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020 噂と気配感知

 翌日。

 ペット捜索のクエストを達成した俺は、その足で冒険者ギルドに向かっていた。


 昨日の模擬戦の後、俺は筋肉痛がなくなるまで魔物と戦うのは控えようと決めた。

 ただ、それでも当然先立つものは必要になってくる。

 そこでしばらくの間は薬草採取や、戦闘以外のクエストを受けてお金を稼ごうと考えたのだ。


 そう思ってギルドにやってきた俺だったが、なぜかギルド内で冒険者たちがざわついていた。


 何かあったのだろうか?

 そう疑問に思っていると、冒険者の1人が俺に気付く。


「ユーリか」


「ウォルター」


 それは2日前、俺に冒険者のイロハを教えてくれた先輩ウォルターだった。

 挨拶を交わしたのち、俺は何があったのか尋ねてみた。

 すると、


「何でもここ数日、【デッドリーの大森林】の様子がおかしいらしい」


 デッドリーの大森林といえば、俺が初めてスライムを倒した場所だ。


「おかしいって、具体的には?」


「本来は森の奥地に生息しているはずの強力な魔物が姿を見せる頻度が増えているとのことだ。DランクパーティーがCランクの魔物と、CランクパーティーがBランクの魔物と遭遇するようなことがたびたび起きているらしい」


「それってまずいんじゃないか?」


 強制的に自分より強い魔物と戦わされることになれば、いつ命を落としてもおかしくないはずだ。

 そう思って投げた俺の質問に、ウォルターはコクリと頷く。


「だからこうして騒ぎになっている。聞いた話によると、少なくとも入り口付近での目撃情報はないとのことだったが……もしかしたら()()()()()も、それ絡みの出来事だったのかもしれない」


「……?」


 先日の一件? 何かあったっけ?

 俺が戦ったスライムは普通に低級モンスターだったから違うだろうし……


 心当たりのない言葉に首を傾げる俺に対し、ウォルターは続ける。


「あの時のように倒せるのは稀有な例だ。その証拠に、多くの冒険者たちは傷を負いながら撤退を選択している」


 ……ふむ。

 よく分からないが、今の発言的にウォルターも似た状況に遭遇しながら、格上相手の討伐に成功した――という理解でいいだろう。

 さすがは熟練の冒険者だ。


 俺が改めて尊敬の念を抱いていると、ウォルターが真剣な眼差しをこちらに向けている。


「とにかく、森に足を踏み入れる際は気を付けることだ……もっとも、お前にとってはいらぬ心配かもしれないが」


「そうだな」


 ウォルターの話が正しければ、入り口付近に強力な魔物は出てこないとのこと。

 森の奥地を探索する予定のない俺には特に関係のない話だろう。


 と、その時だった。

 再びギルド内がざわざわと賑わい始める。

 ただ、その発生源はここではなく扉付近からだった。



「おい、あれってもしかして【晴天の四象】の……」


「ああ、『碧の賢者』様だ」


「それにしても珍しいな、一人なんて。いつもはパーティーメンバーと一緒にしかギルドでは見かけないんだが……」



 ……『碧の賢者』?


