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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第二章
96/156

96 被弾

 ジオによる火玉の追撃は、初撃の射線から脱線したように旋回して、標的の千尋にスライスしながら身体側面を狙い撃たんとする。それは完全に予想外の軌道で、あわよくば最初の火玉と同じであれと願った千尋の隙を嘲笑う変化球となり果てた。


「くっ……これは——」


 千尋は火玉の強引な捻じ曲がりをなんとか把握したまでは出来たものの、横跳びした余力が平衡感覚のズレに直結して、脳裏に描いた理想的な回避運動をこなせそうにない。理想では二撃を躱し、三撃の備えも可能な後退の動作に移りたかった。

 しかしこのまま無理やり後退しようにも尻もちを着くことになり、更なる忌避の不確実性が増す。最悪三撃やそれ以上の追撃を茫然と見送る被弾する羽目になるかもしれない。


「——危険だけど、前に行くしかない……」


 脇腹を抉るかの如く曲線を、千尋はつま先だけで地面を蹴り上げ、なんとか転ばないように前傾姿勢を維持したまま、果敢にもジオに接近する……いや、接近するしかなかったと表現するべきだろう。

 これはセカンドプラン。もしもジオを纏う火の渦が人間が耐え得る温度を超えていた場合は即座に敗北が決定し、そうでなくとも火玉と相対する時間の減少を招く。


 ただ根源であるジオが未だに人体を保っている様子から、間接的な温度で火傷はあっても焼滅したり、倒れることはないと予測出来る。アクションの振り幅が物理的に狭まったのは痛恨だが、まだ諦めるには早合点だ。


「よし、次……えっ——」


 千尋は慢心無く、すぐに追撃へと備える。

 油断なんて、どこにもなかった。

 けれど彼の視界に飛び込んで来たのは、真正面から微かに速度を上げた火玉、二撃に類似したスライス火玉、そして真正面の火玉の後方よりブラインドする遅速の火玉が三個。明らかに千尋へのマークをきつくした策略的攻勢を放つ。


「嘘……流石にこれは無傷じゃ……——」


 瞬時に(ことごと)くを()なすことは出来ないと悟る。

 だけど千尋だって無策に終わりはしない。

 知恵を絞り出して決断した千尋の行動は、円弧を描く火玉へと向かい合い、最低限の被弾に抑え込む方法。仮に真正面の火玉とまともにやり合えば、失敗したときの対処がままならず致命的なダメージになる蓋然性が高い。しかし横側からの攻撃は一つ、こちらとなら被弾しながらも真正面の四つを把握する余白を稼げる確率を上げられる。成功したときの代償として、価値に表せれば、いくらか安価だ。


「——くっ、やっぱりダメ……ぐっ、ああぁっ!」


 左腕への被弾を予感し、千尋は柄にも無く喚く。

 事実。火玉は千尋の推測通り左腕に直撃し、せっかく新調したばかりの制服の袖が無惨にも燃え滓となる。側から見ても焚き火に生身の片手を突っ込むのと同様の火力に乗算して、打撃にも襲われている。大火傷と骨折は免れないと目を覆いたくなる悲劇だ。


「あ……ぐ……——」


 辛うじて受け身こそ取れたが、千尋はグラウンドに転がる。次弾の攻撃を避けるには困難な体勢だ。だが幸運なことに、真正面からの四つの火玉がそのまま直線上を描いて消えた。想定では軌道が変化したり、別の用途もあり得たため、これらを加味しても最小のダメージで事なきを得る。


 代償は確かに安かったといえる。

 ただそれはあくまで、比較対象が生命だった場合の話だ。

 あわや一生分の健全を亡失しかねない火種。

 無事では到底無くて、生還しても影響は激甚だ。


 人工島で治療なんて可能なのかどうかも不明な大怪我。

 仰ぎながら千尋はそう憂い……軽々と左腕を天上に掲げる。彼の最悪な想像に反して。


「——……あれ? なんかあんまり……いやというか、火傷した感覚がない? 見たところ擦り傷しかないし、全然大丈夫……?」


 執拗に左手を握っては開く。容易くこんなことが叶う痛手じゃなかったのにと、彼自らの身体へ詰問するように。千尋の左腕はカフスから肩幅までの布地が燃えたことで、外傷箇所が如実に、直視的に判別が付く。

 そこには被弾後に横転したことによる擦り傷と、制服の一部の残骸となる煤汚れ。火中に飲み込まれた際の火傷もなければ、衝撃による骨折もなくて、指先までの神経も問題も支障もなく稼働する。静電気くらいに痺れる擦傷の疼きのリアリティーが、余計に千尋の違和感を加速させる。


「なんで……僕の左腕はダメだって感覚だったのに、そのくらいのダメージになるはずだったのに、これは……——」


 どう考えを巡らしても、この程度で済むはずがないという疑念が晴れてくれない。大火傷は必至、骨折は必然、左腕は延命と引き換えに生贄へと捧げたようなものだった。

 なのに覚悟の向こうの失意から、指先の悴む感触が現実だと言う。負傷したはずの左腕がまだ、千尋のもので有り続けている。


「——おかしい……って、まだ、終わって、ないっ!」


 千尋の理解には、全く及んでくれない。

 けれどまだ、ジオの暴発は継続中。

 天上を仰いでいた千尋の視界に、開かれた左手と飽くほど相対してきた灼熱の火玉が瞳孔に映る。覚束ないままに忌避反応で、千尋は右側へと二回転する。

 すると数秒前まで仰向けになってた千尋が居た地点へ、隕石の落下軌道のように火玉が着弾する。間一髪の回避だ。


「はぁ、もう、わけがわからない……」


 千尋は流れ転がる遠心力を利用して再び立ち上がる。

 もはや退けた感情すら湧かない。

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