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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第二章
84/156

84 派遣された先生と自主学習

 午後の授業、本来の開始時刻から三十分が経過している。

 千尋と苑士郎が、それぞれの席に座る。

 他の生徒も密かに、手厚くも手痛い歓迎を浴びせる。

 するとその気軽な歓喜をかき消すように前扉が開く。


「……っ」


 会釈をしてそそくさと水島が、教卓の前に立つ。表向きには体調不良により忽然と姿を消したトリノを捜索していたとはいえ、やはり遅刻が後ろめたいのか、午前の授業での堂々たる振る舞いが鳴りを潜める。

 本土の教師としてはかなり深刻な問題かもしれないが、普段から自主学習が主体の授業に臨む人工島民からすれば寧ろ、急遽差し替えた自由勉強の形態こそが恒常的だ。

 教師が正面に居て、講釈する大人が居る。

 この希少さ珍妙さは、本土からの来訪者である水島には、理解しかねる感覚だろう。一般の学校における、ありとあらゆる常識か人工島の学校にはない。


「えっとですね……まずは、遅れてしまってごめんなさい。これは完全に私の対応と管理と認識不足によるものです。ご迷惑をお掛けしました」


 水島はまた謝罪の言葉を述べる。

 しかし今度は深々と畏まったお辞儀することなく、あくまで生徒を見据えた状態の狭間に一度、双眸だけ長く閉ざす。


「えっと……早退者が四人出て、報告を頂いています。そのみんなでお住まいへと連れて行っており、みんなの心配は無用です……それでも気になる子は、放課後……いや授業後って言ったほうがいいのかな? 帰宅時にですね、様子を見てあげて下さい」


 生徒からすれば水島が授業に遅刻したことよりも、墨花、理人、塔矢、トリノの四人が居なくなったことのほうが圧倒的に不安材料だった。もちろん特段珍しい行動ではないが、何かあったんだろうかと、授業中も帰路に就くときも、分からずやきもきするものだ。


 ましてやここは人工島。

 誤投与による被害者が一堂に集められた元無人島だ。

 人智を超えた能力に覚醒する予想が立てられた子たち。

 十五年の慣習もあり、今更表面化はしないが、皆どこかで胸焼けするような恐れがどこかにある。

 なので体調の善し悪しの機微には、人一倍鋭敏になる。

 皮肉ながら、みんなにとっては必然な事項だ。


「あっそうだ。この時間は、そのまま自主学習にします。残り時間で詰め込むにしても配分が上手くいかなくなるのは明白で、ただこなすだけの授業は私の矜恃が許さないので。今日最後の授業から予定通りに進行しますね……——」


 水島は黒板の上にあるアナログ時計に目をやる。

 長針と短針はつがいのように重なる。

 秒針はつまらないくらい等速で7を通過していく。


「——はいっ! ええー時間は短いけど、自主学習再開ですっ、答えが解らないところとか、導き方が分からないとかがあれば遠慮なく訊いてね。んー私はこの時間を利用して、報告書をちょこっと進めちゃおうかな……本当はこれ、本土に戻ってからって言われてたんだけどねー……って、そんなのみんなからしたらどうでもいいわー!」


 水島が自らボケて、また自らツッコむ。

 ぎこちなくて、あまり慣れていないのが判る。

 結果失笑どころか、生徒みんなの呆然しか買っていないが、固唾を飲まされるような堅苦しい雰囲気が少し好転する。


「というわけで……ではっ、開始!」


 冷ややかに弛緩した空気。

 そんな最中、軽快に水島は諸手を叩く。

 まるでテストの公平性を保つような所作だ。

 彼女にそんな意図はなかったが、一斉に紙面が擦れる反響が余計にそれらしさを装飾する。


 現在、教室に居る生徒は九人。

 ついに一桁にまで割り込んでしまう。

 空間がやけに寂しくなる。

 元々が半数だったのに、さらに四人も抜ける事態となると流石に致し方ないのかもしれない。


 肝心の自主学習はというと、教科書とノートを開く生徒がばかりだが、真面目に文章や方程式を書き記しているのは更に半数といったところだろう。教科に統一性は皆無で、各々独自の重点を創り上げる。


「へぇ……授業内での自主学習って、こんな感じなんだね」


 生徒たちの視線は皆一同に机上にある。

 人知れず感慨深く、水島はこっそりと呟く。

 個人で赴いた自主学習の熱意と、授業の枠組みに嵌め込んだ恒常的な自主学習の余白。やっていることはおんなじなのに、全く異なるベクトルを踏んでいると彼女は所感した。


 具体的には本土の生徒だと、テストや入試など、勉強に付随する対外的かつ身近な目標のために躍起になる。その延長に自主学習があり、いわば空き時間の穴埋めのような使い方だ。有効利用とした方がいいかもしれない。

 一方で人工島の生徒は、完全に個々のためでしかない。強いて挙げるなら、この学校という形態を各自の力量の範疇で維持するための集合体だ。根本的に用途が違う。


 それは本土の授業や講義では拝見出来ない風景。

 少ない生徒数も相まって、更にそう思わされる。


「やっぱり私、ここに来て良かったかも。予想したよりも遥かに、優しくて、したたかで、思いやりも持ち合っている子たちでもあるみたいだし」


 また可能な限り抑制した小声で、水島は密かに言う。

 わざわざ声に出したのは、仮に聴かれたとしても別に良い内容だったから。少なからず聴いて欲しかったまであった。

 教師である水島もまた、初来島の人工島で学ぶ。

 教科書など開かずとも、日々は勉学と同義だ。

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