声が変わる
十三歳になった。
ある朝のことだった。
「おはようございま——えっ?」
リーナが、私の顔を見て固まった。
「どうした?」
私は、いつも通り挨拶した。
——つもりだった。
「ユーリ様の声……」
リーナが、目を丸くする。
「なんか、ガラガラしてませんか?」
……え?
私は、自分の声に耳を傾けた。
「そんなことは——ゴホッ」
咳が出た。
そして、声が——
「——ない、と思う」
裏返った。
「きゃー! ユーリ様の声! 変ですー!」
リーナが、大笑いしている。
——恥ずかしい。
声変わりだ。
男の子なら、誰でも通る道。
でも、私は——
前世では、女だった。
声変わりなんて、経験したことがない。
だから、この違和感は——
「ユーリ様、大丈夫ですか?」
リーナが、心配そうに覗き込む。
「風邪ですか?」
「……いや、違う」
私は、小さく首を振った。
「これは——声変わりだ」
「声変わり?」
「男の子が大人になると、声が低くなるんだ」
リーナが、目をキラキラさせた。
「じゃあ、ユーリ様は大人になってるってことですね!」
——大人に、なっている。
男として。
その事実が、少しだけ——
怖かった。
◇ ◇ ◇
声変わりは、数ヶ月続いた。
その間、声は不安定だった。
高くなったり、低くなったり、裏返ったり。
家庭教師の授業中に発言を求められると、最悪だった。
「ユーリ、この問題の答えは?」
「——えっと、これは」
声が、裏返る。
クスクスという笑い声が聞こえる。
恥ずかしくて、死にたくなる。
喋るのが嫌になるくらい、恥ずかしかった。
前世では、女として三十年生きた。
声変わりなんて、経験したことがない。
女性の声は、一生そのままだ。
だから、突然声が変わるという感覚が——全く理解できなかった。
喋るたびに、自分の声が自分じゃないみたいで。
誰かに体を乗っ取られたみたいで。
気持ち悪かった。
しかも、タイミングが読めない。
普通に話そうとすると、いきなり裏返る。
低い声を出そうとすると、ひっくり返る。
無言でいようとすると、咳が出て変な声が出る。
コントロール不能。
これ、バグじゃないの?
神様——ツクヨさん、仕様ですか?
だとしたら、設計ミスでは?
でも——
数ヶ月経つと、声は落ち着いてきた。
低くなった。
以前の、少年の高い声ではなく——
青年の、落ち着いた低い声。
「ユーリ様、声、すっかり変わりましたね」
リーナが、不思議そうに言った。
「なんか、大人っぽくなった。かっこいいですよ」
——かっこいい。
その言葉に、少し複雑な気持ちになった。
嬉しいような、悲しいような。
だって、私の中身は女なのに。
「かっこいい」じゃなくて「可愛い」って言われたかった——
なんて、今更だけど。
——大人っぽく、なった。
男として。
その事実が、少しだけ——
怖かった。
でも——
悪くない声だな、とも思った。
低くて、落ち着いていて。
前世で好きだった俳優の声に、ちょっと似てるかも。
……自分で言うのもなんだけど。
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