11話:父が居なくなった日
家に帰るとまずは少年を風呂に入れた。
随分と暴れ回ったようで、風呂から上がった時にザザがげっそりとしていた。
小さな執事服に身を包み、楽しそうにぴょんぴょんと跳ねている様子はとても可愛らしい。
それにしても、真っ白な髪とは珍しい。
洗ってさらに目立つようになったが、少年の体毛はあの銀世界にも負けないような綺麗な白色をしていた。
その日はもう良い時間ということで、食事を与えてひとまず眠らせることとした。
「あそぼ!」
「また後でね。」
あれからというもの少年は俺に懐いているようだった。
助けてくれたパパならわかるのだが、どうして俺なのだろうか。
その結果、フェル同様に俺専属の執事となった。
専属の執事と言っても、まともに仕事ができるような歳ではないからあくまで俺の傍に居させるという処置だ。
そして少年はこの歳で奴隷にされていたこともあり、名前も両親のことも一切覚えていなかった。
パパが名前が無いと呼びずらいと言って少年はロロという名前を与えられた。
パパは従者に名前をつける時に同じ文字を続けてつけるという癖があるようだ。
「お姉ちゃん!」
「わっ、ロロ。待ってくださいね。」
ロロの世話は専らフェルがやってくれて助かる。
ロロはまさに犬って感じがして甘やかしてしまう。最近はそれをフェルに咎められるっていうことの繰り返しだ。
「……フェルちゃん。ちょっと来てくれる?」
この日はフェルがエルに呼び出された。
「あそぼ!」
「もう、仕方ないな。」
その日、フェルは俺の部屋に戻ってくることはなかった。
翌日も、その翌日も、フェルは自分の部屋に籠っていた。
俺はナナに頼んでフェルの分の食事を運ばせてもらうことにした。
「フェル、食事を持ってきたよ。」
この三日間フェルは自分の部屋から出てきていない。
理由はゲイルの訃報だろう。
ゲイルは元々栄養失調気味だったそうだ。その状況で魔大陸の魔力を取り込んでしまったことが原因と言っていた。
あまりに急なことにフェルも収集が付いていないのだろう。
「……扉の前に置いておいてください。」
 
力無い返事が返ってくる。
俺たちは転生した身だ。だけど、この世界の人間たちに情がない訳では無い。
特に親は俺たちをよく育ててくれていることがよくわかる。
そんな親を急に亡くせばこうもなるだろう。
この屋敷で、フェルが仕事をせずに部屋に籠っていることを責める者は誰もいない。
みんな、どこか思うところがあるのだろう。
「フェル、落ち着いたら顔を見せてくれよ。」
だけど、このままじゃダメだ。
きっとこのままではフェルは後悔する。俺は、できる限りフェルが早く復帰できるように根気強く話しかけよう。
翌日もフェルは返事を返してくれた。
だが、顔は見せてくれなかった。
さらに翌日、フェルは返事も返してくれなくなった。食事は摂っているようだからひとまず安心だろう。
さらに翌日も、その翌日も、その翌日もだ。
食事を摂れていれば大概のことはどうにかなる。
そして、ゲイルが病死してからちょうど一週間が経った。
この日フェルが初めて食事に手をつけなかった。
「おいコラぁ!」
「ひゃぁ!?」
「なにが「ひゃぁ」だコノヤロウ!」
俺はフェルの部屋に突撃した。
食事を摂らなくなり始めた時、それがタイムリミットだ。
人は、傍にいた人が急に死ぬと自分も死んだような気分になる。
死んだ人が腐るのと同じように、その人の傍にいたやつはどんどん腐っていくんだ。
「死んだやつを見続けてきた、現世を見ていたお前なら、今のお前がどうなってんのかくらいわかってんだろ!?」
「きゅ、急になんだと言うのだ!」
確かに急にキレるのは良くない。
だが、今回ばかりは我慢ならない。
こいつは、俺の人生を見たんだから。
「あの白い場所で、俺が裁かれるっていう時にお前は俺の名前の書かれていた分厚い本を読んでいた。それは俺の人生について記されていたんだろ?」
「っ……それは、」
言い淀んだ。
ほら見た事か。
「今お前がやっていることはゲイルに対する侮辱だ!」
「なっ、お前に言われる筋合いはない!」
「いいや言わせてもらうね!
