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剣を握る

 五歳になった。


 私は、剣術の稽古を始めていた。


「構えはこうだ。腰を落として、剣を正眼に」


 父親が、木剣を構えて見本を見せる。


 ブラント家は、武門の家系らしい。

 先祖には、魔王軍と戦った英雄もいたという。


 だから、跡取りである私も——剣を学ばなければならない。


「ユーリ、やってみろ」


 父親が、私に木剣を渡した。


 ずしり、と重い。


 子供用とはいえ、五歳の体には負担だ。


 ——でも。


 私は、剣を構えた。


 不思議と、嫌じゃなかった。


 前世では、運動なんてほとんどしなかった。

 デスクワークばかりで、体を動かすのは苦手だった。


 でも、今は——


 体が軽い。

 言うことを聞く。

 動かしたいように動く。


 これが、若い体か。


 いや、「男の体」か。


 筋肉のつき方が、女とは全然違う。

 力の入れ方も、バランスも、何もかも違う。


「ほう……筋がいいな」


 父親が、感心したように呟いた。


「さすが、ブラント家の血を引いているだけはある」


 ——血は関係ないと思う。


 私が上手く動けているのは、前世の記憶があるからだ。

 体の動かし方を「知っている」からだ。


 五歳児の運動神経ではなく、三十歳の知識で体を動かしている。


 それだけのこと。


「もっと練習すれば、きっと強くなれる」


 父親が、私の頭を撫でた。


 大きな手。

 ゴツゴツした、武人の手。


「お前がこの家を、立て直してくれ」


 ——また、その言葉。


 没落貴族の跡取り。

 家を再興する使命。


 重い。


 でも——


 強くなりたい。


 それは、私自身が望んだことだ。


 前世で、弱かったから。

 抵抗もできずに、殺されたから。


 もう二度と、あんな思いはしたくない。


「……はい、父上」


 私は、小さく頷いた。


 剣を握る手に、力がこもる。


 強くなろう。

 今度こそ、強くなろう。


 男の体は、まだ馴染まない。

 心と体のズレは、いつまでも消えない。


 でも——


 この体で、生きていくしかないなら。

 せめて、強くなりたい。


 誰にも負けないくらい、強く。


 それが、私の——新しい人生の目標になった。


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