48話:黒炎と花陽
九尾はこの世界の中で最も美しいと言われている。
そして、同時に最も恐ろしいとも言われている。
二人の攻撃が正面からぶつかり合った時、フロガが一方的に吹き飛ばされた。
「やるねぇ……!」
何とか堪えて場外に落ちることは無かったものの、その場にいた者は全員フロガとフェルの力の差を理解した。
「まだまだ全力ではないぞ?この程度の力で私を止めると宣ったのか?」
「まだまだだよなぁ。そうだよなぁ。
こっちだって本気じゃねぇさ!上げてくぞ!!」
更に呼吸の音が大きくなる。
"コォォォォ"
フロガは捻出する気の量を増やすと同時に強ばった筋肉を緩めた。
瞳を閉じて脱力した後、ゆっくりと瞳を開き、落ち着いた表情はいつもの雰囲気とは正反対だ。
瞬きをするとフェルが交差させた腕の前に尾を寄せてフロガの攻撃を防御していた。
全部の尻尾を使って攻撃を守る、蟲畜生という技だ。
(まさかあの一瞬でフェルに蟲畜生を使う判断をさせるとは。)
二人が攻撃を交わせばフロガがゆっくりといつもの笑みを浮かべ、それに呼応するようにフェルも歯を見せるほど嬉しそうに笑った。この様子ならフェルは暴走している訳ではなさそうだな。
「さぁ、祭りの幕開けだぁ!!」
「思う存分語り合おうではないか!」
ビリビリと、二人の気迫が伝わってくる。
獣化したフェルの銀色の毛色は鋭く目に突き刺さる。
それが笑顔で荒々しく攻撃を繰り広げている。こんなフェルは見たことがない。
それに対して、フロガは落ち着いた立ち回りだ。
確実にフェルの急所を突き、無駄のない動きで攻撃を繰り出している。
まるで、いつもの二人が入れ替わったような戦い方だ。
「 餓鬼祓い !」
それでも、フェルの技は無駄が少ない。
回転しながら尻尾で攻撃を繰り出す技だが、単純に数が増えたあの尻尾の数は捌ききれないだろう。
「痛ぇけど、これじゃ逃げらんねぇよな?」
全部命中したのに一本掴むとは、あの打たれ強さはさすがフロガだ。
「尻尾はもふもふしてんだな!」
「せ、戦闘中に尻尾を撫でるな……!」
元々なかったからなのか、フェルは異様に尻尾と耳を触られると違和感があるらしい。
これからフロガは殺されたりしないだろうか……。
「離さないか!」
金縛り
「うぉ!?」
フェルの使う金縛りは神通力由来の魔法だ。無属性の拘束とは発動原理も拘束力も全く異なる。
対象の魔力に直接干渉する神通力はただ拘束するだけではなく魔法の発動すら阻害するから一人では解除ができない。
さらに部位ごとに発動ができる。フロガに対しては肺に発動させるだけで……
「金縛りが甘いんじゃねぇの……ッ!?」
気を練ろうとしただけで肺機能が完全に止まって呼吸すらできなくなる。
「これで終いか!?天上蹴! 」
そう笑いながらフェルは蹲っているフロガの腹を助走をつけて蹴り上げた。
フロガが食らっただけで吐血するとは……。
そのあとの結界の天井に思い切りぶつかって頭から墜落したのも気になる。
死んでないだろうな。
笑っていたフェルですら心配そうな顔をしている。
死んでいなければ試合終了と同時に回復されるとはいえ、あれは肋骨が数本……いや、肺が潰れたかもしれないな。
「もう動けないか?」
「カハッ……問題ねぇよ、まだやれる。」
息切れどころかまだまともに呼吸すらできていない。これのどこが問題無しなのか。
「このままあと一撃を食らったら勝敗をつける。」
「わかったよ……。」
さすがにこれ以上は死にかねない。
フェルもそれはわかっているのだろうから加減はすると思うが。
「加減なんかすんじゃねぇぞ!?もっと本気で来いよフェル!」
今の二人にはそんなことを言うのは野暮か。
「……あぁ!これから本気で行くぞ!」
フェルの魔力がさらに高まっている。
躊躇いがありながらもフロガに応えようとしているのか。
地獄突き
彼岸・狂い咲き
フェルの平拳と、ホース戦で使ったフロガの反動のある正拳突きが真正面からぶつかると、両者の腕が折れてしまった。
威力は同等だが、ダメージはフロガの方が大きいな。
「っ……!」
でも、打たれ強さはフェルの方が下だ。
フェルが怯んだところにフロガは追撃をすることが出来る。
「休んでっと痛い目見るぜ!?鳳仙花 !!」
バク転するように繰り出した蹴りはフェルの顎に直撃した。
痛みで防御できるほど戦いに集中できていなかったな。今の攻撃は効いただろう。
バク転して後ろに下がったフロガは、膝を着いているフェルに向かっている。
左手で正拳突きの構えをしているから繰り出す技は 彼岸 だろうな。
釜茹で
それを食らうフェルじゃない。
黒炎を地面から放出して一瞬だけフロガの動きを封じた。
「甘ぇよ!彼岸!」
だけど、フロガは炎を突っ切ってくる。
それは俺との戦いで見ているはずだ。だからこそ、フェルには何か策がある。
「本気で……か。」
フロガの攻撃が当たる前に、フェルの前髪を燃やしていた黒い炎が全身に広がって攻撃を防いだ。
だけでは無い。
次の瞬間、その場にいた全員が息をするのを忘れて見入ってしまった。
原始化
銀色の毛は赤黒くなり妖艶な光沢を放つ。
澄み切った赤い瞳は吸い込まれそうなほどに美しい。
九つの尾の揺らめきは陽炎のようだ。
フェルは完全な九尾の姿と化し、地に四本の足をつけた。
「まじかよ……。」
現状で事態の深刻さにいち早く気付いたのはフロガだろう。
下手にこの状態のフェルの攻撃を食らえば確実に死ぬ。
フェルも右前脚を引きずっているとはいえ、人を殺すなんて造作もないことだろう。
現状でフロガが生き残る可能性があるとすれば、フェルの意識が保たれていることだ。
「いいねぇ……ビリビリしてきた!
