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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第二章
86/156

86 オールダイアリー

 いつもなら授業が終わると、そそくさとそのまま帰宅することすらあるが、この日は教師がいるためホームルームが開かれる。その前に生徒たちは支度作業を行う。偶然だが、授業とホームルームを挟んだしばしの休息時間も兼ねる。


「千尋……変わ、代わるよ?」

「えっ? 何を?」


 千尋が授業に使った教科書を一冊ずつバッグにしまおうとするとき、後方には声を掛けた拓土と、額を押さえながらややぼんやりとしているアントワーヌ・ジオが立っている。


 拓土は口下手というか、いつも訥々と喋りがち。

 思慮深いのに、なんとか短縮化しようとしてかつ、言葉を選択する時間が長いからだ。彼はあまり何かを説明をするのも得意じゃない。

 みんなそのことを、長年の暮らしからちゃんと熟知している。ジオが並んで側に居るのも、そんな拓土を気遣う名目もある。


「えっと……先生を、輸入港まで、見送るの。トリノ、早退したから……多分千尋しか送る人が、残ってない……そもそもが代わりだったのに。だから俺が、代わる」

「ああ、そういうこと……別に問題ないよ、僕もいやいや引き受けたわけじゃないし」


 輸入港から学校までの案内役が居るということは、その逆ももちろん存在する。ただ片割れのトリノが早退して、もともとが欠席の治の代役だった千尋だけになってしまった。それを拓土が気にしたようだ。


「あ……と」

「……チヒロ、オマエには別の用事があるんじゃねぇのか?」

「どういうこと、ジオ?」


 あぐねる拓土の代わりにジオが訊ねる。

 欧州の……主にフランスの血筋を両親に持つジオは、ダークブルーの虹彩にブロンドヘア、鼻梁の高さに掘り深い目蓋周りなど、経緯から日本人が多い人工島民には珍しく……風貌だけはれっきとした西洋人だ。そのせいか否か、他人を名指して呼ぶときはやけに流暢でもある。

 けれど育った環境が同じで、同様の学習をこなして来たために言語の壁なんてものはない。そもそもが【ハルトマカロウ】から派生した成果の中に、全ての他言語を包括する世界共通の言語互換【オールダイアリー】の発見によって、この時代に常用言語の相違による諍いは生じない。これは【HMGG細胞】を投与した人物なら、お互いに自然とニュアンスが伝わるようになっている。


「スミカやトリノだけじゃなく、リヒトとトウヤが急に帰りやがったんだ。後半二人と部屋が近くて、直前まで一緒に居たらしいチヒロが何も知らないとは思えない……だとよ」

「うんうん」


 ジオの代弁を肯定するように拓土が何度も頷く。

 トリノを探して午後授業に遅刻した水島に注目が逸れてしまいそうなものなのに、よく生徒の事情を把握しているなと内心で千尋は感嘆しつつ、発現能力も関与するため、ここは真実と方便を攪拌して応えることにする。


「ああ……二人とも寮に戻ってやりたいことがあるんだってさ。苑士郎は確かサボり扱いにしたらしいけどね」

「やりたい、こと?」

「うーん……本当のことを言うと、トリノが心配なんじゃないかな? 僕らが体調の優れないトリノを見つけてね、容態が悪くなるのはみんなそれなりにあると思うけど、今回はどうもキツめだったんだよ」

「なるほどな。あのスミカが授業を受けずに付き添うほどだ、無くはない話だ。先生が遅れた理由とも合致する」

「……白状すると僕も、きっと苑士郎も気掛かりなくらい酷くて。でも墨花がこれ以上人数が増えても仕方ないって」


 発現能力を伏せた上での、ありのままを話す。

 トリノが放心状態になりかけるくらい精神が病んでいたし、間接的に水島が遅刻した理由にもなり得て、墨花の指示で千尋と苑士郎は授業を受け続けた。過不足はないだろう。


「それなら千尋、やっぱり俺と代ろう。無理は良くない、昔みたいになる」

「いや、でも——」

「——ここは素直に聴いとけよ、こうなるとタクトはめんどくせぇからよ」

「……うん、確かに」


 辿々しく話す姿とは裏腹に、拓土は前のめりのままずっと千尋を見つめている。彼はオドオドしているように映りがちだが、意外と頑固な性格でもある。あと余談だけど、普通に拳を交えたケンカをする力比べだと、ここで暮らす誰よりも拓土が強かったりする。普段が温厚だからこそ、怒らせたらとてつもなく怖いタイプだ。


「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな?」

「それが、いい」

「ありがとう拓土……と、ジオもかな? その二人で先生のことをエスコートしてくれるって意味で合ってる?」

「いや、オレは邪魔になるだろ……ほら」

「ほら? ああ、そういうことね」


 満足そうに踵を返した拓土の視野を掻い潜り、ジオが千尋に向けてアイコンタクトで促す。そこには鈴音と雁行に一言二言喋り、ちょうど引き返したばかりの拓土を呼び止める椎が居る。要するに拓土と椎が、千尋とトリノの代わりを請け負うという意味だ。


「あの二人の間にオレが居るのは、場違いだよな」

「場違いかどうかわからないけど、野暮ではあるかもね……というかジオ、今日ちょっと、調子悪い?」

「……どうしてそう思う?」

「いや……なんとなくではあるんだけど、微妙にやつれ気味というか、ぼんやりしてるみたいだったからさ」

「……誰にも悟られないようにしていたんだがな。なんでか今日は集中力を欠いている感覚なんだ。身体が若干熱い……屋上に行って外の空気を吸ったりと、色々と気分転換はしてみて、ちょっとは楽になるが……どうにもな……」

「えっと……それ大丈夫なの?」

「まあ、この時間帯まで耐えられるくらいには。どちらにせよさ、センセーに一苦労掛けるようなことにはならんようにする」

「なら、いいけど……無理はしないでよ」

「ああ」


 ホームルームが終わると、いよいよ放課後。

 水島は政府管制課の要求通りに本土へと帰還するだろう。

 トリノの一件こそあったが、発現能力については上手く隠匿が出来たんじゃないかと、千尋は安堵こそ叶わないが、やっと普通に息が吸える気がする。


 だけど千尋は一つ見落としていた事柄がある。

 いや、確率論を加味すれば想定に含めるゆとりは無かっただろう。彼の心証的にも油断するのは仕方ない。

 それは発現能力の誘発性。一人が覚醒したからといって、安泰ではないということ。しばらくは誰も覚醒しない期間に突入するわけじゃないことだ。

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