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コバルトソフィア  作者: SHOW。
第二章
79/156

79 変な間

 トリノの顔色は苦虫を噛み潰したように複雑になる。

 墨花により真希も発現能力者であると分かって、共有意識が芽生えた反面、同様に身体中の混濁さを味わったんだろうかと素直に喜べなかった。

 もちろん頼りになる相手ではある。でも家族同然のように暮らしてきた親友に、無意識化に叫びたくなるくらいの苦悩に苛まれたのかなと考えると、到底和やかにはなれない。


「そういえばさ」

「んん……どう、したの?」

「トリノって、先生と一緒だったって千尋が言ってたんだけど、ホント?」

「本当だよ〜……案内を頼まれたんだ。わたしと、もうちょっと話したいかったらしい……」


 これはきっと、輸入港から学校に向かう案内の道中にも関連があると千尋は思う。トリノが水島の様子を見るように一線を引いていて、それを気にする素振りはあった。水島がトリノを誘ったのは偶然にも教室に居たからという理由もあるだろうけど、もっと個人的に喋りたがったのなら頷ける。


「そっか本当……じゃあさ、先生が校門を抜けてどこかに行こうとしてたんだけど、何か知らない?」

「あー、それはわたしが急にいなくなったせいかも? 元々は校庭を巡っていて、え〜……と、ちょっと理由がみんなに言いにくいんだけど、身体の不調を感じて、こっそりその場所を離れて校舎に戻ろうとここを通りかかって、明らかに体験したことのない気持ち悪さが迫り上がって……こんなことに」


 徐に視線を落とす。

 液状化してかつ、粘り気のある砂塵。

 それを産出したであろう地面の窪み。

 全てが全て、トリノによるものだ。

 だけど彼女も、ここまでの威力があるのかと未だ疑っている様子……とても人間業には思えないからだ。


「うん……なるほどね。その身体の不調の方は大丈夫?」

「知らないうちに、落ち着いた……。今思えば、先生に体調が悪いって、こっそり言えばよかったかも……信用までは出来なくて伝えてなかったんだ」

「……それは、仕方ないかな。自分自身で対処出来るって考えるだろうし、みんなの心情を推し測っても難しいよねって私も思う」


 水島が教師であることよりも、本土に住む外部の人間としてどこかで信用しかねる。個人差はあれ、人工島で暮らし続けている子たちには漠然と刷り込まれている。

 それは人格否定じゃなくて、ましてや報復でもない。

 彼ら彼女らもそこまで他人に対して盲目じゃない。

 閉鎖的で限定された日々。四季折々の変遷。

 人工島で一緒に暮らして来た十五年。

 この結束と同等か、追随する心象がどうしても他者には向けられない。

 幾重に年数を積んだだけじゃない親睦。

 これを覆す決定的要素が水島には無かった。

 シンプルにそれくらいの、ちっぽけな感情論。


「そんで墨花」

「なによ?」


 真後ろから苑士郎が墨花を呼ぶ。

 その墨花は身体を九十度回して、何かなと流し見る。


「……怒ってる?」

「何を怒る盤面があったのよ」


 彼女にとっては至極自然な応対のつもりだったけど、あれこれ思考回路を働かせているときは不機嫌時と差がない。

 誰かを注意するときも、誰かのために何が正解なのか探るときも、常に誤解されやすい形相なだけで、いつでも真剣そのものという表れの一端。


「いや、なら良いんだ」

「……私は何にも良くないんだけど、要件が先ね」

「率直に言うと、俺たちの昼時間は当然限りがある。その間に先生を発見すること、トリノのこと、そしてこの場を他の誰にも悟られないようにすること……くらいか? 今挙げた全部をこなすのは難しいけど、ひとまずここから離れた方が良いんじゃね?」


 苑士郎の言い分は、時迫る最中で全てを達成することは無論困難だけど、いつまでも停滞するよりはマシだという真っ当な提案だ。先生を捜索するにしても、トリノを寮に帰すとしても、何があったのかなんて追及は免れない惨憺たる現場付近に立ち竦むのも、どれも得策じゃない。

 そんな彼の例えに、中学生としてもっと根本的な理由を付け加えるとするならば、午後授業にも遅刻する。故に動かない道理がどこにもないと伝えたい。


「トリノ、寮まで歩けそう?」

「大丈夫だけど……もしかして墨花、わたしのことを心配をしてたの?」

「……そ、そんなわけないじゃない。私なりに、色々とこれからのことを考える時間が欲しかっただけ」


 さりげなく前髪に付けたヘアピンを弄りながら、墨花は澄まし顔で答える。余談だが三日月とも、アルファベットのCとも受け取れる装飾があしらわれた、彼女お気に入りの黄色いヘアピンだ。


 ただこのヘアピンを墨花が触るときの法則がある。

 彼女以外の人工島民なら、極々一般的な理論。

 それは図星か、満更でもない状況の蓋然性が高い。

 つまり何らかを誤魔化したいときだ。


「なんか変な間がなかったか?」

「あったね」

「ちょっと迷ったような感じだった」

「寧ろ不自然なくらいにな」

「あったよ〜」


 優しく煽るように塔矢、理人、千尋、苑士郎、トリノと一言ずつ浴びせる。

 見栄を張った平和的な嘘は、いつの時代も愛おしい。


「うるさいっ、ちょっと喉を詰まらせただけでしょ。それよりも大丈夫ならトリノっ」

「は、はい」

「寮には私も同行する。そして早退することを伝達する名目で先生の行方をすぐに追う。万が一またトリノが暴走した場合があるから、理人と塔矢にも私たちに付いて来て欲しい。余った千尋と苑士郎は校内に戻ったかどうかの確認して、いたらそのまま教室に、いなかったら校舎出入り口で待機。もしそっちが先に発見した場合は、私たちのことを代わりに伝えて……いい?」

「あ、ああ……」

「要するに別働隊だね、了解だよ」


 苑士郎がたじろぎつつ、千尋は問題ないと首肯する。

 最適解かどうかは厳密には不明。けれどトリノを慮る気持ちに塗れた立案だと解る。

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