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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第二章
92/156

92 不穏提言

 火焔は螺旋を描きながらジオを取り巻くように周期する。

 大気中より可燃性の養分を蓄え続け、接地している地面から彼の身長よりも少し上空の高さまで立ち込める。やがて火種の一つがエネルギーを消費し切り、その役目を終えたように白煙となる。


「能力にも限界はありそう……だけど、この炎が無くなるまでどれくらい掛かるか……」


 発現能力にも閾値(しきいち)がある。人智を超越したと常々形容されるが、結局のところ一人の人間に起因する現象に相違ないからだ。畢竟するに、能力が発現する理屈が解明されていないだけで、必然的に暴発の原因は他者も当人も気が付いていないが、どこかに転がっているはずではある。


 人間は理解の及ばないものを、超能力や魔法なんて呼ぶ。

 だけどその超能力や魔法にだって一定の法則が不可欠だ。

 無の境地からエネルギーは産出されない。

 根源があって、起爆剤があって、さらに応用がある。

 人工島民の発現能力も大元は同じだ。


 人類が適応可能な自然環境、健全な人体構成、そこに【HMGG細胞】と【TOUNO】が混在した史上最悪のレベルで誤ったバランスの活性化細胞核。この時点で厄介なこと極まりないが、単にこれらの条件をクリアしただけだとまだ不完全だ。更に不完全と断定出来る理由は、人工島民のみんなは同日に生まれ、ほぼ同時刻に誤投与され、隔離により同様の環境で約十五年も生活して来た。なのに覚醒のタイミングが数日単位とはいえバラバラなこと……もっと規則性に従って、足並み揃っていてもおかしくはない。逆説的に思考すると、僅少のズレが生じる原因がある証明にもなり得る。


 もちろん、それが正確に分かれば誰も苦労はしない。

 だけど燃焼し続けてしまう理論がどこかにあるという予想は成り立つ。


「あれは……ジオ!? しかもこの不自然な炎……つーことは……くそっ! なんでこのことが頭から抜け落ちてたんだっ! 全然有り得たことだろうがよっ!」

「後悔しても仕方ないよ苑士郎、あのときはあれが最適だと思ってたんだ……僕もそうだ、あそこに居た誰の責任でもないよ」


 トリノが再び発現能力に惑わされる蓋然性のケアとして、発現能力をコントロール出来る理人と塔矢も同行させた。いざという時に鎮静化させる術となるからだ。

 だけど今回ばかりは、それが裏目に出る。

 同日に発現能力の、覚醒者が二人。

 想定自体は千尋にも苑士郎にも頭の片隅にはあった。

 でも確率論として低く、トリノの安全を保証する先決性も必要で、もしかしたらいずれ起きてしまうかもしれない事象に対処する戦力分散が、(くだん)のプライオリティーによってなおざりなってしまった。


 結果として校内での対抗策を放棄した格好。

 千尋と苑士郎に後悔の念が渦巻くのは致し方ないだろう。

 でも、そのことに頭を悩ませる時間もない。

 眼前のジオの発現能力を、即座に攻略しないとならない。


「……だな。それより今は、これをどうにかしねぇと」

「うん。苑士郎に共有しとくと、この火焔の渦は近付くと反抗してくるみたいだよ……そしてトリノと同じように、コントロールは出来てないらしい」

「……やっぱそうか。せめてコントロール出来ていれば……いや、そうじゃねえとこんな状況になってるわけねぇよな。被害はもう出てるのか?」

「僕が確認する限りは、ここで映る光景が全てだよ。でも二次災害のリスクは大いにありそうだ……それこそ、校舎が火事になっても不思議じゃないと思う」

「……ソイツは最悪だな。そうなっちまったら流石に管制課の連中にもまともな言い訳が出来ねぇし、みんなに処罰が下されちまっても……いや、その前にジオの体力も保たないか。なんとかして抑え込みたいが、なんも持っていねぇ俺と千尋だけで食い止めるのはな……」


 生物は本能的に火を恐れる。

 先祖からの習性で、触れると人体に危害が及ぶと無意識に生命が悲鳴を上げ、太刀打ちなんて出来ない現象と咄嗟に悟るためだ。

 ましてや何に起因して荒ぶるか不明な人工の火種。

 火を利用する知識を最低限持った人間でも、こんなの畏怖の対象にならない方がおかしい。


「仮に校舎が燃えてしまうと……そうだ苑士郎っ、明加は? まさかまだ……——」

「——いいや、もう寮に帰ったはずだ。ここに居るのは三人だけだ、安心しろ」

「そう……それは不幸中の幸いだね」

「ああ」

「……この際、政府管制課の人に怒られるのも、なんらかの鉄槌を下されるのも仕方ない……だけど、みんなの命は是が非でも護らないと」


 最悪の想定として、校舎などの建物や人工島そのものが跡形も無くなったとする。それでも千尋は人工島に住むみんな、同じ環境で日々を共にしたみんなのうちの誰がを、これ以上欠くのはもう嫌だった。ソフィアと同じ二の舞だけは、絶対に塞がないと……そう、いつかの決意を奮い立たす。


「……なあ千尋、俺に一つ作戦があるんだが」

「作戦?」

「ああ、被害を最小限に留めるためのだ——」


 勇ましく人差し指を頭上に伸ばし、苑士郎は遠くの千尋に告げる。千尋からは良く見えないけれど、不敵にも苑士郎の口角は吊り上がり、一息吐いて笑っている。

 言葉だけを汲み取るなら、とても頼もしいセリフだろう。

 けれど千尋は、直感的に一抹の不安を覚える。

 苑士郎による自信満々なはずの声色が、やや震えていたようにも所感したからだ。


「——千尋。お前は寮に戻り、可能なら増援を頼む。ダメなら、まあ、そのときはそのときだな」


 悪寒は現実のものとなる。

 千尋は苑士郎の命令を、何でだとリフレインしていた。

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