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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第二章
88/156

88 厚意と色香と真っ赤なおでこ

 ホームルームを含め、本日全ての学習工程が終わる。

 水島の外部教師としてのお役も御免だ。

 彼女はきっとそんなことは思わないが、政府管制課の事務処理ではそうなってしまうだろう。

 時刻は十五時から少し流れた頃合い。


 昼下がりと表現するには些か遅く、夕方とするには海空が青々とし過ぎている。奇遇にも、まるで大人でも子どもでも無い。ちょうど千尋たちと同じくらいの年頃のような中途半端な様相。

 慌ただしく椅子が擦れて、詰め込まれたバッグを肩に掛ける。忙しなくも、ちょっと侘しい雑踏。規律に沿う生徒から解放されていく、幼い素顔を晒す前兆の足音だ。


「じゃあ、理人に塔矢、墨花とトリノに、よろしく……」

「またあとでね〜」

「うんまた。代わってくれてありがとう、二人とも」


 水島を管制室及び輸入港へと見送る役割を、千尋から代わりで請け負った拓土と椎が簡単に言伝、本土より持ち込んだアタッシュケースを抱き締める水島の元へと早歩きで向かって行く。どうやら拓土も椎も、ずっと水島に対し警戒網を敷いて大人しくしていた様子だけれど、関心がなかったわけじゃないんだなと千尋は所感する。


 事実。教室から出てすぐの廊下で、椎が水島の手荷物を持たせて欲しいと両手を伸ばして要求し、拓土が嫌なら断っても良いんですよと言いたげな目配せをする。水島は少し迷ったように一瞬だけ右斜め頭上を見上げつつも、別段困るものも無いなと思い至ったようにアタッシュケースを椎に渡す。

 体裁が華奢に見えるから誤解されがちだけど、椎の腕力は申し分ない。彼女自身のバッグを背負っている重荷にも臆さず、楽々軽々と抱き、校舎玄関の方角へと先行する。すると水島と拓土がお互いを見合わせて微笑したあと、健気な椎の後を追いかけて行く。先生と生徒による平和的な一幕だ。


「あの二人なら色んな意味で大丈夫そうだねー……あっ、私千尋の隣の席だから盗み聴いちゃったっ」

「謝ることないよ、明……加。でもそうだね、結構先生に友好的で僕もびっくりしてるくらいだよ」


 千尋が自席から水島と拓土と椎の様子を眺めていると、隣席の明加がにんまりと話し掛ける。授業の一時だけうつ伏せ仮眠を取っていたせいか、おでこが真っ赤で、前髪が潰れていたりあらぬ方向へと畝っている。今日はその度合いが特に酷くて、千尋も呆気に取られる。されど彼女の名前通りの明朗さは不変だ。


「そーね。いつもは椎も拓土も一歩引くところがあるからね、二人だけの方が行動しやすいのかな?」

「かもね。まあ、スポーツとかの運動関連になると否応なく、めちゃくちゃ積極的になるけど」

「あははっ、それは言えてるっ! おかげですごく盛り上がるよね」

「うん、だから今度のお祭りも楽しみだよ。椎と拓土、二人が主催だったはずだし」

「あっ、そっかもうすぐだねー。んー……私と千尋は陰ながら応援係? もしかしたら不参加?」

「メインポジションは、どちらにせよお互いそこだけだよね」


 すると明加はさっぱりとした笑顔の魅せる。

 自虐的な意味合いを微塵も感じさせない綻びだ。


「何の話してんだ、お前ら」

「あぁ苑士郎ー。私と千尋のポジションは日陰の下だねって話をしてたんだー」


 そこに後方から苑士郎が加わる。欠伸を噛み殺しつつ、明加のヘンテコな前髪のせいで込み上げる笑い、その二つの要因を口元で塞ぎながら。


「んん……いやどういうことだよ」

「別に分からなくて良いよ、私と千尋だけで通じ合えば良いんだから、ねぇ?」

「まあ……——」

「——おやおや? これは新たな恋模様の色香っ!」


 それはいつからスタンバイしていたのか。明加の机に指先だけ置いてしゃがんでいる伊波奈が、大好物の恋バナの噂を聴いて釣られたようにやって来る。


「どこからそこに移ったのさ伊波奈。僕全然気が付かなかったよ」

「私も以下同文」

「ずっとこそこそしゃがみ歩きしてたぜ? なんか気持ち悪りぃー変顔をしながら、鼻息まで荒くて、毛先がぐにゃぐにゃで、とてもとても俺には触れられなくてよ——」

「——ちょっとそこっ! 聞き捨てならないことばかり言わないでよっ! あと毛先は関係ないよね!?」


 威勢よく立ち上がり、苑士郎に指先を向け抗議する。

 可愛げの中に、微かな不満気が混じる。

 特に天然の癖っ毛の言われようが気に食わないようで、逆の手で慰めるように、話題に上がった毛先を弄る。

 こうなることを予期していたのか、早急に苑士郎は千尋の真後ろに回る。彼は墨花ほどじゃないが、伊波奈にもこうして雑にからかいがちだ。

 二人ともタイプは異なるが、整然とした反論をちゃんとする。そこが接しやすいのかもしれないと千尋は感じる。


「わりーわりー伊波奈……そういや雁行と鈴音は? つかジオも居ねぇな」

「ああ。雁行と鈴音は二人で帰って行ったよ。ジオはさっき一人で教室を出たけど、バッグが残っているしトイレか、屋上で休んでるかも?」

「ほほう、雁行と鈴音……ぐふふ」

「怒ってるときより可愛くない顔してるよ、伊波奈……」


 さきほどまでの怒りは何処へやら、恋バナのネタになりそうな展開に、伊波奈が卑しい笑みを惜しげなく覗かせる。可憐な彼女のルックスが台無しになるくらいの破顔。だけどこのくらいの愛嬌がまた魅力的なんだろうなと思わされる。


「……でも、今日はトリノが心配だからすぐに帰るね、ってみんなに伝えたかったんだ。だから今日は無理だね、せっかくのチャンスだけどさ」

「伊波奈……——」


 伊波奈とトリノ、そして真希の三人は良く一緒に連れ添う仲だ。そういえば昼休み時に体調不良で早退するトリノを案じ、それを宥めるのが大変だったと苑士郎が言ったやりとりがあったなと千尋は思い返す。


「——トリノは多分、よくある副作用だと思うよ。墨花も付き添ってるし、真希にも助けを求めるって言ってた……だからあまり、伊波奈が深刻にならないでね」

「うん、ありがと。それじゃあね……っと、明加。前髪がへんちょこりんだから直しときなよっ」

「うえぇ!?」

「ははははっ、まーたねっ」


 片手を大袈裟に振って、平然を形にした表情そのままに、颯爽と教室を後にする伊波奈。

 羞恥により赤面しておでこを抑える明加と、発現能力を悟られないように取り繕う千尋と苑士郎を置いて。

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