最っ高だよフェル!!」
フロガは自分が死ぬなんてことを考えていないな。
それは無知ゆえか、フェルへの信頼か。
そんなの、二人を見ていればわかることだ。
「ウォォォォォン!」
咆哮と同時に金縛りの使用。
フェルはこの姿になった時一番にこの魔法を使う。
今までの相手は動けなくなってフェルの攻撃で散っていった。フロガはどうなるのだろうか。
「何回食らったと思ってんだ?
そんなのもう効かねぇよ!!」
まじか、フロガはフェルの金縛りの無効化に成功したようだ。
金縛りは魔力の波長を強制的に乱して発動する魔法。
つまり、最初から波長を崩しておけば金縛りの効果は受けずらくなる。
「……っ!アルタロム!試合を止めなくてもいいのか!?」
おっと、ようやく見入っていたカリスが目を覚ましたようだ。
カリスに言われたとしてもまだ止めない。
この戦いは二人のもので、ここまで来れば最後まで戦わせなければ意味が無い。
「痛ってぇ!!」
フェルが思い切りフロガを噛んで振り回してる。
大丈夫かあれ、半身ごと右腕を噛みちぎったりしないだろうな。
「水を司る神よ 我の命に応じ雄大なる力をお貸しください。」
蓮氷
フェルの口内を自分の右腕ごと凍りつかせた。痛そうだ……。
これは堪らずフェルもフロガのことを解放する。
「炎の神よ 我の命に応じ力をお貸しください」
緋衣草
あれは俺との試合で使った魔法か。炎が地面から突き上げるものだが、使う相手とタイミングを間違えたな。
反魔法
「お前も使えんのかよ!?
って、アチッ!!?」
フェルが 反魔法 を使うと、フロガの体から黒い炎が発火した。
あれはさっきフェルの炎の中に突っ込んだ時に着いた火種だな。
フェルの命令に呼応して燃え上がったんだろう。
「クソッ……。」
空中で体勢を崩した。
当然だ。フェルの黒炎は相手の魔力を吸う。その上その魔法はフロガの魔力で発動しているんだ。
今のフロガは視界がグチャグチャでまともに体制を整えられないだろうな。
「ウォン!!」
そんな状態じゃ、フェルの餓鬼祓いは防げない。着地する間もなく、フロガは鋼のような硬さの毛に覆われた尻尾で場外に叩きつけられた。
舞台の外で土煙が上がり、フェルが動きを止めた。
「決まったな。フロガ場外!
勝者 フェル・ダレス!」
まぁ、フェル相手に勝てる普通の人間なんてほぼ居ないし、ここまでやったフロガは充分異常だ。
「フェル もう原始化を解け。
いい勝負だったよ。」
自我は残っているはずだ。聞こえているならすぐに元の姿に戻るだろう。
フェルの足が治り始めているからフロガの傷も治っているはず、とはいえ少し様子を見に行くかな。
「グルルルルルル……」
「フェル?」
様子がおかしい。
「待って、お願いだから暴れないで。」
回復した後に暴走しないでくれよ?
円満に解決しましたって流れだよ。
終わったあとに影を使うような事態にはならないでくれよ。
「ガウ!」
不機嫌そうなフェルは倒れて天を仰いでいるフロガに突っ込んで行った。
(あーあ。飛び込んで行っちゃったよ。
やばいわ、影を使わないとまずいかも……。
急がないとフロガに攻撃が当たる!もう飛び上がってる!)
「負けた負けた!!」
フロガが大声でそう言った途端フェルを包んでいた魔力は一気に発散されて元の姿に戻った。
良かった、暴走していた訳ではなさそうだ。
元の姿に戻ると、フェルは力尽きたようにフロガの横に倒れ込んだ。
「すごいだろう?」
「あぁ、マジですげぇ!」
フロガの身を案じていたという雰囲気では無さそうだ。ただ誇っているのか?
「ありがとう、お前のおかげで気持ちに整理が着いた。」
フェルは清々しい顔でフロガにそう伝えた。
「俺はただ本気のお前と戦りたかっただけだ。」
「そんなのわかった上で言ってる。
……なぁ、フロガ?」
次いで、頬を赤らめて恥ずかしそうにモジモジしている。
「さっきは引いてしまったが、頭を撫でてもいいぞ。」
「……それじゃあ、遠慮なく撫でさせてもらおうかな。」
あぁ、イフと同じだ。
単に今まで溜め込んでいた分、甘えているだけ。
尻尾を振ってさぞかし嬉しそうだ。
だが、ああいう姿を見せられるのは主としても義兄としても多少思うところがある……かもしれない。