 どこかで聞き覚えのある単語だなと思いながら視線を向けると、そこにはローブを来た青髪の少女がスタスタと歩いていた。

 やっぱりモニカだ。


 彼女はまっすぐ俺の方に来る。


「やっほ、ユーリ」


「おはよう、モニカ」


 あれ、もう昼だっけ? と思いながらとりあえず挨拶を交わす。

 すると、



「おいおい、誰だよアイツ。賢者様と気軽に話してやがるぜ」


「この前来た新人だろ。ほら、魔力がないっていう」


「いったい、どんな関係なんだ……?」



 ところどころからそんな会話が聞こえてくる。

 さすがSランク冒険者。かなりの有名人みたいだ。


 そして、驚いているのは周囲だけはなかった。


「お、おいユーリ。何でお前とモニカがそんな親し気にしてるんだ?」


「ん?」


 ウォルターからもそう訊かれてしまう。

 何と答えるべきか悩んでいると、モニカは続けてウォルターに視線を向けた。


「おひさ、ウォルター」


「あ、ああ」


 どうやら2人も顔見知りらしい。

 ということはまさか……


「確かウォルターって新人育成をよくやってるんだったよな? もしかしてモニカにも俺の時のように色々と教えてあげたのか?」


「バカ言うな! コイツらはそもそもの格が違う、この町で活動し始めた時は既にAランクに達していたくらいだからな」


「ふむ」


 なら、普通に同じギルドで活動していく中で顔見知りになったってところか。


 ぐいっ ぐいっ


 そんなことを考えていると、いつの間にかモニカが俺の袖を掴んで何度も引っ張っていた。


「ユーリ、もう約束の時間。アリシアが待ってる」


「そうだな、そろそろ行くか」


「アリシアの名前も出てくるのか。何が何やらだが、まあお前だからな……」


「?」


 どうやら俺たちの関係についてウォルターの中で答えが出たらしい。

 どういう経緯かは不明だが、納得してくれたようで何よりだ。


 その後、俺は改めて依頼達成報告と薬草の換金を行った後、モニカに連れられて【晴天の四象】の活動拠点パーティーハウスに向かった。



 ◇◇◇



 それからしばらく、特訓の日々が続いた。

 ギルドでクエストを受け、時には薬草を採取し、アリシアとの模擬戦を行う。

 徐々に筋肉痛の痛みは軽減し、繊細な動きによって技量が研ぎ澄まされていく感覚があった。


 模擬戦の際、常に観戦していたのはモニカ。

 普段は魔術の研究に熱心らしい彼女だが、なぜか俺たちの戦いには興味津々のようだった。


 そんなある日のこと。

 突然モニカがこう言った。


「わたしも、ユーリに何か教えたい」


 というのも、だ。

 そもそもこの特訓が行われるようになった最初のきっかけとして、俺がモニカを助けたことがある。

 なのに張本人である自分が何も返せていない現状に不満があるとのことだった。


 しかし、実際に何をしたらモニカから俺への礼になるのかが問題となった。

 剣についてはアリシアとの模擬戦だけで満足してるし、そもそもモニカは剣を使うことができない。

 しばらく悩んだ末、モニカは手をポンッと叩いて言った。


「そうだ、なら感知の方法を教えてあげる」


「感知?」


「そう。これを知っていたらすごく便利。周囲に魔物が現れたらすぐに気付ける」


「……ふむ」


 それは確かに便利そうだと俺も思った。

 【時空の狭間】では真っ白な空間に俺一人しかいなかったため、周囲の気配を探るような鍛錬はしてこなかった。

 その部分を補えるようになれば、俺はさらに成長することができるだろう。


 ただ、ここで重大な問題が一つ。


「それじゃ教えてもらえるか?」


「わかった。まず、自分の魔力を薄く周囲に広げて――」


「……俺、魔力ないんだけど」


「あっ」


 一瞬で破綻した。

 そう、モニカは優れた魔術師であるため、何をするにも魔力を使った方法しか知らなかったのだ。


「ごめんユーリ、ちょっと先走った」


「まあ仕方ない、気にするな」


 正直、一度は期待しただけに多少なりとも残念な気持ちはあるが。

 そんな俺の気持ちが表情に出てしまったのか、モニカはふるふると首を横に振る。


「ううん。一度提案した手前、ここで退くのはわたしの魔術師としてのプライドが傷付く」


「何か他に方法があるのか?」


「もちろん」


 自信満々に小さな胸を張るモニカ。

 どんなウルトラCが出るのかと期待する俺の前で、モニカはたまたま今日この場に来ていたティオの肩を掴んだ。


「というわけで任せた、ティオ」


「……どういうわけなのか、一から説明してくれない?」


 呆れた様子で頭を抱えるティオ。

 俺も口から出かけた『そこで他人に頼るんかい!』というツッコミを必死に呑み込み、モニカの説明を聞くことにした。


 モニカ曰く、ティオはエルフ族の中でも優れた才能を持つ天才。

 エルフ族はその特性上、一般には知れ渡っていない様々な技術を使用することができるのだとか。

 その中には魔力を使わない『気配感知』もあり、ティオはその達人らしい。


 再び回ってきた大チャンス。

 この機会を逃すまいと、俺はすぐさまティオに頭を下げた。


「頼む、ティオ。俺にそのやり方を教えてくれないか」


「…………はあ、仕方ないわね」


 しばらく間が開いた後、ティオがやれやれといった素振りを見せながらも頷いてくれた。


「教えてくれるのか?」


「まあ、あたしも貴方に『真偽看破』を使って迷惑をかけたりしたから、そのお詫びって形なら……ただ、あたしが使う『気配感知』はあくまでエルフ族の特徴を活かしたもの。貴方が習得できる保証はないけど、それでもいいのね?」


