4話:獣族の少女
寒い、一体どうなってしまったんだろう。
確か佐藤とかいう童が来たのだ。それから、何が起こっただろうか。
「■■■■?」
目を腫らした男が覗き込んできている。
何者だこの者は……なぜ私は抱えられているのだろうか。
視界は全体的に暗い。
何があるのかはぼんやりとしか見えないが、状況はわかった。
女がぐったりとして倒れている。目や口が渇いて瞳孔が開いている。
私は転生したのだ。そして、私が生まれたことで、この女は……
私の母は死んだのだ。
新皇歴169年の秋。雪の降る日に、獣人の村でフェルは生まれた。
(暖房はないのだろうか。)
生まれてから時間が経った。
どうやら私の生まれた家は貧しいようだ。その日の食事を得ることも難しく、父は昼の間は私を毛布一枚に包んで出稼ぎに出ている。
もうすぐ冬になる。そんな中で放置されれば赤ん坊の体なんて簡単に死んでしまうだろう。
しかし外に出せる程歳もとっていないし、金を稼がなければ飯が食えない。何とか耐えるしかない。
「ただいま……。
腹減っただろう、飯を貰ってきたからちゃんと食べるんだぞ?」
父は帰ってくると家畜の乳を持ち帰って私に与えてくれるのだ。そして自分はあまり食事を摂らない。きっと稼いだ金の大半を私に費やしてくれているのだろう。
愛しい人を失わせた紛い物の娘に対して。
私に飯を与えた後、男はすぐに眠りにつく。
獣人の村の夜は静かだ。
だが、寝付けない。赤ん坊の体でもこんなことはあるのか。
この男はこのままなら数年以内に死んでしまうだろう、私はそれで良いのだろうか。
雪が降った。冬の間、父は備蓄していた食料で食い繋いでいた。
毎日必死に隣人の家に行って家畜の乳を分けて貰えないか頭を下げていた。
私はここにいていいのだろうか。
雪が溶け、春になった。
春になると冬には無くなってしまっていた仕事ができるようになる。
私も歳はとった。父は私を背負って仕事に出るようになっていた。
「ゲイルさんのところのフェルちゃんは静かな子でいいですね。」
「やはりそうなんですかね。」
仕事の休憩中、父と近所のお母さんが雑談をしていて私の話題になった。
「家は男ばっかりだからいつもうるさいんですよ。それなのにフェルちゃんは夜泣きもなくて……女の子ですし、すごい力を持っているのかもしれませんね。」
私の話題になるとこういう話をされる。
選ばれた子とはなんなのか、自信ではピンと来ない。
父も苦笑いで受け流している所を見るとあまり触れてほしくない話題なのだろう。
しかし、その日は帰った後、私に対して父がその話を掘り返した。
「お前は、なにかすごい力を持っているのか?」
そう呟くように言った後ゲイルは首を大きく横に振って、いつも通り私に家畜の乳を与えた。
「そんなわけないよな……。仮に持っていたとしてもお前は私の可愛い娘だ、絶対に守ってみせる。」
不穏なことを言っている。力を持っていると一体どうなってしまうのだろうか。そんなもの一つしかない。
王族の奴隷だろうな。
生まれてから2年が経った。足腰もしっかりして自力で歩くことができるようになってから私は父の仕事を手伝うようにしている。
「お父さん、次は何をしたらいい?」
「そうだな、ならこの干し草を運んでくれるか?」
小さく束ねられた干し草を指さして私に言った。
父は私がお願いするといつも簡単な仕事を私にもできるようにしてくれた。
「フェルちゃんはいつも偉いね!こっちに来てこの藁を編むのを手伝ってくれない?」
村の人も私のことを聞いて協力してくれている。
私はこの村にいる時間は好きだ。皆が優しくて、幸せに過ごせている。
「おーいフェル!今日はもう帰ろう!」
日が暮れ始めた頃、父が呼びに来た。
藁を編み終えると、私は父に抱っこされて帰路に着いた。
「お前は本当いい子だなぁ。」
父は仕事を終えるといつも褒めてくれる。家に着くと美味しいご飯を作ってくれる。
「ほら、気をつけて食べるんだぞ?」
食事はいつも野菜を柔らかくまで煮た物を出してくれる。この体には食べやすくて、とても温かい。
食事を終えると眠る前に御伽噺を聞かせてくれる。
そして話終えると頭を撫でてくれる。これがたまらなく嬉しい。
いつも通り眠るまで撫でてくれた。
温かく包んでくれた。
これで明日はもっと仕事を頑張ろうと思える。
バァァァンッ!
