43話:暴走
フロガとホースの戦闘が終わり、フェル対イフの戦闘が行われていた。
しかし、どうしてこうなった。
「フェ……ちゃ……」
フェルがイフの首を絞めている。
九つに別れた尻尾、虚ろな目、髪に宿る黒い炎。
獣化……か。
―――
フロガとホースの戦闘が終わった後、フロガは何事も無かったようにヘラヘラとした態度で観覧席に戻ってきた。
「いやぁ、久々に楽しめたわ!」
「あのな?あんなに怪我して楽しめたって言うのは危ないんだぞ?」
「あ?何言ってんだ?」
お前こそ何を言っているんだ。
危険という発想がない。こういう戦い方をするやつはいつか破滅する。
だから、やめて欲しいのだがな。
「次だ。
イフ フェル・ダレス
両名は舞台に登ってこい。」
次はイフとフェルか、イフには悪いがフェルに勝てるとは思えないな。
「行ってくるのです!」
「え、あぁ。行ってらっしゃい。」
フェルは会釈して行った。
イフは異様に気合いが入っているようだが、 一体何を考えているのだろうか。
「それでは、始め!」
イフが傀儡で攻撃を開始しても、フェルはしばらくの間は動かなかった。
イフの傀儡がフェルに攻撃を当てる刹那、フェルは動き出した。
「っ……!?」
「終わりですね。」
フェルはイフの首に手を添え、押し倒す形で抑え込んでいた。
フェルは武器を装備していない。鋭い爪に牙を持つあいつは武器を持つ必要が無いからな。
フェルは爪で傀儡の魔力線を切り裂いて一気に距離を詰めていた。
「神よ我に力を与えよ
炎矢」
フェルが魔法を発動すると、炎の矢が動き始めていたイフの傀儡を完全に破壊した。
「なんだあれは!?」
カリスは詠唱短縮のことを言っているのかな。
入学試験の時もそうだが、目立つなと言っていたのにあいつは……。
いや、今回はイフの気持ちに答えようとしているんだろうな。
フェルは詠唱を物凄く短縮できる。
本来詠唱短縮は高等技術だ。出来たとしてもティスくらいが普通……あれでも少ない方だ。
フェルは魔法適性が高い。才能とかで括れる様なものじゃないから、俺の 詠唱破棄 と同じように加護とやらが関係しているんだろうな。
ここまでは想像通りだ。傀儡を失って、完全に抑え込まれたイフに勝ち目はない。
「フェルちゃん、奥の手っていうのは最後まで隠すものなのです。」
「っ!?」
何かが物凄い速さでフェルのことを吹っ飛ばしたな、観覧席に居る俺にも見えなかった。
「なんだあれ。」
イフだ。イフが立っている。
立っているイフと倒れているイフ、イフが二人いるな。
「なるほど、それが貴女の奥の手。ですか。」
「まだまだ隠しているのです。」
イフがイフに手を差し出して立たせている。なんとも奇妙な光景だな。
見た限りでは傀儡と変わらなさそうだが、根本的に違うところがあるとすれば魔力線が繋がっていないことか。
つまりあれは、事前にプログラムされた行動を取る自動人形だということ。一体どこに隠していた?
「まだ隠している事があるなら早くしてください。」
神通力を使って煽っている、やっぱりフェルは本気で勝つ気だな。
「……お望みとあらば、受けてみるといいのです!」
呼び出される人形軍
さらにイフが増えた。現在進行形で魔道具で作り出しているのか。
三、いや五人。全て自動人形か、自立してフェルに攻撃を繰り出している。
「っ……。」
フェルが防御しきれない攻撃力。地魔法で作った人形だと思っていたが、それ以外にもあるな。
「砕いた!」
フェルの攻撃で外殻が壊れた。
「鬱陶しい……!」
地魔法と生命魔法の混合魔法か、中から蔓が出てきた。
一体だけ外殻が脆いのが率先して攻撃していた。
破壊されれば中から蔓が出て絡みつく。
その間に他の自動人形がフェルに集中攻撃をする……か。
実に効率的かつ決まれば確実に相手を戦闘不能にできるだろうな。
ただ、イフは今は自動人形を四体までしか出ていない。
仮にあの魔道具で作り出せる自動人形の数に制限がなければ、そして少量の魔力消費で済むのであれば、紫の陣営は彼女一人で十分戦力が賄える。
いや、有り余るだろう。
これは、何としても紫と敵対はしたくないな。
「フェル!どうしたそんなもんかぁ!?」
うるさい!
