「農協がマンドラゴラを出荷させてくれない」
「まったく! 農協はまったくっ!」
天才魔女ツムラさんの怒りたるや下半期一番であった。
マンドラゴラ。
数々の素晴らしき薬効を持つ、言わずとしれた希少植物。
ツムラさんは研究の末、この危険なる薬草の大量栽培に成功したのであった。
安定供給は農学界、引いては薬学の世界における革命。歴史に名を残す偉業である。
問題が、おきた。
出荷が、出来なかった。
農協が、断ったから。
「なんですか組合員登録って! なんですか出荷者登録って!」
JAの利用に組合員登録は必須である。当たり前である。
しかしビタ一文金銭を支払いたくないツムラさんにとって、それは不可能な事であった。
かくして農協出荷の道は途絶えた。彼女の背後には大量の在庫マンドラゴラ。
ツムラさんの怒りはとどまることを知らなかった。
「腹いせにマンドラゴラの絶叫を弟子ちゃんに浴びせてやりましょう。おーい弟子ちゃんこっちおいで」
「あ、おかえり師匠! どしたの?」
「この鉢の植物を引っこ抜いてみてください。とってもたのしいですよ」
「え? よくわかんないけどこれ引っこ抜kえええああああああああああががががががががあががあが」
「ざまぁみろ」
「あがががががががががががががが」
* * * * *
「――ひぃーん弟子が本気でグーパンしたあ……! ひぃぃーん……っ」
「一発だけですませた温情を評価してほしい……。それよりこの大量のマンドラゴラはなんなの……?」
「え、なんて?」
「耳栓はずせや」
「忘れてた。実はかくかくしかじかでして、マンドラゴラの大量栽培に成功したのです」
「え!? 凄いじゃん師匠! 結構高いんでしょマンドラゴラ?」
「しかし農協に出荷を断られた上に初期投資額がとんでもないことになりまして……。このマンドラゴラを捌けなければ大ピンチなのです」
「見切り発車だなあ……。ところでどういう栽培方法なの?」
「じゃーん! これぞ全自動マンドラゴラ栽培ハウス! 毎月100本のマンドラゴラを栽培、自動収穫してくれるのです!」
「そんなに!? マジですごいじゃん師匠!! 危険な収穫まで自動って、どんな魔法使ったの!?」
「改造ドローンに自動収穫プログラムを仕込みまして」
「科学の叡智だった」
「でも結局出荷できないんで全自動赤字発生ハウスになってるんですよね。めっちゃ電力使うせいで貯金もなくなっちゃって」
「まず稼働停止が先決だろ」
「もったいないですし……」
「損切りできないタイプだ……。株とか投資とか絶対やらないでよね」
「トランプ関税絶対ゆるさん……」
「手遅れだった」
「で、どうするのさ師匠。所狭しにマンドラゴラがあるけれど……」
「なんとか農協を通す以外の方法で売りたいんですけども」
「っていうかなんで断られたの?」
「組合員登録しろの一点張りで! 意味わかんなくないですか!!?」
「意味はわかるよ……。しなよ登録……」
「嫌です嫌です! ◯協なんて、地域性を利用していらん共済に加入させようとする極悪組織です! 絶対出資金なんて出しませんっ!」
「なんで今更伏せ字にしたん」
「怒られるかなって」
「手遅れが過ぎる。……でも流通を個人で作るってものすっっごく大変なんだよ師匠? 自分で交渉して、売り先確保して、出荷調整して。それを運んでくれる運送業者にも交渉しなきゃだし……」
「随分詳しいなこの弟子。さては実家が農家ですね」
「毎年実家からお野菜送ってあげてるじゃん」
「わすれてた。お返しにマンドラゴラをお送りしますね」
「私の実家を不良在庫の処分先にしないで」
「とにかく! このマンドラゴラを処分するんなら、農協さんの協力は絶対必要だよ! 私も一緒に行くから組合員登録しよ?」
「ええー、また行くんですかあ? はあ……。こんなことなら腹いせに窓ガラス全部割ってこなきゃよかったですね」
「後の祭りだった」
「では出発しますか」
「行ける胆力すげえな」
* * * * *
「ひいん。やっぱり駄目でしたぁ……」
