113話:強襲
上級の火魔法、豪炎球がこちらに迫ってくる。
魔法を発動していては間に合わない。
「解き放て!ガラティーン!!」
巨大な火球に向けて二日分溜め込んだ陽光を一気に放出して相殺した。
完全放出しないと相殺しきれなかったほどの強力な魔力……この相手は想像以上に強い。
「すごいねぇ、僕の魔法を神器の固有能力だけで防いじゃった。
君、本当に新人なのかな?」
空を歩く影が一つこちらに向かってくる。
小柄で白髪、首元にファーの付いたコートを身に纏い、少年と見紛うほど容姿でありながらその風格と威圧感でそんなことを気にする余裕はかき消された。
「今の攻撃でこの建物ごと君を焼き殺そうと思ってたんだけど……」
目の前の男は含みのある言い方をした後、私の姿を見て気味の悪い笑みを浮かべた。
「初めまして、僕は魔王白。勇者なら名前くらいは聞いたことがあるだろう?」
「最も好戦的で被害規模の大きい魔王と有名だね。」
空に立って見下していた魔王は、私の言葉にクスクスと声を抑えた笑いをした。
「いや、そんな強い敵意を放ってる君が、怒りも嫌味も無しに褒めてくれるとは思わなくてね。」
「そんなつもりはなかったけど、貴方からすれば褒め言葉になるんだ。」
「……。」
何か疑念がある様子で魔王は私の傍にゆっくりと移動してきた。
「ねぇ?どうして君は僕に敬語を使わないのかな。
お友達や、そこに転がってるゴミにだって、君は敬語で接していたじゃないか。」
「敬語を使っていた」とわかっている以上、この部屋での会話、或いはもっと前から様子を見られていたということか。
ふわふわと空中に寝転がって私の回答を待つ魔王には、ただ真っ直ぐに私の思いをぶつければいい。
私がどう動こうが、もうどうにもならない。
「たかが知能を持っただけの魔物風情を、どうして敬うことができるの?」
そう発すれば、魔王は一瞬だけ素っ頓狂な顔をした後、微笑んでこちらを見た。
「ほんとに、君って新人?」
その一言を掛け声とし、魔王は攻撃を開始してきた。
死の大鎌
黒い球体が収束し大鎌を形成した。
電気伝導
魔法を発動させ、大鎌を振り抜く前に魔王の首を切り裂いて致命傷を負わせる。
本当は切り落とすつもりだったが右足を庇いながらだと踏み込みが足らない。
どちらにせよ、通常の生物ならこれで死ぬはずだが……。
命王の癒し
独りでに魔王の懐から飛び出してきた魔術本のページが捲れると、切り裂いたはずの首が再生を始めた。
これは、王級の生命魔法……?
「酷いねぇ、いきなり切りかかってくるなんてさぁ!」
そう言って魔王は私目掛け大鎌を振り抜いた。
電気伝導発動状態なら止まって見える大鎌だが、大袈裟に避ける。
攻撃を受けるのはいけない。そんな予感がする。
「ほんと、君って勘良すぎ。」
呆れているような、期待しているようなそんな目でこちらを見つめながら追撃の手を止めることはない。
楽しそうにこちらを追い詰める様子はまさに魔王と言うべきだ。
「ほらほら!逃げてるだけ!?」
氷矢
無詠唱で形成されたのは中級の水魔法。だが、放たれた魔法は中級であることを疑うほどに速い。
こんなものを不意に撃たれれば致命になりかねないが、今の私なら容易に避けることができる。
「甘いこと考えてない?」
魔王が悪戯をする子供のように笑うと、指で空中をなぞった。
すると、真っ直ぐに放たれていた氷矢が軌道を変えてこちらに向かってきた。
パリンと氷の割れる音がその場に響く。
慌ててガラティーンで魔法を砕いて難を逃れた。
だけど、
(右足を狙ってきた……?)
この男は私の足の怪我に気がついていると今の攻撃で確信できた。
いつだ?いつ気づかれた?
いいや、今はそんなことを考えている暇はない。
このまま戦ってもジリジリと追い詰められるだけで懸命ではない。
アーサーはまだ応援を呼べないのか?
このまま逃げるか?
誂えたように大穴も開いている。
アーサーが避難誘導を済ませているはずだし逃げれば魔王は自身の姿を見た私を追ってくるはずだ。勇者全員で戦えば魔王一人なら……!
(ダメだ!なんてことを考えているんだ私は!)
逃げるなんて絶対にありえない。
私が逃げたとして、目の前の魔王が私を追ってくるとは限らない。
ここで私が逃げることは、それは勇者としての、私の存在の否定。
戦わなければ……!
「ゴフッ……!?」
まとまらない思考が巡る中、突如として気分が悪くなった。
腹部と喉に違和感。全身の血の気が引いて、頭がクラクラとする。
加速する思考の中で、自身が吐血していることに遅れて気づく。
行動しようとする意思に反し、私の身体は動きを止めた。
「君さ、そこのゴミの爆破を近くでモロに食らったんでしょ?効いてると思ったんだよね。」
毒だ……。
いや、毒物とはまた違う、それに似たなにか。
爆発に使った魔力になにか細工がされていたんだ。
身体が痺れて動けない。
魔王は大鎌を両手で握りしめてこちらに近づいてくる。
「ずっと右足を庇ってたよね、怪我しているのかな?って狙ってみたんだよね。当たればいいし、外れてもこの通り。
無理に体勢を変えすぎたね、呼吸が乱れて動悸が加速したよ。」
魔王はゆっくりと近づいてこちらに大鎌を向けてきた。
最悪だな、ここで殺される。
勇者が短期間で二人も殺されるなんて、前代未聞だ。
いや、私以上に近くで爆破を受けていたアーサーがどうなっているか分からない。もしかすればもう既に……。
この魔王は用意周到すぎる、対策を立てなければ戦うことすらできないだろう。
……用意?
