47話:気持ち
頭が柔らかい感触の上に乗っている。
目を覚ますと俺はイフの俺を覗き込んでいた。
「おはようなのです。」
「あぁ、おはよう。」
なんだこの状況は。なんで俺はイフに膝枕をされているんだ?
ゆっくりと起き上がると、フェルと俺の剣を持ったフロガが舞台の上に立っている。
なんでフロガは俺の剣を持っているんだ?
そんな剣の側面を叩いて、俺の剣の強度に不満でもあるのかよ。
「どうして二人が舞台にいるんだ?」
「もう次の試合が始まるからなのです。
アルタロムさん、頭打っちゃったのです?」
俺の頭を触診しているイフの反応を見て少しずつだが記憶がはっきりしてきた。
そうか、俺は負けたんだ。
「ありがとうイフ、もう大丈夫だから。」
俺が負けたということは、フロガがフェルと戦うことになるということ。
フェルは萎縮しているように見える。まだ戦うのは不安なんだろう。
あいつとは戦わせたくなかったな、何が起こるか分からない。
フェルの都合も考えずに殴りかかったりしないだろうな……。
嫌な想像をしてしまう。
「アルタロムさん、フェルちゃんなら大丈夫なのです。」
根拠も無しに、何が大丈夫なのか分からないな。
だけど、俺にはもう何も出来ない。
今はイフの言う通り、フェルとフロガに任せるしかないのかもしれない。
「どうして剣を使う気になったんですか?
それに、その剣は私の義兄のものですよね。」
「乱暴にするなってアルから言われててな。こいつで戦ろうぜ。」
フロガはフェルにアルタロムの剣を放り投げた。
急な行動に戸惑いながらもフェルは剣を受け取り、フロガの様子を伺っている。
「本気のお前とは戦りてぇけど、今のお前と戦ってもつまんなそうだ。」
フロガから見てもそう見えるのか。
いや、あいつはあれで観察眼に長けている、ほんの少しでも違いがあれば気づくのか。
「俺もお前もお互い何考えてんのかなんてわかんねぇ。だったらぶつかるしかねぇだろ?
また、あぁなっちまうことが怖ぇならそいつに気持ちを乗せて全力で斬りかかってこい!」
いきなり攻撃するなんて杞憂だったか。
フェルが暴走を危惧していることを見抜いて魔法を使わない戦い方を提案してくれている。
「フロガは何を使うのですか?」
「あ?俺はこれでいいよ。」
そう言ってフロガは懐からナイフを取り出した。
片刃だな、等身は短いしまるで日本にあったサバイバルナイフみたいだ。
しかし、あんなナイフでどうやって戦う気なんだ?
「それじゃあ早速始めるとすっか!」
「え、ちょっと待って……」
フェルが言い終わる前にフロガはナイフ一本で斬りかかり、攻撃が当たると、剣は空中に放り出され、フェルは尻もちを着いて転んでしまった。
「お、おい?大丈夫か?」
フェルは剣術が苦手だ。
フロガが剣での勝負を持ちかけた時少し嫌な予感はしていたが、まさかこうも綺麗に倒してしまうとはフロガは結局詰めが甘い。
「なんつーか、悪ぃな。」
「……貴方の気持ちはよくわかりました。」
あ、フェルちゃん怒ってる。
いきなりあんなことをされたら嫌なのもわかる。
だが、フロガがそう簡単に諦めるとは思えないんだよな。
「じゃあ、一個目だな。あと何個伝えればいいかな。」
「まだやるんですか?」
「もちろん!ほら、持てよ。」
わざわざ剣を拾って渡され、それもあんな笑顔で言われたら断るのも嫌んなるな。
「……フロガはいつもそうですね。
無遠慮で、無神経で、しつこくて、うるさい。」
「お前、そんな正直に悪口言われたら俺も傷つくんだからな?」
「でも、どこか憎めず許してしまう。
どうしてなんでしょうね。」
「さぁな。ぶつかればそれも分かるかもしれねぇな。
次はお前から打ち込んでこいよ!」
「えぇ、そうさせていただきますね!」
フェルの表情が緩んだ……。
綺麗とは言えない型だけど、フェルが力いっぱいに剣を打ち込んでる。
「すごいな、あんな短剣一本で攻撃を受け止めている。」
カリスの言う通りフロガの技術はずば抜けている。
そうだ、フロガはフェルの攻撃を受け止めている。
簡単に避けられる攻撃を全部だ。
有言実行とでも言うべきだろうか、あいつは本当に剣のぶつけ合いで対話をしようとしている。
いや、それも違うかもしれないな。
最初の攻撃以降はフロガは一度も自分からの攻撃をしていない。
フェルの攻撃を一方的に受けているだけだ。
「いい攻撃だな!もっと本気で来いよ!」
「言われなくともそうします!」
フロガが攻撃を煽るとフェルもそれに答えるように攻撃が速く強くなる。
「ほら、大丈夫なのです。」
「そうだな、大丈夫そうだ。」
俺はフロガを見くびっていたようだ。
無理やり襲いかかったりしそうだと思ったけど、攻撃を受け止められているフェルはもう怯えている様子はない。
「うぉ!いいねぇ!そろそろこっちからも行くぞ!」
繰り出したフロガの攻撃はフェルが受け止めやすい場所にしかしていない。
今のフロガには勝とうという気持ちは見えない。本当にただ対話をしようとしているだけだ。
「心配しすぎだったかな。」
「そうなのです。アルタロムさんは過保護なのです。」
「それ、フロガからも言われたよ。」
過保護か……。
昔、言われたっけな、
『可愛い子には旅をさせよだよ!君は仕事禁止!』
同じことは繰り返してはいけないよな。
「少し、二人のことを見守ろうか。」
「はいなのです!」
フェルは不安定なところがある。
それを受け入れてくれる人間が今までいなかっただけなんだ。
ここにいるやつらは受け入れてくれるだろう。
さっきまでイフはずっと傍に寄り添ってくれていた。
フロガはこの戦いを利用して気持ちを理解しようとしてくれている。
他の皆だってフェルのことを嫌ったり離れようとするやつなんて居ない。
「なぁフェル!お前今怖いか!?」
「はい?」
二人とも動きを止めた……。
フロガは一体何を考えているんだ?
