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ついてる

 暗い。


 狭い。


 温かい。


 ——どこだ、ここ。


 体が動かない。

 いや、動かせない。


 手も足も、自分の意思で動かせない。


 何も見えない。

 でも、音は聞こえる。


 くぐもった声。

 女性の声だ。


 何を言っているのかわからない。

 日本語じゃない——?


 そして、気づいた。


 ここは——


 お腹の中だ。


 私は今、誰かのお腹の中にいる。


 0歳から、って言ってたもんな……。


 本当に赤ちゃんからなんだ。


 それから、どれくらい経っただろう。


 突然、体が押し出される感覚があった。


 狭い場所を通り抜ける。

 苦しい。


 そして——


 まぶしい光。


「おぎゃあああああっ!」


 自分の声。

 赤ちゃんの泣き声。


 ——生まれた。


 私は、生まれたんだ。


 誰かに抱き上げられる。

 温かい手。


 涙でぼやけた視界に、女性の顔が見えた。


 疲れ切った顔。

 でも、とても優しい目をしている。


 彼女は何かを言った。


 ——わからない。


 何を言っているのか、まったくわからない。


 日本語じゃない。

 英語でもない。

 どこの言語かもわからない。


 お腹の中で聞いていた言葉と、同じ言語だ。

 でも、意味がわからない。


 ——これが、異世界の言葉か。


 表情やイントネーションから、優しい言葉をかけてくれていることはわかる。

 愛情は伝わる。

 でも、内容は理解できない。


 この人が、私の——新しい母親なんだろう。


 その時、別の声が聞こえた。


 男性の声。

 興奮した様子で、何かを叫んでいる。


 この言葉も、わからない。


 何を言っているんだろう。

 「生まれた」とか「元気だ」とか、そういうことかな。


 周りの人たちが、ざわざわしている。

 笑顔の人が多い。

 どうやら、喜んでいるらしい。


 ——それはよかった。


 歓迎されて生まれるのは、悪くない。


 前世では、一人で死んだ。

 誰にも看取られず、病院のベッドで。


 でも、今度は——


 みんなが、私の誕生を喜んでくれている。


 それだけで、少し救われた気がした。


◇ ◇ ◇


 生まれてから、数時間が経った。


 私はまだ、周りの言葉がわからなかった。


 赤ちゃんの聴力は問題ない。

 声ははっきり聞こえる。

 でも、意味がわからない。


 まあ、当たり前だ。

 異世界なんだから。

 日本語が通じるわけがない。


 これから、ゼロから言葉を覚えなければならない。


 ——大変だな、これ。


 私の新しい体を、誰かが拭いている。


 タオルが、お腹のあたりに触れた。


 そして——


 下半身に、何かが触れた。


 ……ん?


 何か、ついてる?


 え、ちょっと待って。


 もしかして——


 いや、そんなまさか——


 産婆らしき女性が、私を持ち上げた。


 視界の端に、自分の体が見える。


 小さな赤ちゃんの体。


 そして、その股の間には——


 ……ついてる。


 ついてる。


 男の子の、アレが、ついてる。


「——————っ!!!」


 声にならない悲鳴を上げた。


 いや待って待って待って!


 強くなりたいって言ったけど!


 男になりたいなんて一言も言ってない!


 ちょっとツクヨさん!?


 何してくれてるの!?


「おぎゃああああああっ!」


 私は、力の限り泣いた。


 抗議の意味を込めて。


 でも、周りの大人たちは——


 何かを叫んでいる。


 言葉はわからない。


 でも、雰囲気からして——喜んでいる。


 男の子が生まれた! みたいな感じだ。


 後から学んだ言葉で翻訳すると、たぶんこうだった。


「元気な男の子だ!」


「ブラント家に跡取りが!」


「これで家の再興も夢ではありませんな!」


 全員、喜んでいた。


 私の抗議は、誰にも届かなかった。


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