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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第二章
98/156

98 なぞれない者

 外気は再度、極地的に熱気を帯びていく。ジオによる発現能力のエネルギーが、枯渇するまで暴走を継続させるという意志が暗に示唆され、それがついに本格化した状況。

 ただ所詮は、奥底にこびり付く残滓をなんとか捻り搾り出しただけの、じたばたともがくような動力資源。しばらくジオを放って置けば短時間で勝手に自滅することだろう。左腕を被弾するまでの千尋は、その方法こそが最適だと思い、遁走せず消耗戦の策を打っていた。

 けれど戦闘とは、人と他人(ひと)との対峙とは、盤上の騎士たちを定石を持ってして進め、一定の展開を牛耳りつつ、ときおり発生する機運に乗るか降りるかの選択肢を強迫され、妥協折衷が支配を掴む。


「もしかするとさきに謝って置かないといけないのかもしれない。でもジオ、折角僕に火熱への耐性があると分かったんだ……つまり、逃げ惑うだけである必要が無くなった——」


 千尋は迷わず、機運の助力を得てして波に乗る。

 これは妥協であり、ある意味で支配にも通ずる。


「——行くしかない。ジオの体力が完全に無くなる前に決着するのなら、多少深追いになるとしても、その方が遥かに良い」


 そう言って、ひっそりと千尋は息を呑む。

 影を落とすように気配を薄々とさせる。

 抜き足と忍び足を交互に数歩行う。

 いつだったかメドウが苑士郎に、背後からドッキリを仕掛けて驚かせていたときの見様見真似。

 これらはあまり意味を成さないかもしれないが、少しでもジオの虚を衝く確率を上がるんじゃないかと実践する。


 元々そんなに目立つタイプでも無いし、身体能力も特段秀でているわけでも無い。効力の格差だって留意すべきだ。まだジオによる無意識化で横暴な発現能力という出鱈目な矛先に、千尋なんとか対抗出来るくらいの付け焼き刃を装備したに過ぎない。用心するに越したことはない。


「うぉあぁぁぁ……あぁぁ……うぐっ、あっ……」

「声が途絶え始めた……なら、ここでっ——」


 体力によるものか、声帯の困憊か、発現能力の限界が近い兆しか。千尋には一瞬で断定することは出来ないけれど、どの理由にしても、ジオの集中力と胆力が欠如したと概算するには余りある情報材料だ。

 ならばこの瞬間こそが、逆転攻勢を仕掛ける好機。

 物音を立てない歩行を止め、いざ疾風の如くスプリント。

 最短距離、最短時間、効率的道筋を駆け抜ける。


「——このまま、うぐっ……もうちょっと、耐えて……」


 しかし千尋の身体が想像より言うことを聞かない。

 両脚の回転率が悪く、上半身もスムーズに動かない。

 ずっとジオの体力のことばかりを案じていた。

 でも当然、相対した千尋にだって疲労は蓄積する。


 ジオによる火焔を耐え忍び、ひたすら回避行動に終始。

 千尋自身があっさりと燃え尽くされないための脈絡思考の構築に、日々日常でなかなか実践しないであろう所作を連続して行使した。その結果齎されたのは、頭脳の一時的な萎縮化に、急激な筋力の駆動による細やかな損傷と、身体の支柱となる骨格への累積ダメージ。寧ろ今まで、よく言う通りに、思い描いた通りに動けていたくらいだ。


 千尋は良く相手を鑑みて、善戦してここまで来た。

 でも少しだけ、彼自身の悲鳴にも耳を傾けるべきだった。


「このまま、何事もなく最速でジオのところに辿り着けば——」


 千尋とジオ、双方の地点を一線で結ぶ道のりを疾走。

 何もかも千尋の想定内ならば、炎の柱を掻い潜ってジオを捕まえることが出来る算段。けれど儚く、その切望は妄想の住人となる。


 千尋の運動速度が、騙し騙しのうちに鈍り出す。

 そんな付け入る隙を、発現能力が見逃すはずがない。

 最適解をなぞれない者に、御都合主義は訪れない。

 対立する正義は、一方に肩入れしない。

 強者ではないのなら尚更そうだ。


「——……くっ。やっぱりこの速さじゃ、火の渦に巻き込まれる。どうする……少なくとも左腕には耐性があると分かったけど、僕の身体全てがそうである確証はない。それにこれはあくまで耐性であって、無効化をするわけでも、消失させられるわけじゃない……根本的にジオの炎を無くせない」


 ジオとの一定の距離を保ったうちの一つの火の渦が千尋に迫る。いや正しくは、千尋とジオの直線上の道のりの障害となって塞げている。


「これなら、迂回すれば良いだけ……——」


 最短距離では無くなるが、何もこの道筋に拘る必要もない。普段よりも冴え渡らない思考になったとはいえ、盲目的な一辺倒のプランしか提示が出来ないほど、千尋も衰えてはいない。危険と機転は隣り合わせ、芳しくは無いなりに、持てる余力の大半をここで使う。


「——うん。これで……えっ?」


 千尋は停止せず、威勢を殺さず、間一髪で火の渦を躱す。

 これがセカンドプラン、発現能力の意表すらを突いた……そのはずだった。

 だが真実はこうだ。千尋は立ち止まり、勢いを殺さざるを得なくて、火の渦を躱せなかった……いや、今まさに気絶したジオと、火の渦が変形して千尋専用の障壁となったこと、そして本日最大級の過熱を放ち、そのセカンドプランも粉砕した。


 これはもはや対千尋専用の妙策と化している。

 どんなに左腕を伸ばしても、届いてくれない。

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