大きな音と衝撃で私たちは目を覚ました。
慌てて外に出ると、広がった光景に言葉を失った。
「なんだこれ……」
父が先に反応した。
村が炎に包まれていた。
「こんにちは。」
後ろの声に反応して間髪入れず父が声の主を取り押さえた。
「貴様は何者だ!この村に何をしに来た!」
男は答えずに指を動かしている。
なにか来る……
「お父さん!」
私の声で父はなにかに気が付き、防御の体勢をとった。
だが、なにかの力は凄まじく、父は吹っ飛ばされてしまった。
「手こずらせないでください。」
(怖い……)
逃げようとしたけれど、男は私の尻尾をを掴んで持ち上げた。
こんな持ち方をされたら痛い。尻尾が千切られるようだ。
「私の娘に触るな。」
衝撃と同時に、いつものように暖かく包み込まれた。
「お父さん……?」
父だ。けれど、いつもとは姿が違う。
「ほう、 獣化 ですか。
しかもその姿は 九尾 の雄ですか。
つまり、その娘は雌と……!」
男が私を見る目が変わった。欲を丸出しにして舐めまわすように見て涎を垂らしている。
「貴様は奴隷商だな?」
「違いますよ?」
「関係ない。貴様がなんだろうと今ここで貴様の悪行を止める。」
父が私を抱きしめる力が強くなった。
本気だ。
見た事はないが、父が本気で誰かに攻撃をしようとしている。
握り返してしっかりと掴まろう。
私が握り返したのを確認すると、父はものすごい速さで男に攻撃した。
さっき父を吹き飛ばしたなにかが姿を表し、父の攻撃を受け止める。
「人形か……。」
大男の姿をした人形は父の攻撃で腕を貫通して胴にまで大きくダメージを負い、地面に倒れ込んだ。
「投降しろ。貴様を守る物は無くなった。命まで奪うつもりは無い。」
「でしょうね。」
男がにこりと笑って嫌な予感がした。
次の瞬間、私は空中を舞っていた。
「コラコラ、実験体に傷をつけては行けませんよ?」
何が起こった。
父の方を見ると、父はさっき再起不能にしたはずの大男人形に踏みつけられていた。
「壊したと思っていたでしょう?
その人形はね、魔力を流すだけで簡単に全回復する自動人形です!
私の魔力が尽きない限り壊しても壊してもいくらでも復活して敵を殲滅するまで動き続けるのですよ!!」
楽しそうに語る男は、細長く先が割れた舌を出して私の体を見てくる。
「それにしてもいい、九尾の雌を手に入れられるとは、運がいいですねぇ。」
(気色が悪い、嫌だ、やめて欲しい。)
「あ、そうだ。雄はもう何匹も持っていますから、それは殺してもいいですよ。」
人形は男の命令を聞いて踏みつけていた父の頭を鷲掴みにしてもう一方の拳を握りこんだ。
殺すつもりだ。
嫌だ。
紛い物の私に優しくしてくれた。
自分に何かをされるよりも。
父を傷つけられるのは死んでも嫌だ。
―――――
フェルが負の感情に飲み込まれた時、意識を失い、禍々しい魔力が全身を包まれ姿を変えさせた。
「おぉ、これは 獣化 ですか。
いや、違いますね、 原始化 ですか!
初めて見ましたねぇ!」
フェルの姿は銀髪の狐の獣人の少女から、赤黒い毛に包まれ恐ろしくも艶やかな光を放つ巨大な九尾の狐へと姿を変貌させた。
フェルは巨体を活かして男諸共人形を吹き飛ばした。
この時のフェルは「父を守る」という強い意志を持った獣と化していた。
「いいですねぇ!この力素晴らしいです!」
男は恍惚とした表情をして攻撃を開始した。
「ウォォォォォン!」
フェルが遠吠えをした瞬間、男は金縛りになった。
一瞬だった。
金縛りになった男はフェルが九つの尻尾の先から放った黒い炎で燃やし尽くされ、灰となって消えた。
「終わったのか……?
フェル、お前大丈夫なのか?」
状況を理解できないゲイルは困惑していた。フェルに声をかけるが、反応は無い。
「ウォォォォン!」
次の瞬間、フェルはまたも遠吠えを上げた。
今度は村中に声は響き渡り、村に残っていた村人全員に金縛りをかけた。
「待てフェル!!」
フェルが何をしようとしているか、ゲイルにはわかった。
「どうやら、妙なことが起こっているようだ。」
ゲイルの制止を無視してフェルが村人に襲いかかる直前、全身黒の装いの男がフェルの攻撃を受止めた。
「そうか。」
黒の装いをした男が足元から伸ばした黒いなにかでフェルを包み込むと、フェルは元の姿に戻った。
その光景を見ていたゲイルは唖然とし、「何が起こった」と呟いた。
「眠らせただけだ。 獣化 や 原始化 は眠れば解除される。」
そう言うと男はフェルをゲイルに差し出した。
「あの、貴方様はのお名前は……。」
男は一瞬渋るような顔をした後に答えた。
「魔王 黒 だ。」
獣人族 [固有魔法] 獣化
『元となった獣の特性をさらに引き出す。
外見も変化し、より獣に近って身体能力が向上する。』
獣人族 [固有魔法] 原始化
『獣人の中でも、神獣が祖となる者達にのみ使用ができる。
完全に神獣の姿となり、神獣の [固有魔法] までも使用が可能になる。
しかし発動には条件があることが多い。
発動しても制御が難しく、暴走する場合が多い。』
魔王
『魔大陸と呼ばれる大陸の一つを統べる五人の王を指すとされる。
全員が特殊な魔法を使い、勇者でも一人で勝つことは難しいと言われている。』