ゲイルは元々栄養失調気味だったらしいな!
お前はどうだ!しっかりと栄養をとって健康な状態で屋敷に来たよな。
それはゲイルがお前のために食料を与えてくれていたんだろ!?」
「何も知らないで、知ったような口を利くな!」
「じゃあお前が説明してみやがれってんだ!」
どうやら、口喧嘩をするくらいの余裕は出てきたらしい。
「まずは飯を食え!」
口の中に持ってきたパンをぶち込んでやる。
「やめろぉ……!」
コノヤロウ、昨日の夕飯抜いているのにどんな馬鹿力だ!
「ゲイルはお前に飯を食わせるために、お前のせいで死んだのに、お前が飯を食わずに死んだらあいつが浮かばれねぇよなぁ!」
「……。」
あ、やばい黙り込んじゃった……。
でも力強っ。
「うるさい!そんなに言わなくてもいいじゃん!バーカバーカ!!」
「なっ、バカとはなんだバカとは!」
キレてバカしか言えなくなるのって、本当に子供っぽいなぁ。
「アル!?何してるの!」
部屋の様子を見に来たエルに羽交い締めにされながら部屋からじわじわと引っ張られた。
さすがに止めるよね分かります。
「あのなぁ!文句があるんだったらその飯食って!風呂に入って!正面から言いに来い!わかったか!?」
そして俺はエルに連れられてフェルの部屋から引きずり出された。
それから俺はエルに一時間正座で説教を受けた。その間ずっとフェルが家に来た時と同じような顔だったから死ぬかと思った。
まぁ、当然だよな。
自分の子供が傷心中の女の子虐め倒している場面なんか見たら俺でもそうすると思う。
そして、フェルが本当に飯を食って風呂に入ってから面と向かって俺に文句を言いに来た。
「あの、奥様。」
「フェルちゃん!?どうしたの。」
「失礼であることは重々承知しております。ですが、アルタロム様にその……無礼なことをしてもよろしいでしょうか。」
「いいよ!もうドーンとやっちゃって!」
俺は一体何をされるのだろうか。まぁ何をされても文句は言いませんが。
「……ばか。」
フェルは俺の肩をポカッと軽く殴ってから、表情をムッとさせた。
「アナタに言われる必要なんてない!」
ぷいっとそっぽをむいて頬を膨らませている。
そういえば、あの白い場所でもこんな仕草をしていたような気がする。
「さっきは、ごめんな。言い過ぎたよ。」
こいつはもう大丈夫だろう。だから、俺はちゃんと謝らないといけない。酷いことを言ったのは事実なんだから。
「……仕方ないですね、今後はもっと雑に扱わせていただきますよ。」
「それで構わないさ。」
良かった、まだ怒ってはいるが許してくれたようだ。
それからと言うもの、フェルは本当に俺への扱いが雑になった気がする。
それでもほぼ完璧に近い家事をしてくれていることに優しさを感じる。
「アルタロム、フェル、今日は共に食事をしないか?」
「え……?」
パパが話しかけてきた。
食事に誘ってくるなんて珍しいことがあるものだ。生まれてから四年が経っているのに、これが初めてかもしれない。
「いいですよ!」
「お言葉に甘えて、お邪魔せていただきます。」
そして、その日はエルを含めて四人で食卓を囲んだ。
「最近の進捗はどうだ。」
「はい!ようやく魔法のコツを掴んできました!」
「フェルの方は。」
「本日、初めて上級の魔法の発動に成功しました。」
「え、聞いてないよそれ。」
「言っておりませんから。」
「フッ……。」
え、笑った?
今笑ったよ俺のパパ。
「本当に、今日はどうしたのですか?。」
「いや、二人はたくましく成長してくれていると思ってな。」
なんだろう、今日はパパが寂しそうな雰囲気を醸し出している。
フェルが食卓にいること以外いつもと変わらないはずなのに、どうしてなのだろうか。
何事もなく、その日は就寝時間を迎えた。今日は普通じゃなかったが、それでも充実した一日を過ごせたと思いたい。
さぁ寝よう。
《個体名 ルシウス 死亡を確認しました。個体名アルタロムに 影王 の称号を付与します。 特殊魔法『操影』を獲得しました。》
夢の中で声が聞こえ、俺は飛び起きた。
その日から、俺の今世の父親は姿を消した。
 




