015 魔力なしの噂 【晴天の四象】side
――ユーリとウォルターが、ケイオススライムと遭遇したのと同じ頃。
冒険者ギルドの応接室にて、4人の人物がソファに腰かけていた。
それぞれ3人と1人に別れ、テーブルを挟み向かい合っている。
そのうちの一方――【晴天の四象】側は、「めんどくさいから」と言って来なかった『紅蓮の剣豪』セレス・サマーを除いた3人が。
向かいの席には、精悍な顔立ちが特徴的な40前後の男性――この冒険者ギルドのギルドマスターである、レヴィン・ジオネルスターが1人で座っていた。
今回の経緯を聞き終えたレヴィンは、頭を押さえながら口を開く。
「つまりなんだ……この町が誇る唯一のSランクパーティー【晴天の四象】ですら敵わなかったスカイドラゴンを、一瞬で倒した何者かがいるってか?」
その問いに対して頷いたのは、美しい金色の長髪が特徴的な少女――パーティーリーダーを務める『煌刃』アリシアだった。
「はい、恐らくは」
「……スカイドラゴンはSランク指定の魔物だぞ? それを一瞬で倒すような奴がいるなんて、とてもじゃないが信じられないな……」
「衝撃を受けているところ申し訳ありませんが……もしかしたら驚くのはまだ早いかもしれませんよ」
「なに?」
これ以上の衝撃的な情報があるのかと、レヴィンは訝しむような視線をアリシアに送る。
それを受けたアリシアは、横にいる青髪の少女――『碧の賢者』モニカを見た。
「実は戦闘後、合流したモニカにスカイドラゴンの死体を調べてもらったんです」
「なるほど。確かに賢者様なら、残された魔力の残滓からその正体を追うことも可能ってわけか……それで結果はどうだったんだ?」
「何もなかった」
「は?」
「魔力の残滓は一切なかった。多分、スカイドラゴンは魔力を使わずに倒された」
「……ま、待て待て、待ってくれ。そんなことがあり得るのか!?」
モニカの説明を聞きたレヴィンは、驚きのあまり思わずその場で立ち上がった。
その慌てる様は、事情を知らない者からすれば間抜けなようにも見えるが、アリシアたちは決して笑ったりしない。
戦闘後に魔力の痕跡が残らない――つまりモンスターと戦う際に魔力を用いないことは、それだけ彼女たちにとってあり得ないことだったからだ。
「もちろん、世の中には闘気と呼ばれる魔力を用いない戦闘手段があることは存じています。ですので一応、私たちの中で唯一闘気を使えるセレスに、闘気だけでスカイドラゴンを倒すことができるかどうかも尋ねたのですが……」
『闘気だけでSランク魔物を倒すぅ? 無理無理、闘気はあくまで魔力ありき、2つを併用することで最大限効果を発揮するんだ。どれだけの達人だろうと、闘気だけならせいぜいがCランク止まりだろうよ』
そんな回答が返ってきたことを伝えると、レヴィンはこくりと頷く。
「そりゃそうだ。魔力を使わずにSランク魔物を倒せるなんてまずありえない。しかしそうなると、他にあり得るのは……魔力を外に漏出しない特殊なスキルによるものと考えるのが自然か」
「……まあ、その可能性が一番高いわよね」
レヴィンの推測に賛同の意を示したのは、ここまで無言を貫いていた『翡翠の守り人』ティオだった。
ティオが自信を持ってそう告げたのには理由がある。
彼女はこの世界で数少ない複数のスキル持ちであり、その中には今挙げたような外部に魔力を漏らさないものも存在していた。
もちろんスキルである以上、使用時に魔力が必要であることは変わりないが、魔力の痕跡を残さず攻撃するだけなら可能というわけだ。
何はともあれ、スカイドラゴンを倒したのは特殊なスキルによる攻撃である――それがこの場にいる全員の共通認識だった。
しかし、これだけではまだ肝心の正体や、目的については何もわかっていない。
もし善意ある通りすがりの実力者が倒してくれただけならいいが……もっとも厄介なのはスキルの保有者が魔物の場合。
スカイドラゴンを超える力を持つ存在が、気まぐれに力を振るっているだけだったりした場合は、もうどうすることもできない。
考えるのに疲れ切ったレヴィンは一息つくため、数十分前に淹れた冷め切ったコーヒーを一口飲む。
そこでふと、あることを思い出した。
「さっき登録してきた魔力なしが、その正体なら話は楽だったんだけどな……」
「魔力なし? 何のことですか?」
「ああ、実はな――」
その呟きに反応したアリシアに対し、レヴィンは少し別の話題に移るのもいいかと思いつつ話し始めた。
ほんの数時間前、ギルドにある青年が冒険者登録をしにやってきた。
しかしその青年は世にも珍しい魔力なしで、登録するのに一苦労したと。
場を和ませるような軽い気分で話すレヴィンの前では、アリシアが無言でぷるぷると震えていた。
「どうした煌刃? 厠か?」
「違います! 何でそんな大事なことをこれまで黙ってたんですか!? このタイミングで現れた魔力なしなんて、超重要参考人じゃないですか!」
「いやいや、ついさっき魔力なしじゃSランクに勝てないって結論が出ただろ? それにウォルターの野郎がいつもみたいに絡みに行ってた時の会話を聞くに、魔物との戦闘経験もないらしいしな」
「そんなの嘘をついているだけかもしれません……ティオ」
「……はあ、仕方ないわね」
アリシアの呼びかけを聞き、ティオが少しだけ呆れた様子で髪をかき上げる。
すると、先のとがった長耳がちらりと顔を覗かせた。
彼女はエルフ族。そしてその中でも一部の者しか使えない『真偽看破』のスキルを有していた。
そんな彼女の前では、決して意図的に嘘をつくことはできない。
その人物に対し「あなたはドラゴンを倒したか?」と尋ねれば、一瞬で全てが明らかになるだろう。
「けど珍しいわね、アリシアがそこまで必死になるなんて。そこまで正体が気になるの?」
「そ、それもありますが……」
自分が少し先走り気味なのは自覚している。
それでも、もしあの時自分たちを助けてくれた人が近くにいるのなら、直接会って感謝を伝えたい。
それが今、アリシアを突き動かす一番の理由だった。
そしてその後、なんとかレヴィンからその人物の名前を聞き出すアリシアたちだったが――
「……ユーリ?」
――意外にも、真っ先にその名前に反応したのは、ここまで大した興味を見せずにいたモニカなのだった。
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