「案の定警察沙汰になってたじゃん!? 大騒ぎだったよ!!?」
「いっぱいパトカー来てましたね。あの程度で……」
「遵法精神が低すぎる……。っていうかあの調子じゃ警察ここまで来ちゃうよ!?」
「安心してください。この敷地は公務員が入れぬよう強力な結界を張っております。ざまぁみろ!」
「公務員への憎悪が強いタイプの市民だ……。師弟関係考え直そうかな」
「弟子として、我が『意志』は継いでもらいませんと。少年漫画ばりに」
「有害指定図書だよその漫画」
「まあ警察はともかく、マンドラゴラが売れないとなりますと……。仕方がありません、最後の手段を使いましょうか」
「実家にマンドラゴラ送ってきたらころすぞ」
「最後の手段が潰された……。もう駄目です……」
大量の不良在庫を前に、完全に諦めるツムラさん。
多額の負債をどうしようかと、SNSで怪しい高額バイトを探し始めた矢先。
弟子ちゃんが、立ち上がる。
「……いや、こうなれば本格的に、自分たちで流通を作るしかないよ師匠!」
「え? しかし先程難しいと……」
「難しくったってやるしかない! それに成功さえすれば超安定した収入にもなるんだし! うおー燃えてきた!」
「弟子ちゃんってあれですよね。駄目人間を支えちゃうタイプですよね」
「駄目人間の自覚あったんだ」
* * * * *
「――まずは売り先の確保だね! マンドラゴラってどんな人達が欲しがるの?」
「やはり私と同じ魔女や錬金術師ですかね。特に薬で生計を立てている者でしたら欲しがるはず」
「まずはそういう人達に交渉してみよう! 師匠、早速魔女の友達に連絡してみて!」
「魔女の友達なんていませんが」
「っていうか友達いるの?」
「いませんが」
「(笑)」
「(殺)」
ツムラさんの怒りの弟子折檻。
返り討ちにあい、粛々と知り合いに電話をかけるツムラさん。よわい。
「二人ほど買ってくれるという人を見つけましたよ。数本程度ですが……」
「オッケーオッケー! 私は製薬会社にあたってみたんだけどさ、あとでサンプル送ってくれって!」
「おお、それは期待大ですね! うまくいけば一気に……」
「とはいえ楽観は出来ないよ! 薬剤関係以外で買うような所ってないかな?」
「一応珍味としても消費されているはずですがね。ほら、これを見て下さい。ピクルスにしても中々いけるんです」
「っていうことは飲食店も可能性あるのかな? よし、手分けして手当たり次第に声かけていこう!」
「私電話がけって苦手なんですけど」
「やれ」
「弟子が一段と怖い……。退職代行も考えましょうかね……」
「経営者アンタでしょ」
* * * * *
「――なんだかんだで一件だけ見つかりましたね。ここも数本だけとの事でしたが……」
「気に入ってもらえれば安定した売り先になるかも! 口コミで広がる可能性もあるしさ!」
「個人二名に飲食店が一件……。やはり少ないですね、製薬会社の方に期待しましょうか」
「よーし、次はブランド化について考えてみよう!」
「ブランド? そこまで考えるんですか?」
「そりゃそうだよ! ブランドが確立できればより高値での取引も可能だし、なにより信頼感にも繋がるしさ!」
「ふーむなるほど」
「そのためには安定した品質の確保が大前提だけど、そこは本当に大丈夫?」
「問題ありません。アホみたいに高級肥料ドバッドバ注ぎ込んでますし。私よりいいもん食ってますよこいつら」
「それはそれでコスト的に問題ありそうなんだけど……」
「そう考えたらだんだんムカついてきたな……。私よりいいもんを……。っあああぁあ~~~腹立つマンドラゴラの野郎!!」
「アンガーマネジメント研修にも応募しとくか……」
「それで!!? 具体的には何したらいいっつーんすかっああぁああ~~~!!!」
「ブランドを象徴するロゴと名前を考えよう!」
「ッああぁああーあんロゴぉ!!?」
「うるせえ」
「ごめりんこ。なるほどロゴですか。あまりデザインセンスはないのですが」
「私も自信ないけど……。まずは『ツムラ』から考えてみない?」
