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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第二章
82/156

82 見通せない先の話

 そこからどれくらいの時間が経過したのか。これは自習となっているであろう午後授業に臨む子たちが誰も冷やかしに来ないことから、千尋と苑士郎はわざわざ時計を見なくても、業間休みに突入するまでには経っていないなと体感で解る。


 昼下がりの静かな校舎敷地内。

 肝心の水島の姿はまだどこにもない。


「そういえば、誰も教室から僕たちに声を掛けたりしてこないね。多分見えているはずなんだけど」

「そりゃー窓を開けると寒いからじゃね? 学校の中はめちゃくちゃ快適だしよー、ちょっとした隙間風も欲しくないだろうし、ましてや好き好んで外に出ようとするヤツの気がしれねえだろ?」

「ふ……清々しいくらいの自虐だね。まあ僕も、他人のこと言えないけど」

「ははっ、違いねぇ」


 寒波を吹き飛ばすなんて表現すると語弊があるが、他者の温度を僅かに上げる能力がありそうなくらい快活な破顔を、苑士郎は健康的な切歯と共に覗かせる。千尋は殊更言葉にはしないけど、そんな表情に不可思議な安堵を覚える。


「こういうなんてことない時間も、たまには良いものだね」

「……なんだよ、今日はいつにもなく達観しやがって」


 軽妙に苑士郎は、あえてそう千尋の様子を示唆する。

 落差のある真面目なトーンを賑やかすように。

 取り留めのなさげな内容に孕む、確固たる本心。

 千尋による前振りであることにも、直感で悟る。


「……トリノたちは、無事に寮に戻れたのかな?」

「ああ……どうだろうな。でも、もしまた暴走したらここに居る俺たちにも物音とかで分かるんじゃないか……いや、俺はこのことについては全然なんだが。なんか法則性とかあったりするのか?」

「んーこればっかりは僕も……理人や塔矢には個人差があったみたいだけどね。流石に法則性なんてものがあっても、実例が少ないからなんとも言えないね」

「んんーだよなー……んなもん知ってたら最初から利用してるはずだしな……またみんなの中から新たに増えた場合に、どうしたものか」

「うん……」


 全く制御のない発現能力の(おぞ)ましさ。

 千尋も苑士郎も、その先の見通せなさに苦悩する。

 彼ら自身が現状能力に覚醒していないことも相まり、個人での具体的な対抗策なんて無い。今回のようにトリノが誰にも視認されず暴発し、既に発現能力の存在を知る第一発見者の墨花が到着した頃には収まっていたこと自体が、連続した僥倖でしかない。


「……もしもの、話なんだけどな千尋」

「なに?」


 当事者のトリノがあそこまで憔悴し切っていた。

 いつもの彼女による、のんびりとした振る舞いがあっさりと崩壊するくらいに。

 発現能力にはそれだけの禍々しさが既存する。


「憶測を喋るが……いずれ俺か、千尋があんな風になることも十二分に考えられる……でもこれは墨花も該当するんだが、先に知っていたっていう耐性が多少なりあると思うんだよ。それでも、怖くねぇと言ったら嘘になる……あいつらがみんな同じような状況に陥ったとき、ちゃんと正常を保てんのか? いつも通りの生活が送れんのかな?」

「……そうだね、そこは懸念するべきだと僕も思う。やり方は皆目見当も付いてないけど、必ず見つけたい——」


 共感とまではいかなくても、苑士郎の言いたいことは千尋にも薄々感じ取れる。仮に人工島民の全員が発現能力に覚醒したとき、人智を超越した自らの潜性に錯乱してしまうのは仕方のないことだろう。反動で人格が崩壊しても、人間性を疑ってしまっても、何も不思議じゃない。


「——そもそも苑士郎も墨花、二人ともよく僕の挙動と理人の不自然さから見抜いて、このことを推理し言い当てたよ……僕が逆の立場なら、絶対にそんな思考にならなかったはずだし」

「あれは墨花を誉めるべきだな、俺は感覚的にしか物を言えなかったしよ。そんで……そのときはまだ、この島に閉じ込められた予想が本当にあるんだなくらいだったんだが……あのトリノですら、ああなっちまうのは、正直かなり動揺したんだよ……本人には言えないけどな」

「うん……——」


 千尋視点では苑士郎があの場で一番、いつもの変わり映えのしない行動を取っていた。そんな彼ですら内心が激しく揺さぶられる。

 きっと墨花も、発現能力者の理人も塔矢も言葉には出さなかったけれど、体裁からは苑士郎以上に動揺が滲み出ていたことだろう。


「——苑士郎と比べるとどれくらいか分からないけど、僕もだよ。未知の出来事にぐらつくのは、とても人間的だよ」

「人間的……か」

「うん……ちょっと皮肉かもしれないけどね。政府管制課とか、先生とか、他の人がどう思っているのかは知らない、知る由もない。でも、他でもない僕たちが人間であることを、否定は出来ないよ。そう、だよね?」

「……ああ、確かに……悪かったな千尋、こんな話をして。もっとシンプルに考えれば良かっただけだな——」


 後頭部をさすりながら苑士郎は溜め息を吐く。

 さっきまでの弱音は忘れてくれと言わんばかりだ。


「——たとえ無力でも、俺たちがあいつらの味方でいないと、だよな?」

「そうだね。それにみんなが同じようになる保証もない。例えなったとしても、最低限共有していこう……もちろんプライバシーもあるけど」

「だな……おい千尋っ! あそこ見てみろっ」

「えっ? ああ……」


 それは、ちょうど会話が纏まりかけたとき。

 偶然にも苑士郎が千尋の立つ逆側。寮へと繋がる方向を徐に流し見ると驚嘆した様子のまま、すぐに人差し指を伸ばし、逆手で千尋の肩を叩いて事態を伝える。


 千尋もどうしたんだと倣って見る。

 学校と寮までを結ぶ一本道。

 ついさっき墨花とトリノが寮へと歩いて行った舗装路。

 理人と塔矢も身体を透かして連れ添っていた。

 そこからすれ違うようにして、人影が駆けて現れる。

 バラバラな体幹で、息を切らまくりゆらぐらと、さりげなく額を拭う。千尋たちが探していた水島が、午後授業の遅れを取り戻そうとするように走ってやって来る。

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