10話:白い狼
俺は自分が魔力切れで倒れたと聞いてから魔法の練習をする時は無詠唱で魔法を使うことはしばらくやめようと思った。
「お疲れ様!」
魔法の練習を終えるともう日が暮れ始めていた。
日が暮れるまで水を作っていたから服がびしょびしょになってしまった。エルが風呂に誘ってきたが丁重にお断りしてザザにお願いした。
風呂から出ると食事が用意されている。
「アルタロム、進捗はどうだ。」
「お父さん!帰ってきていたのですね!」
食堂で父が先に食事を始めていた。
最近気づいたのだが、父はよく家を空けている。
何をしているのかは分からないが、家を出て行って数日に一度帰ってくるということを繰り返しているようだ。
「進捗ですか……」
答えずらい。正直に言えばあまり良くない。
一日でコツを掴んで中級まで使えるようになったフェルと比べて俺はまだコントロールが安定しないのだ。
「アルタロム、次の仕事に俺と来い。」
「はい……?」
「家の中に籠っていれば息が詰まるだろう。
一度外の世界を見るとなにか気づくものがあるかもしれん。」
「いいじゃない!アル 行ってきたら!」
急にパパと二人旅ですか。
ということで、俺は翌日パパに連れられて外に出ることになった。
「お母さん、こんなに着込んだら暑いですよ。」
「いいの!着込まないと寒くって震えちゃうよ!」
エルは本当に過保護だ。今は春だぞ。どうして毛皮のコートなんて着させるんだ。
「じゃあ、行ってらっしゃい!」
「あぁ。」
手を振り返す。外に出るなんて転生してから初めてだから少しワクワクしているが、どうやって移動するのだろうか。
「しっかり掴まっていろ。」
なんだろう、魔法で空を飛んでひとっ飛びということなのだろうか。いや、そんな魔法あったか?
父のコートをしっかりと掴むと、俺の想像と裏腹になにかに沈むような感じがした。
思わず目を閉じていると、父が俺の背中をポンと叩いた。
「着いたぞ。」
恐る恐る目を開けると、目の前には一面銀世界が広がっていた。
「え、ここはどこですか!?」
「転移したのだ。」
転移だと!?
空間魔法かなにかだろうか。
あれ、でも詠唱している様子なんてなかったし、一体どうなっているのだろう。
「この魔大陸北東の地は常に雪が積もっている。俺から決して離れるな。」
はい絶対離れません。こんな所でパパと離れたら遭難して死んじゃう未来しか見えません。
それにしても真っ白だ。陽光が雪に反射して眩しい。
こんなに晴れ渡っていてどうしてこんなに雪が積もっているのだろう。
その理由は夜になってすぐにわかった。
ここ、夜に雪が大量に降るのだ。それはもう大雪、風も強く吹雪と言っていいだろう。
「アルタロム 腹は満ちたか?」
「はい!」
土のドームを作って雪を凌いだ。
パパが使ったこの魔法は 大地の要塞というようだが、魔法教本で見た事がないということは上級以上の魔法なのだろうか。
「今日はもう眠れ、明日は早いぞ。」
パパはいつもこんなことをしているのか。この後は一体何をするんだろうか。
「アルタロム 起きろ。」
「んぅ、おはようございます……?」
どうしたというのだ、まだ外は真っ暗じゃないか。早いと言ってももっと寝かせてくれよ。
「へへっ、上手くいったな!」
外から男の声がする。
誰だ、パパが警戒しているということは知り合いではない。
「お前はここから動くな。」
(え、どうするのパパ?)
嫌な予感は的中した。パパは外を走っていた馬車に目掛けて突っ込んで行って、馬車をぶっ壊した。
(もしかしてパパがいつもしていたことって強盗ですか!?)