「ツムラ……。TSUMURA……。T……。あ、思いついた」
「お?」
「どうでしょう」
「パクリをパクるなよ」
「相手が先にパクってるんですから文句いってきませんよ」
「大元の方から文句言われるだろうが!?」
「そもそもこれが本当にパクりか否かに関してはまだまだ議論の余地が……。コンセプトというものがですね……」
「この場でせんでいいわ! 真面目に考えてよ師匠!?」
「んもう。時事問題に切り込んだ軽いジョークだというのに……」
「10年前からタイムスリップしてきたんかよ」
弟子ちゃんの折檻により、真面目に考えるツムラさん。
とりあえず魔女の帽子をあしらったデザインで落ち着く二人。
このデザインを元にして、大きな消しゴムでハンコを彫り始める弟子ちゃん。
(ふふふ……)
消しゴムハンコを作る弟子ちゃんを見ながら。
こういう所は子供らしいなと、微笑ましくなるツムラさんであった。
自然と笑みも溢れるというもの。
(うわ……)
一人でニヤニヤし始める師匠に気味の悪さを覚える弟子ちゃん。
怪しいことを企んでそうな、全くもっていやらしい顔である。
両者の溝は深まっていくばかり。
「師匠の笑顔で溝を深めるな」
「三十センチぐらい深まった。……そんなことより出来たよ師匠。どう?」
「中々かわいいじゃないですか。ブランド『ツムラ』の完成ですね!」
「ゆくゆくは段ボールにちゃんと印刷したいけど、今はこれで!」
「こっちの佐村河内ロゴも悪くないんですけどねえ」
「佐村河内はまた別件の奴だろ」
* * * * * *
「よし、次は運送方法について考えよう!」
「この程度なら普通に宅配業者使えばいいのでは?」
「塵も積もればなんとやら。販路が多くなれば、その分コストがかさんじゃうからね。自分たちで運べるならそれが一番!」
「ふむ。して妙案は?」
「そこを考えるのが天才魔女の師匠でしょ! なんか魔法でちょちょいっと出来ないの?」
「そうですねぇ。GPS機能付きドローン数機に自動飛行プログラムを仕込んでみましょう。行き先指定したら宅配してくれるように」
「頑なに魔法使わねえなこの魔女」
「方向感覚鋭敏な使い魔数匹に自動飛行調教を仕込んでみましょう。行き先教えたら宅配してくれるように」
「言い直しおった」
早速使い魔に調教を施し、飛ばしてみる。
天才魔女にかかれば簡単な事。知人と飲食店への宅配は無事終了。
得意気な顔のツムラさん。ご褒美に頭をわしわし撫でてあげる弟子ちゃん。
最早師弟関係は逆転しつつある。
「しかし長距離飛行となるともう少し大きな胃袋搭載しないとですね。数も増やさないと」
「販路が増えてから追々でいいよ。もう貯金もないんでしょ?」
「そこは安心してください。超高額バイトの募集を見つけまして。ほら、テレグラムでやりとりしてる所です」
「完全なる闇じゃねえかよ」
「常闇こそ魔女の領域――いざ混沌へと参りましょう」
「かっこよく言っても駄目だから」
引き止める弟子ちゃん。無理矢理出ていかんとするツムラさん。
引き止める弟子ちゃん。もちろん力負けするツムラさん。よわい。
観念し、果報は寝て待つこととしたツムラさん。
叩き起こされ、地道にバイトを探すツムラさん。よわい。
「あ、この高額バイト良さそう……」
「SNSで探すな」
「ひーん……」
* * * * *
ツムラさんがコンビニのバイトを初めて一週間後。
言い直せば、バイトをバックれて六日後の事であった。
弟子ちゃんの嬉々とした声で目覚めるツムラさん。
「師匠ー! きた!! きたよー!!」
「? なにがです、督促状ですか?」
「それは毎日来てる。――そうじゃなくて、製薬会社から! あのね、あのね! 毎月100本、安定して供給できるなら是非とも取引したいって!」
「……え、マジですか!? 生産量とピッタリじゃないですか!」
「1本毎の単価は低めだけど、これなら一気に安定して捌けるよ! やったね師匠!」
「さ、早速段ボールに詰めてハンコを押して……。ああ、しまった! ドローンが足りません!」
