026 よし、決めたぞ
「そうだ、森に行こう!」
アリシアたちとの最後の特訓日から翌日。
俺――出水 悠里は『夕雲の宿』の自室でそう叫んでいた。
これには幾つか理由がある。
まず1つ目。ふと自分の荷物を確かめていたところ、ある物を見つけたからだ。
金色に輝く石――俺が異世界にやってきた初日に出会った、白色の犬から友好の証にもらったものである。
また時間ができたら会いに行こうと考えていたわけだが、ここ数日はアリシアたちとの特訓があったのと、筋肉痛が治りきっていないという事情もあり、大きく動くことはできなかった。
しかし今日は予定がなく、体も絶好調。
遊びに行くにはまさしく絶好の機会だ。
そうと決まれば――
「よし、行くか!」
俺は剣だけを手にし、犬と出会った森に向かうのだった。
◇◇◇
「ふんふふんふふ~ん」
数時間後。
俺は鼻歌を鳴らしながら、意気揚々と森の中を歩いていた。
「ガルゥゥゥゥ――ギャウン!?」
「バウゥッ! ――バウン!?」
「Kisyaaaaa――Gyau!?」
その途中で襲い掛かってきた魔物は、核だけを正確に斬るという省エネの動きで全て倒していく。
なんだかやけに数が多い気がするが、気のせいだろうか?
「あー、そういや少し前にウォルターが最近は森に魔物が多く出現するみたいなこと言ってたっけ?」
もしかしたらその影響かもしれない。
まあ、前回戦ったスライム以下の魔物しか出てこないから、大した問題はないんだけど。
そんなことを考えながら歩いていると、とうとう目的地に到着した。
森の中に突如として生える、ひと際巨大な大樹。
前回はその大樹の洞から、この金色の石をもらったわけだが……
あの時の犬は今どこにいるだろうか?
『気配感知』を使って探そうとしたその時だった。
「クゥゥゥ~ン!」
「おっ、犬!」
鳴き声がしたためそちらに視線を向けると、そこには艶のある白色の毛並みが特徴的な犬がいた。
いた、のだが……
「……アレ? お前、そんなにサイズ大きかったっけ?」
なんかめちゃくちゃ育っていた。
前回は俺の腰より低いくらいの高さしかなかったが、今は胸元よりも高い。
あれからまだ10日程度しか経ってないのに、こんなに成長することがあるのだろうか?
「それともまさか、あの時とは違う犬だったり……」
「バ、バウッ! バウバウッ!」
しっかりと確かめるためにじっと観察しようとした途端、犬はその場で俺に向かって腹を見せながら鳴き声を上げた。
おお、これは確か犬が見せる友好の証!
間違いない、あの時の犬だ!
サイズに関してはやっぱり大きくなっている気がするが、ここは異世界。
まあ、そういうこともよくあるんだろう。
ほら、成長期とか。
「そんなことより久しぶりの再会なんだ。遊ぶとするか!」
「ク、クゥゥゥ~ン!」
俺の言葉が理解できたのか、犬は嬉しそうな鳴き声を上げるのだった。
それから数十分ほど、俺と犬はじゃれあって遊んだ。
それが聞こえてきたのは、その最中のことだった。
『■■■■■■ォォォォォォ!』
「……なんだ?」
とても人のものとは思えない叫び声が鼓膜を大きく振るわせた。
声が幾重にも重なって聞こえることから、恐らく発信源は遠い。
にもかかわらずこれだけの声量。いったいどんな化け物が叫んでいるんだと突っ込みたくなるくらいだ。
その正体を探るべく声のした方向に視線を向ける。
すると、すぐにそれは見つかった。
恐らく、ここからの距離は2キロほど。
何やら黒い靄に包まれた巨人が、大樹の中から姿を見せていた。
ここからだと正確には分からないが、少なくとも40メートルは超えている。
いきなり進撃してきそうなくらいの大きさだ。
あれも魔物の一種なのだろうか?
俺が倒したスライムや、今日ここにくるまでに狩ってきた魔物とは明らかにオーラの格が違った。
「ク、クゥゥゥウウウン」
「犬?」
その時、ふと犬が恐怖に打ち震えるかのように弱弱しい声を漏らした。
どうやら犬はアレに恐れを感じているらしい。
できることなら今すぐ倒して安心させてやりたいところだが、肝心なアレの強さが俺には分からない。
果たして俺に倒せるレベルの存在なのだろうか?
しかし、その直後だった。
黒い巨人を観察する俺に目に、驚くような光景が飛び込んでくる。
巨大な木々を飛び越えて、巨人に迫る2つの人影が見えたのだ。
金と赤の長髪が目立つ彼女たちを、俺はよく知っていた。
「あれは……アリシアとセレスか?」
間違いない。あの2人だ。
そんなことを考えているうちに、続けて矢と魔術らしきものが下から巨人を襲う。
おそらくティオとモニカによるものだろう。
「……状況がよく分からないが、とにかく【晴天の四象】の皆があの巨人と戦っているみたいだな」
しかし、あれだけ攻撃を浴びせているにもかかわらず巨人が倒れる気配はない。
心なしか、たびたび視界に映るアリシアたちの表情も険しい。
どうやらあの巨人は、Sランクパーティーのアリシアたちでも手を焼くほどの敵みたいだ。
……マジかよ、とんだ怪物じゃねえか。
「うおっ! ……こんなところにまで衝撃がくるのか」
そんなことを考えていると、巨人の攻撃による衝撃でここまで揺れ始めた。
まさしく規格外の破壊力を持った怪物と、今もアリシアたちは戦っているのだ。
きっと猫の手でも借りたい状況に違いない。
そんな中で俺にできることは何か。
必死に考えた末、一つの答えにたどり着く。
「よし、決めたぞ」
そして俺は、迷うことなく全力で告げた。
「――今すぐここから、全力で逃げよう!」
……えっ? アリシアたちの援護にいかないのかって?
