61話:落花
―――少しだけ遡って―――
頭が痛い……。
体も痛いし、何だこの鼻につく匂いは。
フロガはどこに行った?
たしか、あの悪童ナイフを取り返して……フロガが私を気絶させたんだ。
一体何の目的で?
「おい、亜人!目を覚ましたなら僕を助けろ!」
あれからどれだけの時間が経ったかは知らんが、この悪童は長い間無様に這いつくばっていたのだろうな。
「それよりも、現状を教えていただけますか?」
「現状だと!?見ればわかるだろ!僕の足が折れているんだ!君は僕のことを避難させる義務があるんだよ!」
自分の事ばかり、やかましい割に役に立たない童だな。
しかし、見ればわかるか……。確かに、街を見れば避難しなければいけない状況だということはわかったな。
「……ユリウス様と言いましたね、現状ここにいれば安全だと思います。
私は街に向かいますので、非難なさるのであればオーデウスという使い魔をお使いくださいませ。」
「なっ、僕の命令を無視するというのか!?」
「緊急事態ですので、貴族一人の命令よりも多くの人命を優先させていただきます。」
これは勇者学園でも、騎士団でも命じられている事項だ。
私は悪くない、急いで街に戻るとしよう。
焼却場から街まではこの姿で徒歩一時間はかかるか。それじゃあ遅すぎる。
獣化……いや、原始化して最速で駆けつけ、即座に原因を処理することが理想か。
原始化すると巨体すぎて目立ってしまうが、今はそんなことを言ってられない。
嫌な予感がする……。
街に着いたはいいものの、人の姿は見当たらない。
恐らく近くにいた騎士団員や学園の生徒が避難させたのだろう。
つまり、現状この街にいるのは逃げ遅れた民か、この爆撃を行っている敵であるということ。
きっとフロガは戦っているだろう。だから私は民の避難を優先させる。
この悪臭の中では逃げ遅れた人を見つけるのは困難だ、目視で見つけられるよう動いて探し回るか。
それにしてもこの赤い煙は異質だな。臭いもこの煙からしているような気がするが、帰ったらしっかり洗い流せるかどうか心配だ。
「……!」
誰かの声だ。
どこからだ?いや、声だけじゃない。衝撃音も聞こえるし、この奥からは更に強い刺激臭が漂ってくる。
間違いない、この奥で誰かがこの爆発を引き起こした者と戦っている。
本来ならばいち早く私は避難民の避難を手伝うべきだが……どうしてだろうか。
今ここで向かわないと、私は後悔するような気がする。
根拠もないのに突き動かされていいはずがないが、どうか上手くいってくれ。
「さぁ、爆ぜろ!」
この声は……フロガ?
いや、雰囲気が全然違う。
アルタロムもいる、どうすればいいかなんて迷うな。兎に角やるべきはアルタロムの命を守ることだ。
「ウォォォォン!」
フロガなら 神通力の対処方法を知っているはずだ。
煙はアルタロムに決して近づけてはいけない!
「良かった。無事だったんだな、フェル。」
ギリギリではあったが、アルタロムのことは守れた。
……守れたのか?頭からすごい流血しているようだが、戦闘が終わった後に診てやろう。
「ありがとう フェル。でも、お前はすぐに避難しろ。」
アルタロムがこう言う理由は私が原始化してここに来ているからだな、相手はそれだけ強敵なのか。
フロガ?の様子は……、金縛りが聞いているように見える。
つまり、こいつはフロガでは無い。フロガの肉体を乗っ取っているなにかだ。
「グルルルルル……」
「逃げてくれ。頼むよ、フェル。」
無茶なことを言わないで欲しい。
こんな気持ちは初めてだ。
血管がはち切れそうな程に血流が早くなっているのが自覚できる。
悲しくもないのに涙が出てくる。こんな気持ちを抱えたまま逃げられるものか。
「ウォン!」
「フェル待て!突っ込むな!」
「畜生が……爆ぜて死ぬがよい!」
赤い煙が爆発しているが、これがやつの能力か。
この程度の力が私に聞くと思っているのか?
「ウォォン!」
全力の 餓鬼祓い だ、内蔵が幾つか破裂していてもおかしくないはず。
「……ははっ!畜生が一匹増えただけなのになぁ、ますます興が乗ってきたのぉ!」
ピンピンしている、再生能力持ちだということか。
「……仕方ないなぁ、さっさと方を付けるぞ!」
私は最初からそのつもりだ!
