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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第二章
91/156

91 忠実な炎

 パニックに陥っているジオを取り巻く灼熱は、まるで戒めのような業火と化す。前兆なんてほとんどない発現能力の覚醒に困惑するのは間違いなく当人たちだ。どうして良いかも分からず、かといって千尋に近付けもせず、落下時の影響もあったのか、呆然としたまま膝から崩れ落ちる。


「……なにが、どうなって……」

「これはマズ……うっ!?」


 火の渦の周期から溢れる火力が、目下解決を模索する千尋に向かって猛進して行く。千尋とジオによる直線対面上の関係を主軸にした直径範囲内に蔓延る、安定を欠く近辺の大気を伝い、急所を貫かんとする一撃となる。


「くっ……ふっ……——」


 あわや千尋の心臓を焼失させるスカーレットの一閃。

 思案に釣られてしまい、反応にも遅れてしまう。

 完全に虚をつかれた攻勢……そのはずだった。


「——……こ、ここっ!」


 咄嗟にタイミングを図って、千尋は身体の重心を右斜め後ろに流す。はぐれた火焔が急所に直撃することを回避しつつ、仮に命中した場合の威力を減算させるための反射行動。千尋が不恰好に尻もちをついた頃合いには、その炎の一撃はしばらく空中を揚力で蠢いたあと、ジオのエネルギー供給を絶たれたことによる維持能力の低下を続けて消炎する。


「はあ、はあ……危なかった……」


 命の危機を脱した安堵。

 自然と彼自らを讃える嘆息も吐かれる。

 以前の千尋ならばきっと躱すことすら出来なかっただろう。竦んで棒立ちしていたに違いない。これは真希との諍いによる交戦や、さきほどの頭上からの予測回避の実戦経験が遺憾無く生きた格好だ。死線をくぐり抜け生還すれば、生涯を懸けても得られないかもしれない礎となる。


「いや、まだ……か」


 何も終わっていない。解決もしていない。

 そう思考を切り替え、千尋はすぐに立ち上がる。

 後背に擦り傷も、臀部の打撲も、まるで感じない。

 視線は傷心の渦中に囚われた、ジオに注がれる。


「ジオ……——」


 千尋の呼称に、ジオは気付かない。

 聴こえてもいないし、聴こうともしていない。

 荒み砕かれた地表を眺めるばかりだ。

 戦意なんてものは微塵もない。


「——やっぱり、無意識の攻撃……コントロール出来てないみたいだ、ね」


 故意じゃなかったのは一目瞭然。

 ジオの意識から離脱した炎だった。

 千尋への一撃もどこか、誰彼構わずジオを守護するための防衛本能が織り成したもの。

 制御が不完全だからこその暴発。

 覚醒したばかりなら仕方のないことだ。


 けれど尚更、この状況の終焉への糸口がまるで見えない。

 なんせジオの制御化になく、剰え彼を発現能力が護る。

 つまり無遠慮に近付く有象無象はすべて害敵。

 まるでプログラムに忠実な、融通の利かないコンピューター。

 そしてもちろん、千尋は姿形を捉えることは出来ない。

 不明瞭な敵対意識ほど恐ろしいものはない。


「……落ち着け、どうする。ジオのコントロール化にないから、言葉で訴えても効果がない確率が高い。かといって能力の正体をちゃんと掴めていない段階で無闇に近付かない。でもこのまま野放しにしていたらトリノと同等か、それ以上の被害のリスクもあるし、ましてや炎……二次災害の危険性だって容易に想像が出来てしまう……なのに——」


 ジオの発現能力は発火に関連することは判明している。

 だけどそれで火焔のみと断定するにはまだ早計だ。

 真希の【皓々三原色】ように複数の特性を有した場合もあるし、塔矢の【創作幻自塔】ように創造性により最限度が決まる場合もある。


 千尋は冷静を身体に命じ、複雑な先見性を解こうとする。

 いつにも増して思考は澄み切っている。

 けれど名案を思い付くには皆目至らない。

 ジオの発現能力の情報量が圧倒的に不足しているからだ。

 それくらい唐突な出来事だった。


「——トリノのときのように自滅を待つしかないのか……でもあんなにも体力を削られた様子を見たあとで放置なんてダメだ。でも、僕だけじゃ……みんなが居ないことが……しんど過ぎる……」


 せめて理人が居れば【無色透明化】で接近出来る。

 塔矢が居れば【創作幻自塔】を盾に、優位に進められる。

 真希が居れば【皓々三原色】でジオ本人を足止めた。

 このうちの誰かがこの学校に居さえすれば、勝率を跳ね上げる作戦を講じ、ジオを救えることにも直結したはずだ。

 そんな、悔いてもどうにもならない他力本願。

 無意味だとわかっているのに、そう祈ってしまう。


「くっ……——」


 千尋は無力さから来る悪態を寸前で飲み込む。

 こんなことでは何にも成り得ないと。


 発現能力には発現能力で対峙する。

 まだ不確実性の多いため、現状は定石と言える戦術。

 それらが使えない歯痒さと、へし折られた切望。

 ジオの虚脱を、千尋は傍観するだけ。

 何か出来る場所に立ち尽くしているのに、無力が故に思考回路を堂々巡りするばかり。いつかの悔悟が呼び起こされるように、身震いが止まらない。止まってもくれない。


「——おい千尋っ、これ……なにがあった!?」

「ん? えっ苑士郎っ!? 何でここに……いや、う、迂闊に動いちゃダメだ! 止まってっ!」


 その声は千尋の地点からだと、ジオを挟んだ対角線上。

 二人とも戻らない異変を、異変で留めなかった苑士郎がやって来る。


 でも苑士郎も千尋と同じで発現能力の自覚はない。

 普通なら知恵の頭数(あたまかず)は万能な武器になり得るが、残念ながら今回の例には当て嵌まらないだろう。

 人間の個体二つ分で、人智を凌駕した能力に相対する。

 つまりはシンプルに、無謀……の一言で片付けられる。

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