生として学院に返り咲いた変わり種だ。

研究生一本で生活ができないということで、教師としても働くようになったのだが、この男、かなりの童顔で年齢を下に見られやすい。その上、今年の入学生とマントの色が似た色になってしまったのだ。

なお、フリモリウム魔法学院への入学制限は、試験の結果と15歳以上という年齢だ。入学試験の受験回数に制限はないため、入学生の年齢はまちまちだ。

マントの色と男の童顔と入学生の年齢の多様さとが合わさり、教師である男が学生に間違えられる事態が多発し、そのことを男は先輩にぼやいていた。

「新しいマントを買うかなぁ……」

「そんな金あるのか?」

「あるわけないだろう……」

新規でマントを買おうとすると、学院の卒業生を証明する物や身元保証人が必要になる。悪用されないための処置だが、それが非常に手間、尚且つ、費用も高額だ。卒業生でも学生の頃に使用したマントを使い続けることが多い。

もちろん、破ったり無くしたりしたら購入せざるを得ないが、学生ならば学割やレンタル品がある。身元は学生証である徽章が示しているので、費用負担だけで済む。

学院の教師である男も徽章で身分を証明できるため、保証人の用意も不要の為、必要なのは購入費用だけだ。つまり、懐にかなりの痛手になること請け合い。無駄な出費は押さえたい男の選択肢には購入の文字はなかった。

「徽章見れば、教師だって分かるようなもんだけどな」

先輩教師は自身のマントの胸元に光る徽章をピンと弾く。

「遠目じゃ分からないでしょ……」

幾度となく「そこの新入生」と声を掛けられ続けている新米教師は肩を落とした。

「まぁ、諦めることだな」

ポンポンと肩を軽く叩いた先輩教師は、また明日と独身寮に向かって帰って行った。

新米教師の男は先輩を見送ると、学院の外に向かって歩き出す。

学院の独身寮は研究生や教師を対象としているだけあって、研究や実験等を自室で行えるくらいの広さが確保されている。その上、共同の資料室も完備してあり、提供時間の制約はあるが、注文すれば食事を部屋に運んでくれる。かなり手厚い。手厚い限りであるが、その分家賃がそれなりにする。もちろん、部屋で行った実験が失敗した際の補償等々もされており、値段の価値があるのは事実だが、奨学金を返し終わったばかりで金がなく、出来るだけ費用を安く抑えたい男には手が届かなかった。

そう言う事情もあり、男は商店街にあるアパートを借りていた。帰り道、商店街を歩けば様々な店があり夕飯にも困らない。朝も早くから空いている店が多く、通勤途中で朝食を済ませられるのもありがたかった。

夕暮れ時の商店街は、様々な人々が行き交いとても賑やかだった。

「ぽきょー!」

肉屋の店先で焦げ茶色のモコモコとした生き物が店主の親父に向かって愛想を振りまき、端肉を貰っていた。モコモコの後ろにいるのは親犬だろうか。骨格の良い筋肉質の真白い犬と焦げ茶色の丸い生き物とが親子に見えず、何度も見返した。

白い犬は焦げ茶色の塊の首を咥える。駄々っ子のように「ぽきょぽきょ」文句を言う焦げ茶だったが、親犬には敵わないのだろう。諦めたように力を抜いていた。

ふと白い犬と視線が合う。何やら、酷く嫌そうな眼差しを向けられてしまった。

「ふとっちょのお迎えかい?」

パン屋の女将が二匹を見て楽し気に声をかける。

「ぽきょー!」

前脚を片方上げて挨拶する焦げ茶は呑気そうだ。

犬は全てを諦めたように焦げ茶の塊を口から離すと、行儀よく座って女将さんに「わん!」とひと声吠える。まるで挨拶をしているようだと思ったところで、女将さんが犬に向かって駕籠を差し出していた。

