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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第二章
93/156

93 囮になるのは

 何故ならそれは、返答にも困る身勝手な提案。

 包み隠された苑士郎の言葉の真意を紐解くと、とてもじゃないが容認し切れないと千尋は表情を曇らせる。同時に沸々と、激昂にも似た覚悟が突き動かされる。


「何を言っているんだ苑士郎、それは——」

「——はぁ……やっぱ婉曲な言い回しは良くねぇし、めんどくせぇわ。つまり俺が囮になるから、千尋だけ寮に戻って逃げ延びてくれ。助けを呼んでくれるならありがてぇが、無理はしなくていい……俺を見捨てたって恨んだりはしねぇよ」


 つまり苑士郎は、彼自らがジオの発現能力を無謀にもどうにかすると言う。対し千尋には今すぐ寮へと帰宅し、暴発が収束するまで待機しろと命じる。そしてあわよくば理人や塔矢に真希のうちの誰かを呼んでくれたら助かると……でも仮に怯えて何もしなくても、責めたりはしないと付け加える。


「ダメだ、そんなの——」


 千尋は食い気味にかぶりを振る。

 だってこの作戦は、発案者の苑士郎ばかりが損をする。

 乗っかるだけの千尋のみが難を逃れる手筈だからだ。


「——でも、助けを求めること自体は能率が良い妙案だと思う。それなら……僕が囮役を引き受けるっ。苑士郎が寮に戻って助力を頼んで来たらいいじゃないか」

「はぁ、お前こんな緊急事態にふざけんな——」


 現状、かなりの急を要する。ジオによる発現能力の暴走が悪化していないのが奇跡的なくらいだ。けれど、いつまでもうかうかはしていられない。決断を一刻と迫られる。


「——ふざけてるのはどっちだ。苑士郎よりも僕の方が能力のことを知っているし、ついさっきまで一人で回避もしていた。それに今の立ち位置的に寮へと帰りやすいのは苑士郎だ。なら囮役を引き受けるなら僕が妥当だ。文句あるか?」

「文句しかねぇよバカっ、大ありだっ! この案をしたのが俺で、シミュレーションを脳内で描いた上で言ったんだよ。それに千尋より俺の方が身体能力が上で、どうにか出来る確率がコンマでも上がるはずだ。あとよ……もしもこの能力の餌食になったとして、多分俺より千尋を失う方が将来的にダメージがでかいんだよっ」

「……なんだよその理屈は。まるで僕よりも苑士郎、君自身の価値が低いみたいに卑下した言い方は。やっぱりそんな弱腰なヤツには任せられない、僕がやる」

「だからっ、大人しく千尋が引き下がってくれりゃあ良いんだよ。だってお前は……——」


 そう言い掛けたところで、苑士郎は舌打って口籠る。

 事態は早急な解決を試みなければならない。

 なのにこんな水掛け論を繰り広げている場合じゃないし、苑士郎は千尋の内なる頑固な性格を熟知していて、なにより本音を口走るのは卑怯な気がした。だからもっと、お互いが譲らないなりにも核心を貫く議論にしなければならないと考える。


「——いや。じゃあ俺が千尋に囮役を引き渡したとしてだ、お前にどうにかする方法があるのか? せめて確実に時間を稼げるくらいのやり方がねぇと、俺だって頷けねぇぞ?」

「時間稼ぎ……」


 千尋はジオを警戒しつつ、最良の一手を探す。

 無闇矢鱈に発現能力の囮になるのは簡単だろう。

 この身と引き換えに、なんて短絡的な手段でも役割は果たせてしまうからだ。

 だからこそ苑士郎の条件に時間稼ぎと、彼の納得が行く必要性を提示した。千尋が無事である確率を少しでも上げるための、苑士郎なりの良心だ。


 しかし、二人はまだ知らない。自覚が足りない。

 発現能力とは他人の思考や指向を待つほど悠長じゃなくて、そもそも人々の安寧なんてどうでもいい特異な存在であることを。


「ああそうだ……って、おい! ジオの様子が!」

「これは……うん! 分かってる」


 苑士郎による相手を慮った叫びに、千尋が呼応する。

 口論中はずっと抑制されていたジオを取り囲む火焔が、刹那として範囲が拡大して行き、螺旋回転が高速化し、熱気を増して温度が段々と上昇する。


「ぅぐあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁああっっ!」


 ジオによる喉が焼き切れそうなほどに狂乱した咆哮。

 相変わらず膝を付けたままの体勢で、辛うじて捻出した魂魄が助熱作用を齎し、皮肉にも更なる熱量を促してしまう。

 もう彼の意志ですらない。灼熱に耐え切れない身体の変調が絶叫にすり替わっただけだ。ただただ延焼を垂れ流す。


「おいおい……こりゃ、やべーな」

「苑士郎。どこから火が飛んで来るか分からない、警戒を怠らないで」

「ああ、もちろんだっ」


 前兆すらまるで無かった暴発の活性化。

 千尋も苑士郎も微かに後退り、なるべく安全となる距離を確保する。正直、あまり得策ではないのは承知の上だ。心中覚悟で特攻を仕掛けるよりはマシ程度の警鐘に身を任せる。


「さっき僕が体験したのは、火の塊がそのまま僕に向かって弾丸のように飛んで来たものだった。けれどあの火の渦から離れると形を保持するためのエネルギーが無くなるらしくて、すぐに消失してた。だからなんとかして一度回避すれば、恐らくダメージにはならないはずだよ」

「情報提供助かる、了解っ。なんとかしてやるぜっ」


 燃え上がる炎はジオの身長の、おおよそ二倍に達する。

 徐々に勢力は肥大化し、グラウンドの陣地を奪って行く。

 既にトリノが巻き起こした残骸を被覆するほどになる。

 もはや校舎はもとより、周辺の樹木や草花に引火していないのが不思議なくらいの禍々しい炎上具合だ。


 苑士郎は緊張をほぐすようにそっと息を吐く。

 千尋はさきほどの経験を活かそうと生唾の飲む。

 中腰の姿勢で、視線はジオに、五感を研ぎ澄ます。

 この場で成せるだけの最低限度の受動体勢は整う。

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