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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第一章
9/156

9 爛々としたアーモンドアイに映る知的好奇心は、ブルーブラックを靡き揺らす

 ゆっくりとメドウは千尋から引くように二、三歩と後退して、お互いの全体像が捉えられる適切な距離に着く。ブルーブラックのショートヘアは彼女の所作に釣られて揺れ、吊り上がった目元が特徴的なアーモンドアイが好奇心を捕らえる。その対象が、今回は千尋だった。


「もしかして千尋は、わたしが学校を休んだことを良く思ってないのかな?」

「いや違うよ、仮にそうなら普段から学校へ来るように説得し続けてるよ。ただ、ここに居るのはなんでなんだろうなって思っただけ」

「そっか。んーそうだね、せっかく玄関から外に出たわけだし、この世界の真理に迫ろうかなと思って……」

「世界の真理……——」


 メドウなりの哲学か何かだろうかと千尋は訊ね返す。

 しかし当のメドウは真剣そうな千尋を見て冗談が通じていないと勘付き、すぐに微笑しながら首を振る。

 仮に世界の真理なんてものがあるとするならば、こんなちっぽけな人工島には居ないだろうと。


「——いや嘘よ。独りになりたい気分の日ってあるよね? それが今日で、赴くがままに足を動かしていると海のそばまで来ちゃった……って感じ、分かるかな?」

「……過程はともかく、独りになりたいときはあるかも」

「うんうん。でもね、流石に早朝から夕方までその気分ってわたしの場合は持続しないんだなー……ってわかった」

「それは、どうして?」

「千尋の後ろ姿を見つけてすぐに話し掛けたから。その方が面白いなって思っちゃってね——」


 淡々とした口調で、張り付いたような掴みどころのない笑みを浮かべたままメドウは答える。ある意味でポーカーフェイスとも言い表せる彼女の姿や仕草は相変わらずで、底が知れないムードを常に纏っているのもまた燻るアイデンティティー。つまりは千尋が良く知るメドウの、いつも通りのスタンスだ。


「——千尋は今一人?」

「うんん、輸入港の荷物場に苑士郎が居る。僕が家族からの届け物を受け取って、寮まで運ぶのを手伝ってくれる予定」

「……なるほど苑士郎ね、それは心強いわ」

「そうだね。スポーツも万能だし、毎日鍛えてるらしいし、こういうことをお願いするなら確かに心強いかも」


 千尋はスキャン装置にあるノートを回収しながら、メドウが言う苑士郎の心強さに共感する。ちなみにこのスキャン装置は情報をコピーして本土にデータ転送される仕組みだから、ノートやプリント類の返却待ちはない。強いて不便な点を挙げるなら、宿題の採点結果や一言コメントなどが後日、教師が来訪する日にまとめて送付されることくらいだろう。


「んーそれじゃあわたしも、千尋のお荷物運びのお手伝いをしようかな?」

「えっ……いや悪いよそんな——」

「——悪いなんてことはないわ。どうせわたしもここから寮に帰る予定なんだからついでよ、ついで。それに……あらぬ偏見がある人工島民にも厚意的な千尋のご家族からの大事なお届け物よ、わたしも喜んでお受け取りしたいわ」

「……メドウがそう言うなら。頭数がいるに越したことはないし……んーでも——」

「——はい、決まりね。早く苑士郎の元へ行きましょう」


 ぐずぐずと悩む千尋を他所に、両手を軽く叩いて無理やり決定を下すメドウが輸入港へ向かおうと話を打ち切る。そのまま踵を返すと、木製ソールのサンダルがタイルに触れた乾いた足音を定速のリズムで弾かせながら輸入港へと一足先に歩んで行く。


「良いのかな、元気そうではあるけど……——」


 千尋は慮りながらそう呟きつつも、メドウの方から提案しているし、彼女自身がその気になっているのならと納得し、後ろ姿を追う。ちなみに先程まで千尋が承諾を渋った理由としては、メドウは時折り変調をきたすことがあるからだ。しかもただ体調を崩すだけに留まらず、身体中の筋組織や骨格が異常収縮する現象が幼少期から見受けられている。おそらくは【HMGG細胞】と新規物質粒子の混合による副作用の一つとされ、それが誰よりも顕著になって発症するために少し不安だったせいだ。


 けれどメドウはこの通り他人に自身の感情を悟らせまいと動く。だから初期症状だと直に眺めていても分からないときがある。でも酷いときはベッドから起き上がれないくらいの衰弱状態にまで陥り、人工島には常駐する医者も看護師もいるわけがないので、寮内にある鎮静剤を投与するしかない。そのときはみんなで投与時間に遵守して順番に打ち続ける。


 そんな過去からメドウはかなり迷惑を掛けている自覚がある。学校を休んだり、単独行動を取りがちなのは彼女の奔放な性格もあるけど、そんな体質からみんなに遠慮するせいなのも千尋を含めほぼ全員が周知している。だからいつか、メドウが余計な謙遜を取り払ってくれる日が訪れたらいいなと千尋は思う。


「——うん、信じるしかないよね……メドウのことを」


 メドウに対する漠然とした不安は常にある、おそらくこれからもあり続けるだろう。千尋だって別の一件をいつまでも引き摺られ懸念されたままだ。お互いを良く知る関係性だからこその憂いは深く刻まれて晴れない。けれど同時に、そんな不安すらも内包した上での信頼や感謝だって心に残る。


 きっと年齢的にも色々と整理と混乱で渦巻いている。

 曖昧な解答を導き出すまでにも、彼ら彼女らは少し時間が掛かってしまう。

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