2.悪魔の一限対面試験
朝。静寂を裂くように、十台の目覚まし時計が一斉に鳴り響く。
耳障りな電子音が狭いワンルームに反響し、壁に貼られたポスターが微かに震えた。
私は重い瞼を持ち上げ、片目を開ける。
もう片方は半開きのまま、意識が現実と夢の間で揺れている。
布団から伸ばした腕は、まるで他人のものであるかのように、機械的に目覚まし時計のスイッチを次々と止めていった。
一台、二台、三台・・・最後の十台目がようやく沈黙すると、部屋にはまた静寂が戻る。
私は大きく背伸びをして、体を起こした。
「アンタとの付き合いも長くなったね。相棒」
右足首に嵌められた電子足枷に向かって自嘲気味に語りかける。
青く点滅するLEDライトが、足枷の存在を主張していた。
ベッドの端に腰掛け、目をこすりながら部屋を見回す。
散らかった教科書、前日に脱ぎ捨てた制服、空のカップ麺の容器。
どれも私の怠惰を象徴しているようだ。
「はぁ・・・毎朝起こしてご飯作ってくれる彼女がほしい・・・・・・」
独り言を呟きながら、ようやく重い体を引きずるようにしてキッチンへ向かった。
冷蔵庫はほぼ空っぽで、賞味期限ぎりぎりの食パンがかろうじて救いだ。
私はパンを乱暴にトースターに放り込み、ボタンを押した。
無造作に髪をとかし、制服に着替えながら、今日のテストのことを思い出す。
一限に対面試験なんて、どこの悪魔が考えた罰なのだろう。
上からスクールソックスを履くと、小型の足枷は目立たなくなった。
こうすれば、何の変哲もないJKの出来上がりだ。
周りの誰も、私がシステムに監視されていることに気づかない。
トースターから飛び出したパンを掴み、ジャムを塗る余裕もなく齧りながら、教科書とノートをバッグに詰め込む。
時計を見ると、既に時間ぎりぎりだ。
「また走るのか・・・・・・」
袖を通さずにブレザーを羽織ると、鞄を肩にかけて玄関へ向かう。
扉を開けて外に出ると、マンションの廊下の天井に取り付けられた監視カメラが、冷たく私を見下ろしていた。
足を進めながら、この国の至る所にある監視カメラを意識する。
街角に、駅に、コンビニに、学校に。
それらは全て学事課の中央管理システムに繋がり、私たちの一挙手一投足を記録している。
特に私のような『要監視対象者』は、より厳しい監視下に置かれている。
一度学事に目をつけられれば、逃げることはできない。
私は今日の試験会場である校舎に向かった。
早朝の通学路はまだ人が少なく、遠くから聞こえてくるのは電車の音と鳥のさえずりだけ。
そんな静寂を破るように、ポケットの中でスマホが震え、通知音が鳴った。
スマホを取り出し、画面のロックを解除すると、ユキからのメッセージだった。
「起きてる?せいぜい遅刻しないことね」
短いメッセージだが、その文面からはユキ特有の突き放すような優しさが伝わってくる。
私は返信を入力した。
「お目覚めの『ちゅー』が欲しいです」
スマホの画面を見つめながら返信を待つが、既読マークがついたまま、しばらく経っても返事は来ない。
見捨てられたか。
そんなやり取りをしていると、気がつけば試験会場である大学の校舎に到着していた。
「えっと・・・28-611・・・28-611・・・あった!ここか。」
ようやく探し当てた教室に入ったところで、一人の少女と目が合う。
「おはようございます、有村さん」
優しく微笑みながら近づいてくる彼女は、薫子。
ユキと同様、私の数少ない親友の一人だ。
いつも完璧にアイロンがけされた制服を纏う、大和撫子。
「おはよ、薫子。」
私は軽く手を振り返しながら挨拶し、隣の席に鞄を降ろした。
「昨日は勉強できました?」
「ま、まあ・・・出来るだけ頑張った。うん。」
思わず目をそらしてしまう。
実際は昨夜、ソシャゲに夢中になり、ほとんど勉強していない。
しかし、それを正直に言えるほど強くはなかった。
「あんたが泊めてくれたら、もっと頑張れたのになぁ。」
「すみません。そうしたい気持ちは山々ですが、門限が厳しく・・・・・・。」
薫子の親は厳格な人物らしく、夜遅く帰宅することも家に誰かを泊めることも許されていないらしい。