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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第二章
99/156

99 動きたい、動けない

 常時ジオを守護するように焚かれる炎。

 彼から離れれば離れるほど効力が落ちる。

 千尋はその傾向を承知の上で、無理に再度接近を試みる。

 全てはこの一件を早々に終結させるためだ。


「これは……完全に僕の行き先を防ぎに来てるね。せめてジオに近づければって思ったのに……——」


 けれど眼前に燃え盛る火焔の障壁は横一線。

 千尋は前へと動きたいのに、動けない。

 校舎から敷地を仕切る内壁まであり、高さも人が飛び越えられはしないだろう。一応は敷地外に出て大回りすることで、この灼熱の炎壁そのものは避けられる。だけど校舎敷地内の木々や青草の一部を軽く焼いたことで、ジオの発現能力はエネルギーの助力を得た格好となり、すぐに対策してくると予想出来る。厚さも熱さも不明で、軽視は思う壺。

 つまり千尋の後退は許すが、前進は許可しない火力。

 何もかも見透かしたような無意識だ。


「——あと。一瞬だけ見えた……ジオが力尽きて倒れていた……気を失っただけなら良いけど、もしものことがあるし……ああ……——」


 この火焔の主人であるジオが倒れたということは、発現能力の限界が間近であることを意味する。つまり放って置けば時期に足掻く炎も雲散霧消してしまうだろう。当初の千尋ならば目標達成の瞬間であったが、現在はこうなる以前にジオをどうにか出来るはずだったと奥歯が砕けそうになるくらい噛み締める。込み上げる自責が、瞳孔を湿らせる。


「——僕は、どこまでも無力だ……」


 未知の異能により体力が枯渇する。

 それ即ち、生命の危機に瀕してしまうかもしれない。

 しかも校舎内の環境の破壊にも繋がっている。

 みんなで過ごした自然のアルバムが、事実焚べられる。

 もう千尋は、些細な思い出はもちろん誰も失いたくない。

 ソフィアがいなくなった五年前からの決心。

 どれを間違えた。何をしくじった。

 後悔の思念は、無意識の業火よりも罪深い。


「おいっ千尋ー聴こえるかー!? 聴こえるなら返事でも、なんか物音でもいい、返してくれー」

「え、その声……苑士郎? なんでまだ……えっと——」


 逞しく勇敢でちょっと粗暴な言い回し、なのに他人を慮る優しさが閉じ込められた馴染みの声。それはずっと視界の片隅にすら映らなかったことから、とっくに逃げ帰ったものだと千尋が勝手に判断していた……苑士郎からの叫び。


 どうしてこんな危ないところにまだ居るんだと、もしかしてずっと機会を窺っていたのかと、訊ねたいことなら枚挙に暇がない。何はともあれ、まずは返事をしないといけないと考える。だが、この炎の障壁のせいで言葉が届き難く、千尋個人の体力の消耗もあるが元々大声にも自信がないからと、代わりに諸手を何度か力強く叩く。


「——おおっ、ナイス拍手だ。じゃあそのままで俺の言うことを聴くだけで良い。どうやらジオの能力は全部、千尋に向かって行ったみたいだからよぉ……俺が今、現在進行形で倒れてるジオを救出するつもりだ。炎のせいでちょっと呼吸がしにくいが、こっちはなんとかなりそうだ。だから千尋は千尋で脱出してくれっ!」

「は、ええっ? ああいやでも……そうか——」


 苑士郎のセリフを千尋は咀嚼する。

 そうして今一度、現場を冷静に見回す。

 ジオの状態はどうか。

 千尋と苑士郎の位置関係はどうなっていたか。

 発現能力の火力がどちらに偏重しているか。


「——能力が僕に集中しているのなら、苑士郎の方面はおそらく隙だらけだ。ということは、ジオが倒れているのも見えているし、突っ込むのなら今と考えるのも解る……だって逆の立場ならきっと、僕も苑士郎みたいにするはずだからね」


 苑士郎がジオの発現能力の起源を解明しているのかどうかは千尋には分からない。呼吸がしにくいという主張も実感がない。だけど、ここに来てジオへの救援は願ったり叶ったりだ。

 理屈は知らなくても、何も問題はない。ただ火の元からジオを離してくれさえすれば良い。そうすれば生物が炎を畏怖する要因から、無事忌避することと同義。どうあって結果的にみんなが助かりさえすれば良い。


「……っと。クソっ、もう気付きやがったか!」

「苑士郎? どうしたの?」

「悪りぃ千尋っ! もうすぐそっちに行ってた炎の一部が俺の方にやって来そうだ! これは……ジオへの助けが難航しちまいそうだっ」

「なんだって……それ——」


 千尋はジオの救出よりも、苑士郎が発現能力の餌食にならないかと危惧する。放置だけでも解決はするであろう状況、なのに苑士郎が被弾してしまう二次災害なんて以ての外だ。

 そのように思案した千尋は、自信はないけれど渾身の大声で、苑士郎への撤退を要求するために叫ぼうとする。


 例え掠れても、吃っても、命には代えられないと。

 遠慮なく息を吸い込み、らしくもなく大口を開ける。


「——苑士っ……ちょっと待って……これって」


 裏返った第一声の刹那、千尋は眼前の光景に注視した。

 それは炎の障壁の効力が揺らいだ様子。

 つまり弱体化して、ときおり隙間が生まれている。

 うつ伏せになったままのジオ。

 接近を試みたであろう苑士郎。

 二人の姿も視界に捉えることが出来るくらいに。

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