悪臭で気が付かなかったが、この赤い煙は奴の血か。その上相手は再生能力持ちだ。
ならば私に出来ることはこれ以上奴を流血させず拘束すること。
「ウォォォォン!」
まだ奴には 金縛り が効くはずだ。
金縛り さえ通ればアルタロムが拘束してくれる。
影の触手
「雑じゃのぉ!それは先刻見た攻撃じゃ!」
アルタロムの影の網を抜けた。金縛りが大して効いていない?
即座に対応できるようなものではないはずなのに……?
「フェル!そっち行ったぞ!」
釜茹で
「その攻撃は当たらんのぉ!」
大袈裟に 黒炎 を避けた。
警戒している様子を見るに、此奴フロガの記憶を読んでいるな。
「一瞬でも止まれば俺が追いつけるんだよ!」
影の王者
攻撃が当たる直前で獅子の姿をしたアルタロムの影がフロガに噛み付いて守ってくれる。
しかし、この攻撃も、 あの避け方も、全部フロガの体の使い方だ。癖まで完璧に再現されている。
いや、しようとせずとも再現されてしまうのか。
ならばフロガと同じ弱点を持つということだ。なんと言っていたか……。
―――――
「なぁ、さっきからお前の攻撃が見えねぇんだけど、どうなってんだ?」
「貴方は行動しようとする際、一瞬だけ頭を守ろうとする動作を挟みます。そのせいで死角になってしまっているのでしょう。」
「それじゃあどうしたらいいんだよ?」
「……意識して癖を治していくしかないのでは無いですか?」
―――――
そうだ、あれ以降フロガは頭を守ろうとする癖は減っていたような気がする。
此奴はどうだ?
もしも、その癖に気付いていなければ、まだ正気はあるかもしれない。
「ウォン!」
「じゃからのぉ!それは聞かぬと言っておろうが!」
攻撃が来る。できるだけ引きつけろ……!
完璧に攻撃の動作に移行する瞬間に隙が生まれるはず……今だ!
「ウォォォォン!」
私の全魔力を使って 金縛りを発動させる!
「なっ、動けぬ。」
よし決まった。私の原始化は解けてしまったけど、あとはアルタロムが決めてくれるはずだ。
「よくやったよフェル!!」
影の触手
影の本数を明確に多く使っている。
影を硬化させる 影の大蜘蛛 を使わないのは、既に一度は破られているのだろうな。
魔力の使いすぎで起き上がるのも気だるいな。
「フェル!大丈夫そうか!?」
「はい、大丈夫です。」
捕縛の次はフロガをどうやって助けるかだな。
恐らく乗っ取りは魔法ではないから 反魔法 を使っても意味は無い。
できるとしたら私の 神通力で直接魔力に干渉して引き剥がすことくらいか。
「のぉ、この程度の拘束で良いのか?」
「……黙れ、お望みなら影を増やしてやるよ。」
何か話している、この距離だと声が聞き取れない。
くそ、早く魔力を回復してフロガからあの古臭い奴を引き剥がしてやらないと。
「なぁに、もう遅いからの。あの小娘は邪魔じゃったなぁ?」
「……っ!フェル逃げろ!!」
何叫んでいるんだ……?
ドォォォォォォォン!
なんだ!?影の中から今まで聞いたこともないような爆音が……あれ、なんだ胸に何か違和感が……
「ゴフッ……!」
「フェル!!」
これは、フロガのナイフ?
彼奴、自爆したのか。
影の中から私を殺すせるよう、爆風で腕ごとナイフを私の心臓に突き刺すために。
「フェル!すぐに治してやるから!しっかりしろ!」
治癒
あぁ、これはダメだ。治癒しながらナイフを抜いているのに傷が塞がらない。
即死はしなかったのが幸いか……。
死にたくないなぁ、まだフロガを助けられてない。
アルタロムなら、きっと何とかしてくれるかな。
そうだ、最後にアルタロムに言い残すことはないか。
そういえば、此奴のせいで私はこの世界に連れてこられたんだっけ。
この世界に来たこと。
この世界でずっと気にかけていたこと。
イフやフロガと、皆と出会えたこと。
全部閻魔のままじゃ知ることも出来なかった気持ちを知ることになった。
色々言いたいことはあるが、そんなことを言っている時間はないな。
「アルタロム……いや、佐藤。」
「喋るな!すぐに治すから……頼むよ!」
「ありがとう。」
私は……あの世に戻り、また閻魔として過ごすだけだ。