嫌な考えが頭をよぎった時、馬車の中からは大勢の獣人が逃げ出し始めた。
ボロボロの衣服に傷だらけの格好。
パパが何をしていたのか、わかったような気がした。
違法な奴隷狩りに巻き込まれた獣人達の解放。
(だから屋敷には獣人の従者たちが多かったのか。)
「クソ……せめててめぇも巻き添えだ!」
叫び声が聞こえた直後、場所を運転していた男がいきなり発光し始めた。
あ、これまずいやつだ。
爆発が起こり、その爆風に巻き込まれた俺のいるドームは崩壊した。
「くぅーん……。」
「なんだ、暖かい……?」
全身に痛みがあるが、どうやら無事のようだ。パパは一体どうなっただろうか。
「だいじょうぶ?」
頭上からたどたどしい喋り声が聞こえた。声の主に視線を向けるが暗くてよく見えない。
「えっと、大丈夫だよ。君は、お父さんかお母さんは?」
「わかんない、ドーンってなってみんなどこかにいっちゃった。」
さっきパパが突っ込んだ時か、みんなバラバラに逃げてたしこの子は逃げ遅れたのだろうか。
「きみがぴゅーんっておそらとんできたの。」
俺はあの爆発に巻き込まれて吹き飛ばされたようだ。頭が痛いのはあの頑丈な拠点をぶち抜いて飛んできたからか。
とにかく、まずはパパと合流することが最優先か。
「君は、この後行く宛があるのか?」
「あて……?」
あるわけないよな。見捨てる訳にも行かないし、一緒に連れていくか。
「手出して?」
こうも暗いと手を繋いでいないとすぐにはぐれてしまいそうだ。
「う、うん。」
すぐに言うことを聞いてくれた。
素直な子だ、あんまり抵抗しようとしない。
「えっと、まずは俺のお父さんを探そう。そしたら君のこともきっと何とかしてくれるから。」
雪が弱くなってはいるが、雪の降る森の中で俺は獣人と思われる子供と一緒にパパを探すことになった。
「うわ、足元気をつけないと滑っちゃうな。」
雪の下は分厚い氷のようになっていて踏ん張りが利かない。
日中の陽光で溶けた雪が夜の寒さで凍ったのだろう。
「転ばないように気をつけてね。」
「う、うん……。」
繋いでいる手から伝わってくる感覚でよちよち歩いているのが感じ取れる。
想像したら可愛いな。
それなりの距離を歩いた気がするが先が真っ暗すぎて見えない。
松明とかがあれば少しは明るくなるのだろうが今はそんなものを持ち合わせちゃいない。
「ねぇ、まえおっきいいしがあるよ?」
「え?」
俺には何も見えないが、どのくらい先のことを言っているのだろうか。
「君、周りが見えてるの?」
「うん。」
どうやら夜目の利く獣人だったようだ。
そういえば俺が飛んできたことを知っているということは見えていないとおかしいもんな。
「じゃあどこかに光とか、なにか見えないか?」
「え、うーん……あっち。」
「何があるの?」
「わかんない!」
そっか……。そうだよね、俺と同じか一個下くらいだもんな。
手を引っ張ってどっちの方向かは教えてくれたが、なにか助かるためのものがあればいいが。
「あ、まって!」
(な、なんだと言うのだ。君がこっちと言ったんだろう。反抗期か?)
バカのこと言ってる場合じゃない。この子だって自分が危ない目にあっていることくらいわかっているはずだ、ここは大人しく言うことを聞いておくか。
「グルルルルル……」
おっと、嫌な声。
一体何が来たのか鈍感な俺でもさすがに分かる。
重々しい唸り声に、この子のこの慌てよう……間違いない。
熊だ。
「こっち!」
引っ張られた後、ドーンッ という衝撃音が響いた。
多分、熊が腕でも振り下ろしてきたんだろう。
「助けてくれたんだよねありがとう!」
熊は刺激しなければ襲っては来ないのだ。きっと近づきすぎて攻撃されただけで背中を見せずゆっくりと離れれば攻撃されることなんてない。
「きてるよ!」
(来てるのね!もう手遅れですわ!!)
「来んな熊ぁぁぁぁ!」
出来ればやりたくなかったけど、やるしかない!
「炎の神よ 我の命に応じ力をお貸しください!」
火球
昨日、フェルに魔法の発動時に魔力の消費を少なくする方法を教えてもらった。
逆にフル無視して魔力を大量に放出すればその分強い魔法になる!
炎の光で熊の姿が見えた。
(あ、でかいわ。5mくらい?なんだこのサイズ馬鹿なんじゃねぇの!?)
火球 は前のようにどんどんデカくなっている。
「頭抑えて!」
俺が獣人の子にそう言ったのと同時に熊目掛けて火球をぶっぱなして、大爆発を起こした。
「ははっ、ざまぁみろ!」
おっと、口を滑らした。
命を奪ってしまって申し訳ありません。
「グォォォォ!」
「大人しく死んどけぇぇぇ!」
炎の中から熊が飛び出して攻撃してきた。
魔力切れギリギリでクラクラしているから避けられない。
万事休すだ。
恐ろしくてもう目を閉じることしか出来ない。
「アルタロム よくやった。」
パパの声がした。目を開くと、目の前に熊の頭が転がってきてパパが立っていた。
「お、お父さん……。」
涙が出てきそうだ。本当に恐ろしかった。
暴発事件以来の命の危機だ。いや、数年に一回こんなことが続けば命がいくつあっても足りないが。
「アルタロム、その子供はなんだ。」
「あぁ、気絶している所を助けてくれたんです!
行く宛てもないようだから一緒にお父さんを探してもらって……」
パパに説明をしようと獣人の子供の方の姿を見てあらびっくり。
汚れてはいるが、白い毛並みの美少年ではありませんか。
しかも犬耳。
「そうか、それならば近くに集落がある。そこに連れていこう。」
「い、いやぁ……」
なんだ少年、そんな急に抱きつかないでおくれよ。
「このこといっしょがいいの!」
(ふぁ?)
「……いいだろう、アルタロム 帰るぞ。」
パパは俺と少年を抱きあげてまた地面に沈むよにして転移した。
少年はと言うと、俺にくっついてすごく嬉しそうだ。
急な展開だが少年は俺のことを助けてくれたし、俺はこの少年と一緒にいることはやぶさかでは無いのだがね。