いやいや無理無理。Sランクパーティーが苦戦してるところに俺がいっても足手まといが精々だろう。
それなら巻き込まれない範囲に逃げた方がよっぽどマシだ。
とまあそんなわけで、俺と犬はすぐさま避難を開始することにした。
「いくぞ、犬」
「クゥゥゥ~ン」
念のため、戦闘の余波に巻き込まれないように犬も連れて行く。
――はずだったのだが、その方針はすぐに破綻した。
「ガルルゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウ!」
「バウッ! バウッ!!!」
「キシャァァァァァアアアアア!」
重なり合う、幾重もの魔物たちの鳴き声。
まるで俺たちの行く手を阻むように、大量の魔物が姿を現したからだ。
「……いや、違うな」
『気配感知』を使ってみたところ、どうやら魔物がいるのはここだけではない。
数十、いや数百の魔物たちが黒い靄の巨人に向かって進行していた。
「まさか、あの巨人が仲間を呼んでるのか?」
そうとしか思えない動き。
しかし、もしそうならアリシアたちが危ない。
魔物たちのほとんどは俺でも倒せる程度の低級モンスターとはいえ、数が数だ。
もし黒い靄の巨人と【晴天の四象】が拮抗しているようなら、外部からの介入でその均衡が崩れる可能性がある。
悩んだ末、俺は一つの結論を出した。
「仕方ない、できるだけ削っておくか」
黒い靄の巨人ならともかく、この程度の魔物なら俺でも問題なく倒せるだろう。
懸念点があるとすれば、この場には犬がいるということ。
戦いながら完全に守り切れるかは不明だ。
というわけで、
「なあ、犬。できれば魔物たちに狙われないよう、その辺りで身を隠して――」
「ガゥゥゥゥッ!」
「――え?」
その時、想定外の光景が視界に飛び込んできた。
犬が俊敏な動きで魔物に襲い掛かったかと思えば、その勢いのまま鋭い牙で熊型の魔物の首を嚙み切ったのだ。
それだけではない。
倒れていく熊型の背中を足場とし、そのまま隣にいる魔物に飛び移ると、同じように牙や爪を使って次々と倒していった。
俺はごくりと唾を呑み込む。
「お前、そんなに強かったのか……?」
低級相手とはいえ、これだけ一方的に魔物を蹂躙するとは……
ただの犬とは思えない奮迅ぶりだ。
なぜこの犬がこれだけの力を持っているのか。
その答えは一つしかないだろう。
「そうか……お前はただの犬じゃなく、すごい犬だったんだな」
間違いない。
俺の直感が正しいと告げている。
これからは敬意を込めて、犬ではなくイヌと呼ぶことにしよう。
ランクアップだ
「っと、今はそんなことはどうでもよくて」
とにかく、イヌには自衛できるだけの力があることは分かった。
これなら俺も気にすることなく魔物の殲滅に集中できる。
「よし、やるか」
『気配感知』の範囲を広げた俺は、そのまま小さく唱えた。
「――【無音の風断ち・迅】」
昨日、街中に出現した魔物にも使った【無音の風断ち】。
その改良版――威力を落とす代わりに飛距離と斬撃数を増やした、対多数を想定した殲滅用の新必殺技だ。
俺はここから届く範囲で、できる限り多くの魔物を斬り続けた。
斬っても斬っても新しい個体が出現するため、最終的にその数は1000を超えていただろう。
変化が訪れたのは、3分ほど経過したタイミングのことだった。
「……なんだ?」
何やら不思議な気配を感じた俺は、その場でバッと振り返る。
すると驚くことに、先ほどまで巨樹から上半身を覗かせていた巨人の姿がいなくなっていた。
「もしかして、アリシアたちが倒したのか?」
まだ戦闘が始まってからそこまで時間が経っていないだろうに、さすがはSランクパーティー。
大したもんだと改めて尊敬の念を抱いていた、その直後。
俺の『気配感知』が、凄まじい速度で飛んでくる人影を捉えた。
その人影は障害物が数多くある大森林の中だというのにもかかわらず、一直線に吹き飛んでいた。
行く手を阻む樹木を全て貫いているのだろう。
――いや、違う。様子がおかしい。
その人影から覇気を感じない。
そう、まるで自分から飛んでいるのではなく、何かに吹き飛ばされたような――
「考えるのは後だ」
嫌な予感がした俺はその場で力強く地面を蹴り、一息の間に人影へと接近した。
――そして、飛び込んできたその少女を受け止める。
「マジか……」
その少女の姿を見た俺は、驚きのあまり思わずそう声を漏らした。
大森林の中にあってもひときわ輝く翡翠の髪に、少しだけ先の尖った耳。
その手には真っ二つに折れた弓が握られており、さらに苦しそうに自らの腹部を押さえていた。
その少女のことを俺はよく知っていた。
「ティオ、生きてるか?」
その呼びかけに対し、彼女――ティオ・オータムは虚ろな瞳でこちらを見る。
「……どうして、あんたがこんなところに……ごほっ」
吐血していることからも分かるように、ティオは明らかに大ダメージを受けているようだった。
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