030 到着
数多の樹木が壁として立ちはだかるも、まるで薄っぺらい紙のようにその役割を果たさない。
ティオの体は次々と大樹に大穴を空けながら、遥か彼方へ消えていった。
「ティオ!」
「テメェ!」
遅れて、動き出すアリシアとセレス。
両者ともに、先の戦闘で溜まった疲労を怒りで上書きすることで超人的な動きを可能としていた。
『――――ふむ』
その殺気に反応した魔人は、いったんモニカへの攻撃を止め、その場から飛び退く。
同時に、魔人の足場となった地面が大きく凹み、周囲に強風が吹き荒れた。
「くっ!」
「なんだ、これはっ!」
困惑するアリシアたちから一定の距離がある場所へ魔人は着地。
そこでも同じように、耳をつんざくような衝撃音とともにクレーターが生じることとなった。
魔人がわざわざ、アリシアたちに当たるわけでもない足場に向かって攻撃をする必要はないはず。
ということはつまり――
「おいおい、そんなことあり得んのかよ……」
冷や汗を流すセレス。
そんな彼女の言葉を受け、アリシアも神妙な面持ちで頷く。
「ええ、どうやら間違いないようですね」
常軌を逸した速度での移動。
巨人の時以上の威力を有した殴打。
そして、奴が踏み込むだけで大きく凹む大地。
それらを総合して出た推測を、アリシアはゆっくりと口にした。
「この魔人が小さくなったのはサイズだけ……質量、そして保有する魔力量は変わっていません……!」
そう言葉にし、アリシアは改めて現状の厳しさを悟った。
当たり前の話だが、巨体を動かすにはそれだけのエネルギーが必要となる。
可動域が大きくなるため速度も落ちるし、攻撃時の接地面積が増えるとそれだけ受け手が浴びる力も分散することとなる。
だが、今のコイツは違う。
サイズだけが自分たちと同じ水準になっただけで、質量と魔力量は同じ。
すなわち、パワーとスピードに関しては先ほどまでとは比べ物にならないほど上昇したことになる。
それだけでも、アリシアたちにとっては敗北を確信させるほどの最悪な状況だが。
だが、ここからさらにもう一つ、追い打ちをかける要素が存在していた。
その要素とはずばり――
『それだけではないぞ。今の私には、これまでになかった知性が存在する』
「……っ!」
――魔物にとっては最大の弱点であるはずの知能。
それが、会話を可能とする水準まで高くなっていた。
魔人自ら、言葉で説明してきたのがその証拠だ。
しかし、ここでふとアリシアは違和感を覚えた。
先ほどから魔人が告げる言葉の数々だが、普通の会話とは違い、まるで脳内に直接語りかけられるような感覚があったのだ。
「2人とも、気付いてますか?」
そのことをセレスとモニカに確認してみる。
どうやらセレスは言われてから初めて気付いたようだが、モニカは既にその原因まで突き止めていた。
「これは多分、【魔力念話】に近い何か。あの魔人が言語を習得したわけではなく、思念を魔力にのせて送り出しているだけ。それで直接わたしたちの魔力に働きかけた結果、意味だけが伝わっているんだと思う」
「……なるほど、そういうことですか」
まとめると、両者ともに魔力を有している場合のみ発動可能な通訳の魔術といったところだろう。
魔人は無意識に使っているようだが、かなり高難易度の技術だ。
それをまさかこの一瞬で習得するとは……
「知性を得た魔人……本当に厄介ですね」
ある程度の状況は把握した。
ただ、疑問に思っていることは他にも存在する。
相手が会話に応じてくれることを期待し、ゆっくりとアリシアは切り出す。
「……質問をよろしいでしょうか? 私が先ほど放った【アストラル・ブレイド】はあなたを滅ぼすには十分な魔力が込められていましたし、その手応えもありました。なのにどうしてあなたは無事なのですか?」
『ほう、そんなことが気になるのか』
つまらなさそうな表情を浮かべつつも、どうやら魔人は応じてくれる様子だった。
『簡単な話だ。私はあの時、貴様の白い魔力を防ぐことを諦め吸収することにした』
「吸収? そんなこと、できるはずが……」
『貴様の言う通り、それは可能性など万に一つもない事象。仮にその時点において私に知性があったなら、試そうとすら思わなかっただろう』
魔人はそこで一度言葉を止めた後、得意げに両腕を広げて見せた。
『だが、事実として吸収は成功した。私が元から有していた黒の魔力の大部分は消滅させられたものの、それを代償とし白い魔力の中和に成功。結果的に私は黒と白が入り混じった強力な魔力を獲得し、同時に知性も得ることができた……どれ、少しだけ披露してやろうか』
「……っ!」
そう言いながら、魔人は体から灰色のオーラを放つ。
アリシアは思わず、そのオーラから身を守るように両腕を前に翳した。
(この魔力は……! 確かに、これまでとは明らかに質が違います!)
