6.たこ焼きパーティー
私達はアパートが並ぶ夕暮れの道を歩いていた。
道沿いのアパートは、どれも似たような造りをしていたが、目指す建物は少し新しく、洗練された雰囲気を漂わせていた。
エレベーターを上がり、22階の角部屋の前で立ち止まる。
インターホンのボタンを押すと、中から足音が聞こえ、すぐにドアが開いた。
そこには細身の男が立っていた。
彼の顔には人懐っこい笑顔が浮かんでいる。
「おお、有村お前も来たのか!」
彼は私の顔を見て、目を輝かせながら言った。
「お邪魔します〜」
私はカジュアルに答えた。
こいつはホームルームが同じクラスメイトの桜井だ。
整った容姿と爽やかな雰囲気を武器に、SNSでの総フォロワー数が100万人を超える男子高校生動画配信者として名を馳せている。
部屋に上がると、そこはさすが人気インフルエンサーの住処だけあって、おしゃれな家具が揃えられ、壁にはセンスの良いポスターが何枚か貼られていた。
部屋の一角には高性能な配信機材が並び、仕事と生活のバランスが見事に取れている空間だった。
「でもなんで、急にタコパ?」
私は訊ねた。
「いやぁ、旨そうな食材がたくさん手に入ったからな。お裾分けってやつだ」
桜井は冷蔵庫を開け、中からいくつかのタッパーを取り出してみせた。
透明な容器の中には、タコが数匹入っている。
鮮やかな赤色が食欲をそそる。
「わお、まるまる一匹じゃん。どこで手に入れたの?」
私は素直に感嘆の声を上げた。
桜井が答えようとしたその時、突然、激しいノックの音が響き渡った。
そして間髪入れず、勢いよく玄関の扉が開かれた。
息を切らしながら現れたのは蒼真だった。
彼の額には汗が浮かび、普段はクールな表情が乱れている。
どうやら全速力で走ってきたらしい。
蒼真は私たちを睨みつけると、特に桜井に視線を集中させた。
「桜井。あれは一体どういうことだ!?」
彼の声には怒りと焦りが混ざっていた。
「おお八神。どうしたお前まで」
呼んだ覚えのない蒼真が来たことで、桜井は純粋に驚いた様子だ。
「意外と暇なの?君」
真田が純粋な疑問をぶつけると、蒼真はため息をついた。
「違う」
彼はスマホを取り出し、画面を指差した。
「こいつに俺の裸写真を晒すと脅されたんだ。詳しく聞かせてもらおうか」
その恐ろしい剣幕に、桜井は両手を挙げて身の潔白を示そうとした。
「いや何の話!?有村お前なんかしただろ!?」
私が真田の部屋を出る前に送った文章は、『今からタコパ来ない?来ないならあんたのR18指定写真をバラ撒くぞって桜井が言ってるよ』というものだった。
蒼真は普通に誘っても多分来ないと思ったので、適当にカマをかけておいたのだ。
「『騙すなんて友達じゃない』んじゃなかったのか〜?」
状況を把握した真田が、さっき私が言った言葉を棒読みで当てつけてくる。
まあそんなことは置いといて。
男友達の家に来て最初にすることは一つだ。
「お、桜井またエロ本新調したんだ」
私は本棚から真新しい本を何冊か引っ張り出した。
カバーには過激なイラストが描かれている。
「勝手に見るんじゃねぇ!ったく、犬じゃねぇんだからあちこち荒らすな!」
桜井は慌てて私の方に駆け寄ってきたが、すでに遅かった。
「へぇ〜、こんなのまで。意外と渋いじゃん」
私は本のページをパラパラとめくった。
桜井が取り上げようとするのを避けながら、私は本を真田に押し付けた。
「ほら真田。あんたタダでさえ三大欲求乏しい人生送ってんだから、こういうとこでしっかり人間らしさを取り戻さないとね!これとかどう?『虚乳or巨乳?2人の間で揺らぐ性癖』。」
「いや要らないよ・・・・・・」
真田は普段ずっと機械イジリばかりしていて、食事はインスタント食品、睡眠は気付いた時に仮眠する程度の不規則な生活を送っている。
自分が動物としての本能を持つオスなんだってことを、体にわからせてあげないと。
すると桜井が割り込んできた。
「そういやお前、この間俺のスマホハッキングして保存済み画像見やがったよな?自分も性癖晒さないとアンフェアじゃねぇかな?」
真田の奴、そんなイタズラしていたのか。
蒼真は私達のやり取りに呆れたように首を振った。
「帰っていいか?」
「私、おかずは作れないけどオカズなら提供できるよ!」
私は両手を広げて宣言した。
料理は得意ではないが、エロ本ならビジネス関係でそこそこ知識がある。
「やかましいよ」
真田は頭を抱えた。
「まあそろそろ八神が帰っちまいそうだし、始めてくか」
桜井は目のあたりを指で軽くこすりながら、猥談を切り上げることにした。
彼は冷蔵庫のドアを開けると、必要な材料を次々と取り出し始めた。
小麦粉がテーブルの上に置かれ、その横には卵のパック。
タッパーに入ったタコにソースの瓶、鰹節の袋、刻まれたキャベツの入った容器も続いて並べられていく。
青のりやマヨネーズといった細かな調味料まで抜かりなく用意されていた。