社交界デビュー
十二歳になった。
私は、初めての社交界デビューをすることになった。
「今日は、王都で舞踏会があるの」
母親が、嬉しそうに言った。
「ユーリも、そろそろ顔を見せておかないとね」
舞踏会——
貴族の子供たちが集まる、社交の場。
将来の人脈を作るために、重要な行事らしい。
でも——
「この服しかないのか……」
私は、鏡の前で呟いた。
着ているのは、父親のお下がりを仕立て直したもの。
古い。
流行遅れ。
ところどころ、色が褪せている。
「申し訳ないわね、ユーリ……」
母親が、悲しそうな顔をした。
「新しい服を買ってあげたかったんだけど……」
——お金がないんだ。
没落貴族だから。
「大丈夫だ、母上。服なんて関係ない」
私は、笑って見せた。
「中身で勝負する」
そう言いながら——
正直、不安だった。
貴族社会は、見た目を重視する。
古い服を着た没落貴族の息子が、どんな目で見られるか——
想像はついていた。
◇ ◇ ◇
舞踏会の会場は、王都の大広間だった。
きらびやかなシャンデリア。
豪華な調度品。
美しいドレスやタキシードに身を包んだ貴族たち。
そして——
「あれ、見てよ」
「あの子、服がボロボロじゃない?」
「どこの田舎者?」
ひそひそ声。
私に向けられた、好奇と軽蔑の視線。
「ブラント家の息子らしいわ」
「ああ、あの没落貴族の」
「名門の成れの果てね」
——予想通りだ。
悔しい。
でも、ここで怒っても仕方がない。
私は、背筋を伸ばした。
堂々と、歩いた。
服がボロくても。
金がなくても。
笑われても。
私は、ブラント家の跡取りだ。
誇りだけは、失わない。
「……ふん」
一部の貴族たちが、鼻で笑う。
でも——
気にしない。
前世では、もっとひどい目にあった。
ブラック企業で罵倒されたり、パワハラ上司に人格否定されたり。
それに比べれば、こんなの——
「大したことない」
私は、小さく呟いた。
そして——
会場の隅に、見知った顔を見つけた。
茶色の髪。
翡翠色の瞳。
少し大人びた顔立ち。
シンプルだけど、上品なドレス。
控えめだけど、どこか凛とした佇まい。
——知ってる。
昔、両親に連れられて会ったことがある。
同じ没落貴族の、令嬢。
確か、五歳くらいの時に一度だけ会った。
まだ小さかったから、顔はよく覚えていないけど——
あの翡翠色の瞳は、印象に残っていた。
「あら、ユーリ?」
向こうも、私に気づいた。
近づいてくる彼女を、私は見つめた。
——可愛い。
思わず、そう思ってしまった。
同じ十二歳とは思えない、大人びた雰囲気。
でも、笑顔は子供らしく無邪気で。
そのギャップが、妙に印象的だった。
「久しぶりね。覚えてる? エリーゼよ」
エリーゼ——
そうだ、名前はエリーゼ。
エリーゼ・リンデンブルク。
私と同い年の、幼馴染。
彼女の家も没落貴族だと聞いている。
うちと似たような境遇だ。
「覚えてるよ」
私は、微笑んだ。
同類がいると、少しだけ安心する。
この会場では、みんな私を馬鹿にしている。
でも、彼女だけは——同じ立場だから、わかってくれるかもしれない。
「あなたも、笑われた?」
エリーゼが、苦笑いで聞いてきた。
その顔に、悲しみはなかった。
むしろ、「仕方ないわね」という諦観と、「でも負けないわ」という強さが見えた。
「まあ、少し」
「お互い様ね」
エリーゼの服も、新しくはなかった。
でも、きれいに着こなしている。
髪もきちんと整えて、アクセサリーは控えめだけど品がある。
お金がなくても、こうやって工夫して美しくなれるんだ。
そう思うと、少し感心した。
「でも、あなた堂々としてたわね」
エリーゼが、感心したように言った。
「笑われても、全然気にしてないみたいだった」
「……そんなことないよ。悔しかったさ」
「そう? でも、顔には出てなかったわ」
エリーゼが、にっこり笑った。
「かっこよかった」
——かっこよかった?
その言葉に、少しドキッとした。
前世では、女として三十年生きてきた。
「かっこいい」なんて言われたことがない。
でも、今は男だ。
男として、「かっこいい」と言われた。
それは——
嬉しいのか、複雑なのか、よくわからなかった。
「没落貴族同士、仲良くしましょ」
エリーゼが、手を差し出した。
「……ああ」
私は、その手を握った。
小さくて、柔らかい手。
——女の子の手だ。
当たり前だけど。
前世の私だったら、「女同士だから何も感じない」はずだった。
でも、今は——
なんだか、照れくさい。
男の体で、女の子の手を握っている。
それだけのことなのに、なんだかドキドキする。
——これも、男の体のせいなんだろうか。
「これからよろしくね、ユーリ」
「……ああ、よろしく。エリーゼ」
その日から——
私とエリーゼは、友達になった。
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