圧倒的高密度の魔力に、常軌を逸した身体能力。
そして魔術を用いてとはいえ、会話を可能とする高い知能。
危険度は青天井で膨れ上がる。
以前アリシアたちが敗北したスカイドラゴンなど、もはや比較にすらならない。
この魔人は冒険者の町『グラントリー』はおろか、国ごと滅ぼしかねない最強の脅威となった。
付け加えるなら、その性質上この魔人は他者を吸収することでさらに強くなる可能性がある。
既にその実力はSSランクをも大きく上回っているはずだが、今がこの魔人にとっては最弱の状態といえるだろう。
叩くとしたら、ここしかない。
そう頭では理解できているものの、アリシアは前に踏み出すことができなかった。
(……やはり、どう考えてもレベルが違いすぎます! ティオを欠き、さらに私たちは先ほどの形態を倒す中で力を使い果たしました。こんな状態では、この魔人を倒すどころか撤退することすら……)
悔しさのあまり、ギリッと歯を噛み締める。
そんなアリシアと見て、セレスとモニカも改めて今がどれだけまずい状況であるかを理解した。
対する魔人は、そんな三人を見て楽し気な表情を浮かべる。
『そう案ずるな。心配せずとも、貴様らは今一度この私が喰らってやる。そして私はさらなる高みへと至り――やがて神をも殺してみせよう』
「神を……殺す?」
「何だそれ、本気で言ってんのか?」
「魔人のくせに、生意気」
三者三様の反応を見せるアリシアたちだが、魔人に動揺の気配はない。
それどころか、ドス黒い笑みを零しながら――
『ククッ、当然だ。それに足る力が今の私にはあるのだから。そしてその第一歩が貴様らだ。貴様らはこの【魔人】の――否、【魔神】の一部となるのだ。せいぜい最期にその栄誉を噛み締めるがよい!』
「「「――――――」」」
それが最後の宣言だった。
言葉を交わすのはここまでだとでも言うように、魔神はその強靭な足腰で大地を踏みしめた。
生じる地震、吹き荒れる砂塵。
まさしく破壊の権化が、その本能に従い三人へと突撃する。
だが、二度目の攻撃を簡単に許す程【晴天の四象】は甘くなかった。
「その動きは、さっき見たばっかなんだよッ!」
『ほう』
セレスによる渾身の横薙ぎが、ゴウッと大気を切り裂いた。
敵が速くなったのなら、そのエネルギーごと利用してやればいい。
そう考えカウンター気味に放った一撃が、一直線に魔神の喉元へと吸い込まれていく。
だが――
『甘い』
「なっ!」
ガンッ! と。
周囲一帯に響く重低音とともに、セレスの剛剣が止まる。
魔神の喉元には、いつの間にか灰の魔力で生み出された魔力障壁が存在しており、それがセレスの攻撃を易々と受け止めたのだ。
結果として魔神にダメージを与えることは叶わず、できたのはせいぜい一瞬動きを食い止めることだけ。
まさしく絶望的な光景。
しかし、
(いいえ、まだです)
その間にもアリシアは加速し、魔神の背後へと移動していた。
先ほどの会話により時間を稼げたおかげで、僅かとはいえ魔力が回復している。
このタイミングなら――
「【ライトニング・スピア】!」
雷を纏った突きを秒間20回のペースで放つ秘技。
一撃一撃の威力は決して高くないが、セレスに意識が向けられた中でなら間違いなく命中するはず。
そう確信していたからこそ、続く光景に息を呑み込むこととなった。
『……ふむ』
「――ッ!?」
魔神は視線だけでアリシアを一瞥した後、自身を守るように数十の魔力障壁を展開した。
問題はその形とタイミング。
一つ一つに込められた魔力量は少なく、強度も低い。
にもかかわらず、技量だけで見事にアリシアの突きを逸らすことに成功していた。
紙一重の攻防。
外部からはそう見えるかもしれないが、そこには歴然たる差が存在していた。
『遅く――そして軽いな』
「ッ、しまっ!」
これまで防御に徹していた魔神だが、突如として魔力障壁を操作し反撃を仕掛けてくる。
