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通り魔

 痛い。


 お腹が、燃えるように熱い。


 視界がぼやける。人々の悲鳴が遠くに聞こえる。


 ——何が起きた?


 仕事帰りだった。

 いつもの道を、いつものように歩いていた。


 突然、悲鳴が聞こえた。


 振り向くと——


 包丁を持った男が、女の子に向かって走っていた。


 六歳くらいの、小さな女の子。


 母親らしき女性が、必死に娘を庇おうとしている。


 ——ダメだ。


 体が、勝手に動いた。


 考えるより先に、私は走っていた。


 女の子と男の間に、割って入る。


 その瞬間——


 腹部に、鋭い痛みが走った。


 刺された。


 私が、刺された。


 倒れ込む私の横を、男が走り去っていく。


 視界の端に、女の子の無事な姿が見えた。


 ——よかった。


 間に合った。


 私は、誰かを守れた。


 そう思った瞬間——


 意識が、薄れていった。


◇ ◇ ◇


 気がつくと、病院のベッドにいた。


 生きてる。


 お腹には包帯が巻かれている。

 痛みはあるけど、意識ははっきりしている。


 ——助かったんだ。


 あの女の子は、無事だったんだろうか。


 病室のテレビがついている。

 ニュース番組が流れていた。


『本日午後七時頃、都内で発生した無差別殺傷事件について——』


 私が巻き込まれた事件だ。


『犯人は六歳女児を狙って刃物を振り上げましたが、その場に居合わせた女性が身を挺して女児を守り——』


 ——私のことだ。


『女性は腹部を刺されましたが、女児は無事でした。犯人はその後、他の女性二名にも切りつけ——』


 よかった。


 女の子は、無事だったんだ。


 私が守れたんだ。


『犯人の男は現行犯逮捕されました。調べに対し、容疑者は——』


 画面に、犯人の顔が映る。

 三十代くらいの、無精髭を生やした男。

 無表情で、どこか虚ろな目をしている。


『「誰でもよかった。死刑になりたかった」と供述しています』


 ——誰でもよかった。


 その言葉に、私は凍りついた。


『なお、被害者は女性三名と、六歳の女児一名。うち二名が重傷、二名が軽傷とのことです』


 全員、女性と子ども。


 誰でもよかった?


 嘘だ。


 全員、女性と子どもじゃないか。


 誰でもよかったなんて嘘だ。

 弱い者しか狙ってない。


 ——卑怯者。


 怒りで、頭に血が上った。


 「誰でもよかった」と言う犯罪者は多い。

 でも、いつも被害者は女性や子どもばかりだ。


 本当に誰でもよかったなら、屈強な男を狙えばいい。

 警察官でも、格闘家でも、暴力団員でも。


 でも、そうしない。


 自分より弱い相手を選んでいる。

 抵抗できない相手を狙っている。


 それなのに「誰でもよかった」なんて——


「ふざけるな……」


 声が震えた。


「弱い者しか狙えない癖に、偉そうに……!」


 心臓がバクバクする。

 息が荒くなる。


 怒りで、視界が赤く染まる。


「自分より強い男を刺してみろよ……!」


 その瞬間——


 胸が、締め付けられた。


「っ——!?」


 息ができない。

 心臓が、おかしい。


 ナースコールを押そうとして——


 意識が、途切れた。


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