51話:お汁粉と危機
アルタロムが迷子の親探しに出て行ってしまってからしばらく経った。
「あちぃな、フェルは平気か?」
「私は炎を操るから、熱さには耐性があるよ。」
扉を開けただけでは気づかなかったが、喫茶店の中は熱気が籠っていた。
今は夏、こうも暑いと客が来ないのも当然だ。
「席に案内しますね。」
ウェイトレスも汗をかいて息を切らしている。こんな状況だと熱中症になりそう。
「あの、このお店はどうしてこんなに暑いんですか?」
「このお店は店長のこだわりで餡子を使った甘味を出してるの。
ほら、餡子は小豆を煮なきゃならないでしょう?」
なるほど、だからこんなにも暑いのか。
魔道具で冷気は出しているようだが、それでも暑さが勝る。
メニューを見ると……お汁粉!
だめだ、お汁粉に目を取られていた。
お汁粉は美味しいけど、この時期は暑いから熱々のお汁粉は人気がないだろう。
「どうして餡子にこだわっているのか聞いても?」
「え、えぇ、なんでも前に食べてすごく美味しくて、それ以来虜になっているらしいわ。
こんな時期にまで出すなんて、本当物好きよね。」
「誰が物好きだって?」
「きゃぁ!?」
後ろから表れるとあんなに気づかないものなのか。アルタロムには今度から正面から話しかけよう。
この男はエプロンが違うな、それに甘い匂いがする。小豆を煮ていたな。
つまりこの人が店長か。
「いらっしゃいませお客様。
ワタクシ店長のテンチョウと申します。」
「へぇ、名前まで店長なのか!」
「フロガ、失礼。」
とはいえ私も気になった。
このウェイトレスさんが愚痴を言っていたことと、この反応を見るとこの男は普段は厨房から出てくることが少ないのかな。
どうして急に出てきたの?
「いやぁ、餡子についてすごい興味があるお客様がいると聞いて見に来てしまいました!」
この男はただ餡子が好きなだけみたいだな。
「はい。私も甘いものには目がないのです。
良ければお話聞かせていただけますか?」
「もちろんですとも!」
良かった、守秘義務とか言ったりしなくて。
匂いだけでわかるから。ここの餡子は凄く上等な物なのだ!
「フェル?お前なんか裏がねぇか?」
「ない!」
このお店の贔屓になって餡子をいっぱい売ってもらうんだ。
そのためには、このお店の売上を上げてやる必要があるな。
「改めてお聞きしますが、どうしてこんなに餡子にこだわるのでしょうか?」
「えぇ、あれはいつのことだったかな。私が魔大陸にいた頃になります。」
「魔大陸ですか?」
「はい。」
この男、よく魔大陸で生き延びることが出来たな。
魔人が住んでいる魔大陸で人間なんて、文字通り食い物にされるだろうに。
「そこで、とあるお方に助けていただいたのです。」
「とあるお方?」
「名は名乗ることはありませんでしたが、珍しい黒髪で、黒いコートを羽織っていた長身の男性でした。」
見たことがある気がする……。
知っている人にとても容姿が似ているが、まさかそんなことは無いよな。
「従者に獣人の方が多かったですね。」
確実に先王様だ。
あの人は人間や獣人を守るようなことをしていた。こんな偶然でも起こり得るのだろうな。
「そこで、私は料理人としてしばらく雇われることになったのです。」
「そこでも餡子を?」
「いえいえ、あの時は中央大陸で小豆なんて貴重でしたから。」
そうだったのか。しかし、私はよく屋敷でも餡子を食べていた。
中央大陸に来てからも度々見かけていたのだが、そんな数年で急に流通するものなのか?
「実はその時に食べさせてもらった餡子がとても美味しくて、小豆を少しだけ分けていただいたのですよ!」
「あの、まさかとは思いますが盗ったりしてませんよね?」
「まさか!ちゃんと許可していただきましたとも!」
よかった。盗ってたりしたら過去のこととはいえ立場上見逃す訳にはいかなかった。
先王様が人間に干渉するようになったのはエル様と結婚してからだ。
そして私が屋敷に雇われたのは三つの頃かな。
つまり、この男が屋敷に雇われていた時から最低でも十三年以上経っている。
それだけあれば栽培と流通をさせるには十分な時間だろう。
「でも、この時期にお汁粉や善哉を出しても売れ行きは良くないんですよ。
暑いのはわかるのですがね、みんな甘いものを食べれば笑顔になれるでしょうに……。」
この男は本当に悩んでいるな。
普通に考えて暑い時に熱い物なんて食わん。暑ければ笑顔になれるものもなれないだろう。
何も分かっていないだろうこの異常者は。
「……あの、お汁粉を一ついただけますか?」
「え、お汁粉ですか!?もちろんですとも!少々お待ちください!!」
あの男、とてつもなく嬉しそうだったな。
それだけお汁粉を頼む客が来ないのだろう。この時期なら当然だが。
「フェル いいのかよ?」
「なにが?」
「いや、あんなの頼んだら暑いだろ。」
暑いだろうな。だけど、私には確かめねばならないことがあるのだ。
「お待たせしました!お汁粉でございます!」
出て来たお汁粉は湯気が立ち、一緒に入っている白玉とともにツヤツヤとした光沢がある。
「見てるだけで暑くなってくるな……。」
「そうだね。」
見た目からして食欲が唆られる
やはり質がいい。味の方は如何な物か、お手並み拝見と言ったところか。
「美味しいですね。」
「そうですか!良かったぁ。」
味も質も良い。あとは売上だけ。
今のように閑古鳥が鳴いているような状況ならすぐ店を畳むことになりそう。
「仕方ないですね、店長さん。厨房を少しの間貸していただけませんか?」
「はい?」
質の良い餡子を確保するためにこのお店は続けさせる。
私は私のできることをするのだ。