それによってアリシアの長剣は上空へと弾き飛ばされた。
武器を失いガラ空きとなった腹を目がけ、魔神の殴打が迫る。
「【突槍炎禍】!」
しかしその刹那、モニカが炎属性の上級魔術を放つ。
その魔術は今度こそ、隙を見せた魔神へと向かい――
『ぬるいな』
魔神が翳した手に触れた瞬間、跡形もなく消滅し――否、吸収された。
「……そんな」
動揺するモニカ。
そんな彼女に対し、魔神は呆れたような様子で告げる。
『……先ほどの話を聞いていなかったのか? 偶然とはいえ、この身は一度強靭な魔力を吸収した。この程度の魔術相手に再現するなど容易いことだ』
「そんな……!」
力による一撃、速度による連撃、魔術による攻撃。
その全てがたった一度の攻防で無力化された事実に、アリシアは言葉を失った。
(この国に……いえ、世界にすら、こんな化物と戦える人間いるはずが――)
『茶番はここまででいいだろう』
「――なっ、ッッッ!?!?!?」
魔神の右腕が、一瞬だけブレた。
その直後、気付いた時にはもうアリシアの体は後方へ吹き飛ばされていた。
「くうっ……!」
背中に衝撃。
どうやら大樹にぶつけられたらしい。
ティオの時ほどの威力はなかったようで、体が大樹を貫くことはなかった。
とはいえダメージは甚大。
今の一瞬で一体何をされたのか。
アリシアは戸惑いながら周囲に視線をやる。
「うそ……」
そして、絶望に目を見開くこととなった。
「くうっ、やられた……!」
「……っ!」
狙われたのはアリシアだけではなかった。
セレスとモニカも攻撃を浴びたようで、それぞれが大樹に背中を預けながら必死に痛みを堪えて居た。
敗北。その単語が脳裏を過った。
そんな中、魔神は悠々と歩を進めアリシアたちに近づいてくる。
その手には先ほどアリシアが手放してしまった長剣が握られていた。
『なるほど、これが武器だな。私には必要ないだろうが、物の試しといこう』
そう呟きながら、魔神はアリシアに視線を戻す。
確かな殺意が込められた視線だった。
すぐ前にまでやってきた魔神は、アリシアを見下ろしながら言葉を投げかける。
『何か、最後に言い残すことはあるか?』
「っ、私は……」
せめて最後に抵抗しようにも体が動かない。
体中に負ったダメージに加え、今度こそ魔力が完全に尽きてしまったのだ。
『……哀れな最期だな』
長剣を高く掲げる魔神。
その狙いがアリシアに定まる。
「アリシア!」
「……っ、逃げて」
「……ごめんなさい、2人とも。どうやらそれは難しそうです」
セレスやモニカの声が聞こえるも、ここからではもうどうしようもない。
死を覚悟したアリシアは、せめてとばかりに敵意を込めた視線を魔神に向ける。
だが、その程度で何かが変わることもなく、
『では、死ね』
アリシア目掛け、とうとう魔神の剣が振り下ろされ――
キィィィィィン! と、剣と剣がぶつかり合う甲高い音が響いた。
「…………え?」
アリシアは自身の目を疑った。
目の間で起きている出来事が現実のものだと信じられなかったからだ。
そしてそれは、どうやらアリシアだけではないらしい。
「おい、どういうことだ……?」
「……びっくり」
『……貴様はいったい』
セレスにモニカ、そして魔神すらも戸惑いの声を漏らす。
それもそのはず。なぜなら――
「何が何やらって感じだが……とりあえず、コイツを倒せばいいんだよな?」
魔神の攻撃を止めたのは他でもない。
――魔力すら持たないただの剣士、ユーリその人だったのだから。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
面白ければ、ブックマークや広告下の「☆☆☆☆☆」から評価していただけると幸いです。
作者のモチベが上がりますので、ぜひよろしくお願いいたします!