パタパタと尻尾を振って、犬は駕籠の持ち手を咥える。

「代金はツケとくから、月末に払いに来ておくれって坊やに伝えるんだよ」

犬にそれを言っても無駄だろうと思ったが、犬が籠を咥えながら「うぅー」と返事しているのを見て、使い魔なのかもしれないと思い直す。

「ぽきょー♪」

真白の犬の周りを飛び跳ねるようにモコモコが動く。

「ふとっちょ、つまみ食いはするんじゃないよ」

パンをひとかけら焦げ茶に渡した女将さんは、二匹を見送っていた。

「女将さん」

「おや、新米先生、いらっしゃい」

女将さんは男を見て朗らかに笑う。

夕飯用のパンを買う。お昼に食堂で分けてもらったスープに浸して食べようと硬めのパンを選んだ。

「あの犬はこの辺に住んでるのかい?」

「あぁ……ふとっちょの飼い主がそこのアパートに住んでてね」

硬いパンを持ってきた袋に入れてもらう。おまけだと掌ほどの豆パンをひとつ一緒にいれてくれた。

「贔屓にしてもらってんだよ」

「確かに美味しいですからね」

「それにねぇ……うちの息子たちより小さいから、ちょっと心配でねぇ」

パン屋の女将さんの下の息子は、確か冒険者をしていたはずだ。あのガタイのいい青年と比べたら、三十近い自分も頼りなく見えるだろうと、乾いた笑いを浮かべてしまう。

「学院の学生さん、かな?」

呟いた言葉に女将さんは「死体屋だよ」とこともなげに言葉を返してきた。

「卒業できたのかねぇ? あの見た目だから、もしかしたら途中で退学したのかもしれないね」

「そうですか」

確かにフリモリウム魔法学院は国内最高峰の教育機関だ。入学したはいいが、学びについて行けず退学する学生も多い。奨学金を受け取っていた場合、返済に苦労する層もそれなりにいる。

そうなると、他人が倒した魔物の死体を集めるしか出来ないのであろう。

「世知辛いな……」

自分は、運よく魔術特許を取ることができロイヤリティを得ることが出来た。故郷の軍で魔物討伐に明け暮れ、地元で借りた奨学金を返済し終わって……今、また学院で研究することができるのは、かなり恵まれているなと、男は思いながら帰宅する。

ふと前を見ると先ほどの白い犬と焦げ茶の塊が歩いていた。

アパートの前には金茶の狐が優雅に座っていた。焦げ茶が転がるように駆け寄り、狐のふさりとした太い尻尾にじゃれつこうとした。

ふわりと尻尾が動き、焦げ茶が道に転がる。ふさふさと狐の尻尾が揺れ、剽軽な顔の焦げ茶の瞳が輝いた。

「わんっ!」

駕籠を下に置き、ひと声上げた白い犬。こくんと狐はうなずけば、先導するようにアパートの階段を昇って行った。その後ろを焦げ茶が慌てて追いかけて、犬は籠の持ち手を咥えて、その後に続く。

「同じところに住んでいるのか……」

五階建てのアパートには階段しかない。最近では魔動昇降機(エレベーター)付のアパートが主流で、それがないこのアパートは破格の値段で借りることができた。流石に毎日五階まで登るのはきついので、男は三階に住んでいるが、それでも周りの相場に比べると安かった。

階段を登る。三階までたどり着けば、上階に上る犬の尻尾が見えた。

(飼い主はどんな人物なんだろう……)

白と焦げ茶の犬に狐。学院を中退してるだとしたら、能力的に三匹全部が使い魔というのはあり得ないだろうと思いつつ、逆に、使い魔を扱いきれずにダメになったタイプかもしれないとも考えられる。

悪いことをしているような気分になりながら上階へ向かう三匹の後を追う。

「ぽきょー!」

特徴的な鳴き声が階段に響く。

『おかえり』

異国の言葉が聞こえた。年若い声だ。

『パンを貰ってきてくれたの? 今度、代金を払いに行かないとね』

静かな声と共に扉が閉まる音がした。

(異国の言葉、留学生か? 国に帰らず、死体屋で暮らす? 中退して?)

どんな人物なのだろうと思った。

静かに流れる声からは、何も推測できるものはなかった。

ただ、パン屋の女将さんが気にかけてしまうのも仕方ないと思わせる頼りなさだけは、感じていた。


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