「最期に聞かせて。」
一つ、引っかかることがある。
魔王がここにいる、カナタが死んだ。この二つが繋がった時の辻褄が合う。
「いいよ。なに?」
魔王は私の言葉に抵抗する様子なく答え、大鎌を構えた。
「この国は、貴方と共謀しているの?」
この質問の“国“とは国王でも王子でもない。
カナタが死に、それを隠すため鑑識課に魔王の手のものを忍ばせることができる程の権力を持つ者。
それは、この国の上層でありながらそれ以上の権威を持てぬ賢老以外にはいない。
「へぇ、本当にすごいね君。いや、ここまでヒントを与えたら誰でも気づくかな?」
素直に認めた。
何が目的かは知らない。だが、勇者が邪魔になるような悪事だということは明白。
「とはいえ、今更気づいたところでもう遅いでしょ?」
魔王は構えた大鎌を振り上げ、そして振り下ろした。
“ガキンッ“
最期とは言ったが、そう簡単に死ぬつもりもない。
押される形にはなるが何とか小競り合いができる程に時間を稼いだ。
「あはっ!受け止めたね!どれだけ持つかなぁ!?」
無明の裁き
また魔術本のページが捲れると攻撃が一気に重くなった。
これは、身体強化の魔法か……。
いくら筋力が増そうが大鎌はガラティーンの強度なら受け止めることはできる。
でも……!
“ガクンッ“
右足の傷が開いた。
血の滴る冷たさを感じるし、力も抜けて膝を着いてしまう。このままじゃ踏ん張りが効かず押し負ける。
切り裂かれる訳にはいかない……!!
「解き放て!ガラティーン!」
電気伝導の解除から間が無さすぎて魔法を発動させられない。
それに陽光もたった数分しか溜める時間はなかった。
(お願い……!)
私は光るガラティーンを強く握りしめた。
「は……!?」
押し切れると確信していたであろう魔王は、困惑の表情を浮かべた。
ガラティーンは制御が聞かないほどに陽光を吐き出して大鎌を溶かし尽くしたのだ。
「それだけなのかい!?」
しかし、鎌を溶かしただけ。
切り替えた魔王はすぐに私の顔面に蹴りを繰り出してきた。
王級の身体強化を施していることもあり、直撃を食らった私の体は否応なく扉に叩きつけられる。
そして数瞬、意識が飛んでしまった。
目を覚ますと魔王は既にこちらに向かってきている。
目を開けようとしても、攻撃を食らった側の右目が見えない。潰れてしまったかな。
背中が痛い、全身の感覚も鈍い。
ガラティーンは……ない。魔法を使える気もしない。
最悪の状況が、さらに最悪になっただけ。
魔王はゆっくりと、更にこちらに近づいてくる。
「あ、まだ生きてる?」
そう言って近づいてくる。
身体はもう動かない。
死にたくないなぁ。
「ゆ、勇者様……?」
諦めて目を閉じた時、横から声が聞こえてきた。
資料を部屋に持ってきた従業員だ。
どうしてここにいる?
アーサーが逃がし損ねたのか。
「逃げなさい……。」
「で、でも勇者様すごいお怪我を……」
「いいから早く!!」
馬鹿。私がなんでこんな目にあっているかわかっていないのか。
「いいとこだったのに、外野は黙っててよ。」
気がつけば魔王は近くにいて、鑑識官を見てため息を吐いていた。
殺される。私も、あの人も。
「……んふっ。」
気持ちの悪いにやけ面でこちらを見た後、魔王の周りに浮かぶ魔術本のページが捲れ出した。
「君は立派だったよ。でも、いくら強くて立派でも、勇者は人を守るもの。
あの人を守れない君は一体何者なんだい?」
魔王は鑑識官に手の平を向けて魔法を形成し始めた。
豪炎球
両先端を捻じることで鋭角の作られた廊下を覆うほどの大きさの火球が出来上がっている。
「まって……」
そう言って体を起こそうとする私の胸を肋が折れるほど強く踏み潰して、ただジッとこちらを気味の悪い笑みを浮かべながら見ていた。
「お願い……、逃げて!!」
「いい声だ!僕が聞きたかったのはそれだよそれ!」
私の呼びかけは虚しく、魔王の形成した火球は鑑識官に向けて放たれた。
瞬間、時間はゆっくりに流れたと思う。
走馬灯というものだろうか、色々な記憶が脳裏を駆け巡る。
(お願い。パパ、ママ、誰か、誰でもいい、助けて……!)
そう願った瞬間、巨大だった火球が目の前から消えた。
魔王が慌てている様子を見るに本人が消した訳ではない。
「その娘は俺に預けてもらおう。」
聞き覚えのある声が告げると、私は地面に沈み込み、天井から落下した。
落ちた先では、受け止めてくれた誰かに抱えられていた。
瞳を開けて、入ってきたのは───
あの日、私が取り逃した黒ずくめの青年だ。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
ようやくね、ここから書きたい展開になって参りましたよ!
過去編、番外編と言う割に長くなりそうだけど、もう知ったことねぇって精神で書いてます。
ここから先はやりたいことひたっすら詰め込みます。
それから!ブクマしてこれからも気にしてくれると泣いて喜んで更新頻度が少し増すかもなので、どうかよろしくお願いします!