「もちろんだ、恩に着る!」


「ちょっ……!?」


 喜びのあまり、俺は思わずティオの手を取り感謝を伝えた。

 するとどういうわけか、見る見るうちに彼女の顔が耳の先まで一瞬で赤くなる。


「は、離してもらえる!?」


 そのまま彼女は慌てた様子で俺の手を振り払った。


 いきなり女性の手を握るのは失礼だったかもしれない。

 そう反省していると、隣にいるモニカが囁き声でその理由を教えてくる。


「ティオは女性しかいないエルフの里で育てられたから、男が苦手」


「……そうだったのか、すまない」


「は、はあ!? 何テキトー言ってるのよモニカ!? Sランク冒険者のあたしに苦手なものなんてあるわけないでしょ!? 貴方も謝らなくていいわ! ……謝らなくていいから、その代わり一定の距離を保ってくれる!? それが教える条件だから!」


 見るからに明らかな強がり。

 どうやらモニカの言葉は本当らしい。

 距離感には気をつけなければと思いつつ、こうして俺はティオから『気配感知』のコツを教えてもらうことになるのだった。




 特訓が始まるや否や、ティオは真剣な声色で注意事項を語り始めた。


「言っておくけど、一朝一夕で覚えられるとは思わないでね? あたしですら、幼い頃から修行を続けて10年以上かかったんだから」


「そんなにかかるのか……」


「ええ。あたしたちが使う気配感知とは、ズバリ()()()()()()()()()()()()()。それを可能とするためにはまず、自分自身を正しく知る必要があるの」


 そんな前置きの後、ティオは具体的にその方法を教えてくれた。

 とはいえ方法自体は単純で、その内容は()()に近い。

 深い集中状態の中、自分に向き合い続けることで完全なる自己を確立し、それ以外のものを異物として認識できるようになるのだとか。


 そこまでが初期段階。

 とはいえ最も重要な過程なので、そこまでたどり着ければほとんど習得できたといっても過言ではないらしい。


 ティオの指導のもと、実際に試してみることにした。

 自分自身に向き合い、その本質を深く理解する――


(あれ? これって……)


 ――そこで俺は、不思議な感覚を覚えた。

 なぜだろう。すごく馴染みがある。

 まるで昔から幾度となく繰り返してきた動作のように、無意識のうちに自分を把握することができた。


 そうか、これは――


(俺が【時空の狭間】で1000年間、やってきたことそのものじゃないか)


 あの場所に俺以外の存在はいなかった。

 そんな中で修行を続けるには、ひたすら自分と向き合うしかなかった。

 それゆえ、俺はいつの間にか自分自身を知ることができていたらしい。


 まさかの状況に、思わずくすりと笑みが零れる。

 それを見たティオは俺の集中力が切れたと勘違いしたのか、得意げな表情で話しかけてきた。


「あら、苦戦しているみたいね。でも気を落とさなくていいわ。あたしは天才だから10年で習得できたけど、並のエルフなら20~30年はかかる高等技術で――」


「できたぞ」


「――え? 今、なんて?」


「いやだから、自分自身を理解できたって言ったんだ。次の段階に進めてほしい」


「ま、待ちなさい。こんな短時間でできるわけないでしょう? いいわ、それなら本当に習得できたかをあたし自ら確かめてあげるわ!」


 エルフ族の間で昔から伝わる技術なだけあり、習得段階を測るための方法もティオは知っているらしい。


 その後、俺はその方法を試すことになったのだが――


「うそ、でしょ……本当にもう初期段階を突破してる……? というかこの練度、既にあたしを超えている気が……」


 ――見事、本当だと証明できたらしい。

 とはいえこれはあくまで初期段階。

 この後、俺はティオからより実践的な方法について教えてもらうことになった。


「ありえないありえないありえない。こんなこと、現実に起こっていいはずが……」


「どんまい、ティオ」


 まあ、本人がだいぶ落ち込んでいた様子だったので実行までにはかなり時間がかかったんだけど。

 ティオを慰めるためのに協力してくれたモニカやアリシア(後で合流した)には、また何かお礼をしなければと思った。



 そんな風に特訓の日々を過ごすこと、約10日後。

 とうとう、最後の特訓日が訪れるのだった。

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◇カクヨム版


『世界最強の<剣神>は、自分を低級剣士だと思い込みながら無自覚に無双する』


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