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お前は、十分強いよ

 ただ、お互いの家が少し離れていることもあり、頻繁に会えるわけではなかった。

 それでも、手紙のやり取りや、たまに行われる貴族の集まりで顔を合わせる時間は、私にとって貴重な息抜きとなった。


 同じ没落貴族。

 同じ苦しみを知る者同士。

 馬鹿にされる辛さを知る者同士。

 だからこそ、分かり合える。


 エリーゼは、可愛い子だった。


 気さくで、明るくて、でも芯が強い。

 没落貴族の令嬢として、プライドを失わずに生きている。

 その姿勢は、尊敬に値した。


 一緒にいると、楽しかった。

 同じ境遇だから、気を遣わなくていい。

 弱音を吐いても、馬鹿にされない。


 ——友達として。


 あくまで、友達として。


 それ以上のことは——


 まだ、考えなくていい。


 私は十二歳。


 恋愛なんて、まだ先の話だ。


 ……そう思っていた。


◇ ◇ ◇


 ある日のこと。


 たまたま王都で行われた貴族の集まりで、エリーゼと再会した。


 お互い、嬉しそうに手を振り合う。


 でも——


 その直後、事件は起きた。


「あら、リンデンブルク家のお嬢様じゃない」


 一人の令嬢が、エリーゼに近づいてきた。


 派手なドレス。高そうな宝石。見下すような目。


 典型的な「嫌な貴族」だ。


「最近、お宅の領地、大変らしいわね。借金が膨らんでるって聞いたわ」


 エリーゼの顔が、強張った。


「お返しできなかったら、屋敷も召し上げられちゃうかもね。可哀想に」


 周りの令嬢たちが、クスクスと笑う。


 エリーゼは——


 黙っていた。


 反論もせず、俯いて、耐えていた。


 ——許せない。


 私は、エリーゼの前に出た。


「何か、ご用ですか?」


 令嬢が、私を見下ろした。


「あら、ブラント家の。また来てたの。そのボロい服で」


「服のことは言わないでいただけますか。本題があるなら聞きますが」


「生意気ね」


 令嬢の目が、冷たく光った。


「没落貴族同士、傷を舐め合ってるの? お似合いよ」


 ——落ち着け。


 怒りで頭に血が上りそうになる。


 でも、ここで怒鳴ったら、相手の思う壺だ。


 私は、深呼吸した。


 そして——


「お言葉ですが」


 私は、静かに言った。


「没落貴族の定義は、領地経営の失敗だけではありません」


「……何が言いたいの?」


「人を見下すことしかできない貴族は、心が没落しているのではないでしょうか」


 令嬢の顔が、真っ赤になった。


「な、なんですって……!」


「失礼します。友人と話があるので」


 私は、エリーゼの手を取った。


 そして、その場を離れた。


◇ ◇ ◇


 会場の隅で、二人で息を整えた。


「……ありがとう、ユーリ」


 エリーゼが、小さく言った。


「助けてくれて」


「別に。あいつらが嫌いなだけだ」


「でも……あんなこと言ったら、あなたも嫌われるわよ」


「構わない」


 私は、肩をすくめた。


「元々、没落貴族なんだから。今更、嫌われたって何も変わらない」


 エリーゼが、微笑んだ。


 でも——


 その目は、潤んでいた。


「ユーリって……本当に強いのね」


「強くなんかない」


「強いわよ。ああいう場面で、堂々としていられるなんて」


 エリーゼが、私の手を握った。


「私も、あなたみたいに強くなりたい」


 ——その言葉が、胸に刺さった。


 前世で、私も同じことを思った。


 強くなりたい。


 誰にも負けないくらい、強く。


「……お前は、十分強いよ」


「えっ?」


「さっきだって、泣かずに耐えてただろ。それだけで、十分すごい」


 エリーゼが、目を見開いた。


「私なら、あんな風に言われたら泣いてる」


 嘘だけど。


 前世では女だったから、泣いてたかもしれない。 


 でも今は男だから、泣くわけにはいかない。


「……ありがとう」


 エリーゼが、笑った。


 本当の、心からの笑顔。


「あなたがいてくれて、よかった」


 ——その言葉に、私の心が温かくなった。


 友達って、いいな。


 同じ境遇で、分かり合える人がいるって——


 こんなに心強いんだ。


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