「今回はとりあえず宅配業者に頼もう! 早速準備しよ師匠!」
嬉しい悲鳴。
笑顔で労働に勤しむツムラさん。初めての経験であった。
気味の悪いニヤニヤは留まることをしらない。
深まっていく両者の溝。きもいったらありゃしない。
「だから笑顔で深めるな溝を」
「……あ。でも困ったね師匠。確か飲食店でも毎月5本ほしいって話だったし……」
「知り合い魔女達もリピーターになってくれそうでしたしね」
「そっちはごめんなさいするしかないかぁ。でも惜しいね、せっかくいろんな販路作れそうだったのに」
「……。単価的に考えれば、そちらに売る方が良いですよね?」
「え? まあそうだけど……」
「……。フルに稼働させれば、月120本……。否、130本もなんとか……」
「え、大丈夫なの?」
「天才魔女に不可能はありません! いや、むしろ二棟目の栽培ハウスも考えましょう! 電力供給も増やさねば!!」
「おお、珍しく師匠が燃えている……!」
「弟子、あなたは今後もガンガン販路を作りなさい! 栽培に関しては私がなんとかしましょう!」
「よしきた!」
かくしてマンドラゴラ栽培のフル稼働が始まる。
休ませる暇なく、延々と栽培を続ける温室ハウス。
日夜ハウス内にマンドラゴラの絶叫が響き渡った。
そして師匠の言葉を信じ、ガンガン取引先を増やしていく弟子ちゃん。
二社目の製薬会社との商談まで始まり、いよいよ大量のマンドラゴラが必要に。
己の商才に自信をつけ、小さな商人はたくましくなっていく。
天才魔女の言葉は正しかった。
毎月130本の供給を可能にし、続いた改良ハウスでは毎月150本を生産。
ドローンも多数配備。電力を補うため、特性発電機が増設されていく――。
* * * * *
三ヶ月後。
三棟目の大型ハウスに、大量のドローンが飛び交う魔女の館。
出荷調整のための小屋に、複数人のアルバイト。
たった二人で慎ましやかに暮らしていた生活とは、別物であった。
結果的にいえば、彼女のマンドラゴラ商売は大成功を収めた。
三社目の製薬会社との取引に加え、大小様々な飲食店との取引き。
口コミが口コミを呼び、個人の顧客も多数抱えた。ブランド『ツムラ』の魔女帽子が、世の中を席巻していく。
増えていく通帳の額。
とまらぬ笑顔のツムラさん。きもい笑顔である。
弟子との溝は深まる。
「ふんだ、笑顔をディスられたって構いませんもんね。これが金持ちの余裕というものです! へあっへあっへあ……!」
「……うーん」
しかし弟子ちゃん、この状況になんとも微妙な表情。
もちろん潤って嬉しいはずなのだが。実際、商談は楽しいものだったが。
「最近、魔法の手ほどきを受けていないなあ」という事に思い至る弟子ちゃん。
「……ねえねえ師匠。そろそろ拡大はいいんじゃない? もう充分だよ」
「何を言ってるんですか弟子! 今やマンドラゴラといえば『ツムラ』! どんどん成長し、ゆくゆくは世界を牛耳りましょう!」
「ええー、そこまでいくの……? もう充分稼げてるんだしぃ……」
「もっともっと稼ぐに決まってるじゃないですか! 既に四棟目も考えておりますし……。そうだ、そのためにはドローンと……。発電機も増設せねば!」
「ううーん……」
本格的に溝が深まっていくのを感じる弟子ちゃん。
しかし欲望にまみれた師匠に声は届かない。
嫌な予感を抱えながら、販路を増やしていく。
――弟子ちゃんの予感は、正しかった。
ある夜のこと。
もやもやを抱えながら寝ていた弟子ちゃんは、夜中に目を覚ます。
なんだか、妙な匂いがした。
「んん……? なんだろ、変な……。……え!?」
飛び起きる弟子ちゃん。
急いで師匠の元へと駆ける弟子ちゃん。
バシバシと頬を殴り起こす弟子ちゃん。つよい。
「ぶへあ!? 何事ですかッ!?」
「た、大変師匠!! 外! 外ッ!」
「な、なんです……?」
「燃えてる!! ハウスが!! 火事ッッ!!」
「……え!!?」
* * * * *
「――ッああぁあー!!? マンドラゴラハウスがァーッ!!?」
火災。
