3話:エルの後悔
アルタロムが大怪我してしまった。
私がすぐ傍に居ながら不甲斐ない。
エル・ダレス、あなたは雷の勇者と呼ばれていた。それなのに自分の唯一の子供を怪我させるとは何事だ。
もし仮に、傷が残っていたならどうしていた。
もしなにかの間違いが起こり死んでしまったらどうしていた。
恐ろしい言葉が頭をよぎる。しかし万が一にも起こりうる事態だった。
きっと傲っていたのだろう。
彼が守ってくれているこの空間で何も起こらないと。
何かが起こったとしても大事になる前に自分や彼が対処できると。
だが、現実はそうではなかったではないか。
私は動揺して何も出来なかった。不意の事態に何も出来なかった。
実際に自身の家族が危険に犯される時、こんなに恐ろしいとは思わなかった。
いや、理解していた。失うことを理解しているかこそ恐ろしかったのだ。
最初はほんの些細な出来心だった。
赤ちゃんのアルタロムが本を読んでいるように見えた。
そんなことはありえない。文字はまだ教えていないし、理解できるような歳ではない。
だが、私にはアルタロムが意味を理解して本を読んでいるようにしか見えなかった。
どうせ読めないと思いながら、もし読めたら我が子に才能があることを確信できると魔法教本を与えた。
魔法教本を見てアルタロムは悩んだような顔を見せた。
間違いない。
この子は聡い。文字をちゃんと教えたことは無い。しかし心当たりはある。この子は私が本を読み聞かせただけで文字の意味を理解したのだ。
つまりそれは読み聞かせる前から言葉を理解していたということ。言葉を聞いていただけで理解したのだ。私はこの時確信した。
天才だ。
そうして私の出来心はさらに肥大したのだ。
炎の魔法を発動して見せた。言葉を理解しているなら、本の内容を理解しているならこの子は真似て同じ魔法を使うはずだ。
本当に使った。使って見せた。
嬉しかった。この子は本当に天才なんだ。私たちの想像していたよりもすごい子なんだ。
私はすぐに彼を呼びに行った。
アルタロムを一人置き去りにして。
彼を連れて行った時、アルタロムはまだ炎を出現させたままだった。
よく考えればおかしいことだ。
いや、よく考えなくてもおかしいことなんだ。
炎はすぐに爆発した。
アルタロムは自分が発動させた魔法の暴走で大怪我したのだ。
なぜ私は炎の魔法を教えたのだろう。
私の得意な魔法は雷と水だ。明らかに水の方が危険は少なかったはずだ。
私は怖かったのだ。アルタロムという子供が。
自分の想像よりもすごい存在だった。天才だろう。
だが、アルタロムは天才なんて簡単な言葉で括ることの出来るような者には見えなかった。
もっと別の何かだ。
子供離れしたなにか。取り憑かれているような、恐ろしかった。
いいや、それも言い訳だろう。
自身の子供にあんなことを任せたくなかっただけだ。
だから、殺そうとした。
けれど、アルタロムが怪我をした時、本当に恐ろしかったのだ。
アルタロムの傷が治った時、心から安堵して抱きしめた。涙が止まらなかった。
私はなんて馬鹿なことをしたのだろう。こんなにも愛おしい我が子を手にかけようとした。
何かが取り憑いているかもしれない。
それでいいではないか。
我が子に重荷を背負わせたくない。
この子なら、重荷を重荷とも思わないだろう。きっと、私たちが押し付けてしまった問題を受け止めて全て解決してくれるはずだ。
私は彼と話し合いアルタロムに魔法を使うのを止めさせた。
まだ早い。
もっと大きくなってから、順を追って教えよう。
競い合える同年代の子を作ってあげることが出来ればもっと良かっただろう。
それは私には出来ない……。
だけど、だからこそ、私に出来ることをしよう。
この子は、私の生きている間は絶対に守ってあげよう。できる限り愛情を注いであげよう。
それが私に出来る唯一のことだ。