リーナ
八歳になった春のことだった。
「ユーリ、今日から新しいメイドが来るわ」
母親が、嬉しそうに言った。
メイド?
この没落した屋敷に、新しい使用人?
「孤児院から引き取ったの。まだ十歳の女の子よ」
十歳——私より二歳上。
「名前はリーナ。あなたの世話係にするわ」
私の、世話係?
正直、必要ない。
前世では三十歳だった。中身は大人なんだから、自分のことは自分でできる。
でも——
「よろしくお願いします、ユーリ様!」
元気な声とともに、少女が部屋に入ってきた。
茶色の髪を二つに結んだ、小柄な女の子。
日に焼けた肌。
くりくりした大きな目。
人懐っこい笑顔。
「リーナです! 孤児院から来ました!」
キラキラした目で、私を見つめている。
「……よろしく」
私は、少し戸惑いながら答えた。
こんなに元気な子が、この静かな屋敷にやってくるなんて。
「ユーリ様は八歳なんですよね? リーナは十歳です! お姉さんですね!」
——いや、私の方が前世では三十歳だった。中身は大人だけど。
「でも、ユーリ様の方がすごいんですよね! 剣術ができて、勉強もできて!」
どこでそんな情報を……。
「リーナ、頑張ってお世話しますから!」
屈託のない笑顔。
こんなに純粋な子が、孤児院から来たのか。
どんな人生を送ってきたんだろう。
でも、暗い影は見えない。
むしろ、太陽のように明るい。
「……よろしくな、リーナ」
「はい!」
その日から、リーナは私の専属メイドになった。
◇ ◇ ◇
リーナが来てから、屋敷が明るくなった。
以前は、老人ばかりで静かだったこの屋敷。
今は、リーナの声が響き渡っている。
「ユーリ様! 今日のお稽古、見学してもいいですか?」
「ユーリ様! お勉強大変そうですね! リーナも一緒に覚えます!」
「ユーリ様! お庭に綺麗な花が咲いてますよ! 見に行きましょう!」
うるさい。
正直、うるさい。
でも——
嫌じゃなかった。
リーナは、純粋だった。
下心がない。
打算がない。
ただ、「ユーリ様」が好きなだけ。
主人だから仕えているのではなく、本当に慕ってくれている。
そういうのは、伝わってくるものだ。
「ユーリ様、今日のお夕飯は何がいいですか?」
「なんでもいい」
「じゃあ、シチューにしましょう! リーナ、練習中なんです!」
リーナは、料理も覚え始めていた。
老メイドに教わりながら、一生懸命に作っている。
「まだ下手ですけど、いつかユーリ様に美味しいご飯を作れるようになりたいんです!」
——こういう子を見ていると、人間って悪くないなと思う。
前世では、人間不信気味だった。
通り魔に刺されて死んだせいもあるけど、それ以前から——
人付き合いは苦手だったし、信用できる相手も少なかった。
でも、リーナは違う。
裏表がない。
何を考えているか、すぐにわかる。
そういう子と一緒にいると、心が休まる。
「ユーリ様、笑いましたね!」
「……笑ってない」
「笑ってました! 今、口角が上がってました!」
「……気のせいだ」
「リーナ、見逃しませんよ!」
——まいった。
この子、鋭い。
八歳の子供が笑っても、別に珍しくないはずなのに。
私はそんなに笑わないのか?
「ユーリ様は、いつも難しい顔してますからね」
リーナが、真面目な顔で言った。
「だから、リーナがいっぱい笑わせます!」
「……好きにしろ」
「はい!」
満面の笑み。
この子といると、肩の力が抜ける。
「没落貴族の跡取り」とか「家を立て直す使命」とか——
そういう重荷を、一瞬だけ忘れられる。
リーナは、私にとって——
妹みたいな存在になっていった。
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