原因は、無理に増設した発電装置の数々。
メンテナンスも行わず、無理な稼働をしていた為であった。
「ど、どどどどどうしましょう、どうしましょう!!? どうしましょう弟子!!?」
「落ち着いて師匠! 消防には電話したから! 私達で出来る範囲の消火活動をしよう!」
「消火!? え、どうやって!?」
「水魔法使えるでしょ師匠! なんとかそれで消火しようよ!!」
「あ、そうでした! 水遁爆水衝波の術! オエエー!」
「魔法の世界観NARUTOだったの!!?」
口から水をドポドポ出すツムラさん。
火には一向に届かず、彼女の足元を濡らしていく。
チャクラがたりなかった。
「げえぇーもう駄目っ……! もうなんも出ませんっ……! ひぃーんっ……!」
「絵面的に嘔吐しただけで終わった……。嫌なもん見せないでよ師匠……」
「そんなことより早く! 消防はまだですか!?」
「あ! 来た! 来てるよ師匠! ほら、あそこ!」
「おお!」
消防士さんの動きは迅速であった。
ツムラ邸と比較的近い距離にあったのも幸いし、すぐにやってくる消防車。
これならば全焼は免れる。ひとまず安堵する二人。
が――。
「……!? なんかあそこで止まってませんか消防車!?」
「え!? なんで!? 別に塞がってないよね道!?」
止まる消防車。
サイレンばかりを響かせ、完全停止。
もう少しの距離なのに、何故か来ない。
「何してんですかもうっ!!? 早く来てくださいよ! このままでは家にまで火が……!!」
「……あっ。し、師匠……」
「なんです!!?」
「消防士って……公務員だよね……?」
「あっ」
* * * * *
――全て、燃えた。
公務員へと向けられた憎悪は巡り巡って、ツムラ邸を大火で飲み込んだ。
自業自得とは彼女のためにある言葉であった。
「全部燃えちゃったねえ、師匠……」
「…………」
流石のツムラさんもショックを隠しきれない。
取引先の信頼も失う事であろう。ブランド『ツムラ』の信用は失墜である。
マンドラゴラドリームは、終わりを告げた。
「稼いだお金は残ってるんだし。またおうち建てようよ師匠」
「家建てるだけですっからかんですよ。はあぁー……」
「いいじゃん、いいじゃん! 一から出直せば! こうして私達は生きてるんだし!」
「……なんです、やけに明るいですね。こんな状況だというのに……」
「最初に戻っただけだって! 元の細々とした暮らしに戻るだけ! そうでしょ?」
「まあ、そう言われればそうですが……」
「ひとつひとつ、やるべき事をやっていこうよ! 地道に、丁寧にさ!」
「……そうですね。やるべき事を、ひとつひとつ。うん、いい言葉ですね」
「そうそう! なんたって師匠は天才なんだから! その頭脳があれば、なんだって出来るよ!」
「むふ、そうですね。むふふ。なんたって天才魔女ですからね、むふっ」
「きもい」
「だから溝を深めるな」
きもい笑顔ではあるが、なんとか前向きになったツムラさん。
弟子ちゃんの頭をわしわし撫でてやり、自分の出来る事を考えていく。
ひとつひとつやっていくだけ。畢竟、生活とはその繰り返しなのだから。
「よし! では私に出来ることをやっていきましょう! すみません、少し留守にしますね!」
「うん!」
箒にまたがり、空を駆けていくツムラさん。
見送る弟子ちゃんの顔は晴れやかだった。
なんだかんだでたくましい師匠である。前向きになってくれたならもう大丈夫。
自分はそれを見守り、支えていくだけ。そう思う弟子ちゃんであった。
「――やってきましたよ弟子! 消防署の窓ガラス全部割ってきました!!」
「道徳教育の敗北だよもう」
弟子ちゃんの怒りの折檻。
泣き叫ぶツムラさん。反撃に転ずるツムラさん。返り討ちにあうツムラさん。
終わらぬ折檻。マンドラゴラばりに絶叫するツムラさん。
天才魔女ツムラさんの、いつもの日常風景であった。
~おわり~
関連作品
「賢者の石がチーズしか錬成してくれない」
https://ncode.syosetu.com/n2161jy/