「もういつものお前だよな。」
「お陰様で。」
まさか……な?
「お互いにぶつかり合って、俺が何を言いたいのかはわかるだろ?」
「武器は使わずに、素手で戦えということでしょうか。
また、前の試合のようになってしまうかもしれませんよ。」
「そんときは受け止めてやるよ。
さっきまでずっとお前の攻撃を受け止められてただろ?」
「さっきとは違います。」
あまり強引にしないで欲しい。
いや、今は俺は口を出さない。
フェル自信がどうするか、それを見てからだ。
「俺はな、お前のこともっと知りてぇんだよ。
武器越しじゃなくて、直接戦りあった方がよりわかり合えるだろ?」
「そう……ですね。」
フェルは悩んでいるな、剣を使って戦うことはできるようになってはいたがまだ拳で戦うのは抵抗があるらしい。
「もし暴走すんのが怖ぇって言うんなら、最初っからあれで戦ってみるのもいいんじゃねぇか?」
「何を言ってるの!?」
フェルは色々と言っているが、そうか。確かにそれもありかもしれない。
力が抑えられなくなる前に解放してしまえば制御はできるかもしれない……。
「そんなこと認められるわけないだろう!!」
ジェストの怒号が響き渡った。
そりゃそうだ、確証のない危険なことをさせるなんて先生からすれば好ましい出来事なわけが無い。
だけど、今は邪魔をするな。
「怖ぇんだったら出ていきゃいいだろ。
このチキンだけじゃねぇ。お前らも怖ぇんだったら出ていけよ!」
フロガがそう言って出ていく生徒はここにはいない。
「アルタロムさん、ここで口を出すことは過保護じゃないのです。」
「……そっか。」
そんなことを言われてしまったら、見守ろうと言っていても、何もしない訳にはいかないよな。
「フェル!どうなったって俺が止めてやる!
お前の好きなようにしろ!」
迷いは無くならないだろうが、気は楽になったかな?
「我、フォンバーグ家長男!カリス・フォンバーグである!
学友の覚悟を見届けぬなどフォンバーグの名が廃る!私も最後まで見届けよう!」
やっぱりカリスは頼りになるな。
「そうですね、是非見せていただきましょう!」
震えていますよクリムさん。
「フェルちゃん!頑張れなのです!」
イフも立ち上がって大きな声で応援した。
ホースだって無愛想ではあるが、怯む様子もなく椅子に深く腰掛けている。
ここには誰も逃げる人間はいない。皆どんな形でもフェルのことを受けいれてくれている。
「みんなこう言ってるぜ?」
「はい……っ!」
それがわかるだけで、フェルにとっては救いなんだと思う。
「……アルタロム・ダレス フロガ、両名は処罰が下ることを覚悟しておけ。」
ジェストはそう言い残して訓練場を出ていってしまった。
「だっせぇの。」
言ってやるな。捨て台詞もすごくダサいけどね。
「先生が居なくなってしまったから審判がい無くなっちゃったな。」
なに皆、どうして俺の方を見てるの?
「おいアル!早くこっち来いよ!」
なるほどね、俺に審判をやれって言いたいのね皆は。
「わかったよ。フェル、剣を預かるよ。」
「はい。」
途中からフェルが力任せに振っていたから刃こぼれしてそうだったけど、衝撃を流してくれてたんだろうな。傷一つないや。
「さて、二人とも準備は出来てる?」
ゆっくりと頷いて、構えをとった。
「それでは、始め!」
声をかけると、膨大な魔力がフェルを包み込んだ。
魔力の収束が収まると、尻尾は九つに別れ、前髪の左側で黒い炎が燃えている姿に変わったフェルが立っていた。
フロガとフェルの二人は見つめあった後、物凄い衝撃を発生させ、拳をぶつけ合った。