騒がないと気が済まないのかこいつ!さっきまでやばい怪我してたんだから少しは休んでてくれよ。
「そうですね……期待には答えなければ。」
フロガの応援を皮切りにフェルは反撃を開始した。
蔓を赤黒い炎で焼き切り、たった数撃で他の自動人形を全て粉砕してから念入りに燃やし尽くした。
イフの姿をした人形が壊れていくのはちょっとグロテスクだなぁ。
一気に決めにかかった。これで決められないとまずいな……。
「今は自動人形は生み出せないでしょう?」
フェルが攻撃を受け続けていたのはイフの魔道具の再詠唱時間を割り出すためか。
イフはさっき人形を出した。まだ数秒イフは自動人形を出せない。
「と、思うのです?」
地震
次の瞬間、舞台にヒビが入るほど大きく地面が揺れだした。
魔道具だな、これは上級の地魔法か。この出力はイフの魔力量だからこそだろう。
フェルは踏ん張りが聞かず、一瞬動きを止めたことでイフが詠唱するだけの時間を与えてしまった。
「大いなる風の神よ 我の命に応じ 勇猛なる力をお貸しください
乱気流」
イフが使用する魔法は出力が高いな、フェルは上に吹き上がる風に耐えきれず空中に放り出された。
空中で自由のないフェルは、一緒に吹き上げられた舞台の瓦礫の直撃を避けられない。
「決まったか。」
カリスが落ち着いた声でそう言うが、これはまずいな。
俺の嫌な予感は的中してしまった。
数発フェルが瓦礫の直撃を受けた後、突如乱気流を巻き込み赤黒い炎がフェルと瓦礫を飲み込んだ。
炎はさらに広がると舞台を全て包み込み、観覧席にまで灰を散らした。
明らかに出力が高すぎる。
舞台を包み込んだ炎が晴れると、九つの尾に、虚ろな瞳、前髪が 黒炎 に燃えたフェルがイフの首を掴んで持ち上げていた。
全員が絶句している。過剰攻撃に対してではない、普段のフェルから考えられない禍々しい異様な雰囲気に声が出せないのだ。
そんなことは関係の無いフェルは首を絞めているイフに対して貫手の型を取った。
これ以上は、イフが殺される。
「フェル、やりすぎだ。」
さすがに、俺が止めないとな。
舞台のフェルの腕掴むと、フェルは呟き始めた。
「アル……タロム……様?」
「そうだ、イフを離せ。」
ポツリポツリと呟いて少しずつ正気を取り戻したフェルは状況を理解すると、ハッとしたようにイフを空中に放ってしまった。
「頭は打ってないな。」
イフは咄嗟に受止めたけど、フェル自信が強くショックを受けている。
これは、あれが来るな。
「いや……、いやぁぁああ!!」
フェルが悲鳴を上げると同時に 神通力 が暴発し、その場にいた全員が金縛りの状態になった。
この魔法は今のイフには障る、守ってやらないと本当に危ない。
「落ち着け、もう大丈夫だから。」
蹲っているフェルの背中を撫でてやると、過呼吸気味だった呼吸がゆっくりと落ち着いていった。
今回はすぐに落ち着いたようで、獣化が解けて尻尾が一本に戻ると眠りに落ちてしまった。
「先生、イフとフェルを医務室に運びますね。」
「……あぁ。」
全員が金縛りになっているからな、一人で二人を運ぶのは骨が折れる。
イフは早く治療してやらないと危険だな、しばらくは再開できないかな。
混合魔法について
魔法は本来同時発動なんてするもんじゃないです。
入学試験でアルタロムがやったのは魔法の同時発動に近い混合魔法らしいなにかです。
混合魔法は魔道具に二種類の術式を刻み、同時に発動させることで新たな魔法にするという魔法です。
イフの使った 呼び出される人形軍は、本来学生が持っていていい魔道具ではないです。
簡単な話使い捨ての兵隊を魔力がある限り生み出し続けられるわけですよ。
どんな作品でも増殖系の能力は雑に強いですよね。そういうことです。




